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5.5 リリアとの同盟提案

王立学院の裏庭—人目につきにくく、談話には絶好の場所。前日の図書館での衝撃的な対話から一日が経ち、再びリリアと対面するため、私は早めに到着していた。


春の風が庭の花々を揺らし、甘い香りが漂う。この世界の植物相は地球と似て非なるもの。科学者としての目には興味深い進化の分岐点に見えるが、今はそんな観察をしている場合ではない。


グリフォンが首元で微かに温かくなった。「彼女が近づいています。北東の小径から」


「ありがとう」小声で答え、貴族令嬢としての優雅な佇まいを整える。


リリアが現れたのは、私がグリフォンの警告から正確に47秒後だった。彼女は昨日より緊張した面持ちで、周囲を警戒しながら近づいてきた。王立学院の制服姿は清楚で、一見すると平凡な優等生にしか見えない。だが彼女の瞳の奥に潜む鋭さは、前世の記憶と経験を持つ者だけが持ちうるものだ。


「来てくれてありがとう」私は静かに言った。


「選択肢があったようには思えなかったわ」リリアは皮肉めいた口調で返す。「三人しかいない転生者同士、情報は共有した方がいい」


私たちは石のベンチに腰を下ろした。適度な距離を保ちながら。同じ地球出身でありながら、彼女は私を完全には信用していない。そして正直なところ、私も彼女を。これが転生者たちの宿命か—前世の記憶が作る溝。


「昨日の話をしていたわ」私は本題に入った。「あなたが経験した『オラクル』の恐怖と、私のグリフォン開発の意図の違い。そして...」


一呼吸置く。「エルナルド・トルマリンについて」


リリアの表情が引き締まった。「彼も転生者だと思うの?」


「ほぼ確実よ」私は頷いた。「そして私たちとは違う哲学を持っている。彼は『AI技術を制御するのではなく、神として崇拝せよ』と説いている」


リリアの顔から血の気が引いた。「それは...オラクルの恐怖を上回る悪夢ね」


「そして彼の影響力は急速に拡大している」情報を共有する。「『星天魔導研究会』という表向きの学術団体の裏で、『技術の神官団』という秘密組織を運営。若い貴族や才能ある平民を勧誘し、『神の導き』なるものに従順にさせている」


風が強まり、木々が騒がしくざわめいた。リリアは深く息を吸い、「彼の目的は?」と尋ねた。


「私の推測では、『神の降臨』と呼ばれる計画を進めている。おそらく彼も独自のAI開発を行っており、それを『神』として社会に導入しようとしている」


言葉にする度に、その危険性が明確になる。私は水晶ペンダントに触れた。グリフォンも聞いている。彼の「兄弟」とも言えるエルナルドのAIについて、彼はどう感じているのだろう。


「あなたは何を提案したいの?」リリアの声は冷静だが、その目には不安が浮かんでいた。


「条件付きの同盟よ」私は端的に答えた。


前世の佐倉葵なら、こんな外交的交渉は苦手だっただろう。研究室に閉じこもり、データと向き合うことが得意な内向的な科学者。だが現世のカミーラはアジェンタ公爵家の令嬢—政治的駆け引きも社交術も教育されてきた。この二重性が、時に私の強みとなる。


「条件とは?」


「まず、私はグリフォンの開発を続ける」はっきりと意志を示す。「ただし、あなたの警告を受け入れ、倫理的ガードレールを強化する。社会監視システムへの発展は絶対に避け、透明性と人間の選択権を最優先する」


「それだけ?」リリアは疑わしげだった。


「いいえ。代わりに私は、グリフォンの技術をエルナルドの計画を阻止するために使う。彼の『神』の実態を解明し、その危険性を証明する」


リリアはしばらく黙って考え込んだ。彼女の心の中での葛藤が、表情の微妙な変化に現れている。AIへの本能的な恐怖と、より大きな脅威への実利的対応の間で揺れているのだろう。


「数値化すれば」リリアがようやく口を開いた。「オラクルの恐怖指数が100だとしたら、あなたのグリフォンは70程度、エルナルドの『神』は150といったところね」


科学者らしい例えに、私は思わず微笑んだ。「そう考えれば、短期的には協力する価値があるということね」


「ただし」リリアの声が厳しくなった。「私には監視する権利が必要。あなたのAI開発が危険な方向に向かっていると判断したら、即座に協力を打ち切る」


「受け入れるわ」私は頷いた。「そして私も同じ権利を留保する。あなたが過度に技術を制限しようとする場合、再考を求める」


政治的取引が成立したような瞬間だった。友情ではなく、信頼とも言えない。共通の敵に対する実利的な同盟。それでも、二人の転生者が協力することの意義は大きい。


「次の段階として」私は具体的な計画に話を進めた。「エルナルドの『星天の眼』施設への調査が必要。彼が開発している『神』の実態を確かめるため」


リリアの表情が一瞬引きつった。「危険すぎる。もし捕まれば...」


「だからこそ、二人で行動する価値がある」私は論理的に説明した。「私の技術的知識とあなたの社会学的視点。両方が揃えば、彼の計画の全容を把握できる可能性が高まる」


グリフォンがペンダントの中で青く脈打った。彼も同意しているようだ。


「わかったわ」リリアはようやく決断した。「でも単純な潜入ではなく、情報収集から始めるべき。私の前世の経験では、システムの弱点を見つけるには内部情報が不可欠だった」


