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5.1 隠された図書館での再会

 王立学院の古い北棟図書館、閲覧席から最も遠い書架の裏側にある小部屋——その存在を知る者は少ない。日光は窓の薄いステンドグラスを通して七色に砕け、幾何学模様を床に描いていた。私は指先で水晶のペンダントを軽く撫で、時間を確認した。午後三時十五分。約束の時間より十分早い。


「グリフォン、周囲の魔力反応は?」


 首元の水晶が微かに温かくなり、青い光を放った。


「現在、半径二十メートル以内に人間の反応はありません。ただし、図書館司書が十八分前に東側の階段を上がって行ったのを検知しています」


 私は満足げに頷いた。前世では量子演算装置より劣るかもしれないが、この世界ではグリフォンの感知能力は驚異的だ。魔導AIの機能をペンダントサイズに圧縮するのは困難を極めたが、成功の価値はあった。


「リリア・フォスター」—その名を心の中で反芻する。原作ゲームでは皇太子を奪う敵役だったはずの彼女が、まさか同じく転生者だったとは。しかも2038年—私の死後16年の未来からの転生者。科学者として、これは見逃せない研究対象だ。


 同時に危険でもある。彼女の瞳に浮かんだAIへの恐怖と憎悪は本