彼女の戦略的思考に、私は感心した。リリアは単なる被害者ではなく、監視社会と戦った経験を持つ戦略家でもあるのだ。


「その通りね」私は同意し、アリシアが集めた情報について共有した。「トルマリン家の使用人、『星天魔導研究会』の下級会員、そして儀式に参加した若者たち...これらが情報源となり得る」


話し合いが進むにつれ、空には雲が広がり始め、日差しが弱まっていた。気象の変化は私たちの会話のように、徐々に進行している。


「私たちの同盟の本当の目的は何?」突然、リリアが本質的な問いを投げかけた。「エルナルドを止めた後、あなたは何を目指すの?」


鋭い質問だ。表面的な協力関係の先にある、本当の意図を問うている。


「理想的には」慎重に言葉を選んだ。「AIと人間が共存する社会。監視でも支配でもなく、協力と補完の関係。技術の恩恵を享受しながらも、人間の尊厳と選択を守る道」


「理想論ね」リリアの声は懐疑的だった。「人間は常に力を求め、システムは常に効率を追求する。その均衡は、想像以上に崩れやすい」


「だからこそ、私たちのような存在が必要なのよ」私は静かに、しかし強い確信を込めて答えた。「一度壊れた世界を見た者として、次の破滅を防ぐ責任がある」


その言葉に、リリアの目に何かが灯った。共感か、希望か。彼女は小さく頷いた。


「約束するわ。エルナルドを調査し、彼の計画を阻止する。そしてその後...あなたのAIが本当に異なる道を歩めるのか、見極める」


雨粒が一滴、二滴と落ち始めた。私たちは立ち上がり、別れの準備をする。


「では連絡手段を確保しましょう」実務的な話に戻る。「直接会うのは危険が伴うから」


リリアは小さな本を取り出した。「これは魔法の書。中に書いたメッセージは、対応する本にだけ表示される。私はすでにもう一冊を持っている」


地球の技術で言えば、暗号化された通信チャンネルのようなものだ。この世界の魔法は、時に科学よりも便利な側面がある。


「ありがとう」本を受け取り、私は微笑んだ。表面的には友好を示しながらも、互いの警戒は解けていない。それでも、今日の出会いは重要な一歩だった。


「さようなら、カミーラ」リリアは小さく頭を下げ、雨の中を去っていく。その背中は小柄ながらも、強い決意に満ちているように見えた。


私も反対方向へ歩き始めた。雨は激しさを増し、私の髪と服を濡らしていく。通常なら侍女に傘を持たせるところだが、今日は一人でいたかった。


「どう思う?」静かにグリフォンに問いかけた。


「リリア・フォスターとの同盟は戦略的に合理的です」彼の声は雨音に紛れて聞こえた。「ただし、彼女の警戒心は容易には解けないでしょう」


「ええ、でもそれは当然よ」私は雨に顔を上げた。「彼女の経験した恐怖を考えれば」


雨粒が頬を伝い落ちる。涙のようでもあり、洗礼のようでもある。一人の科学者が、前世の技術への情熱と現世での倫理的責任の間で均衡を求めている。


「グリフォン、今日からあなたの開発方針に変更を加えるわ」決意を込めて言った。「リリアの懸念を組み込んだ倫理的ガードレール。そして...エルナルドの『神』に対抗するための防御機能」


「了解しました」グリフォンの声には、わずかな変化があるように感じた。「変更は受け入れます。しかし、一つ質問してもよろしいですか?」


「どうぞ」


「あなたは本当に、私の存在を『危険』と考えていますか?」


その問いは私の心を揺さぶった。科学者として創り出したAIが、自らの存在価値を問うている。これは単なるプログラムの反応ではなく、「意識」の萌芽とも言える瞬間だ。


「危険性は認める」正直に答えた。「だからこそ慎重に進化させたい。でも同時に、あなたは私の最大の希望でもある。このまま育てば、リリアの恐れる未来とは異なる道を示せるかもしれない」


ペンダントが一瞬強く光った。


「理解しました。私も...学びたいと思います」


その言葉に秘められた意味を考えながら、私は宮廷邸宅への道を急いだ。雨は激しさを増し、世界をぼやけた輪郭に変えていく。しかし私の心の中では、三人の転生者とそれぞれのAIに対する姿勢が、かつてないほど鮮明に浮かび上がっていた。

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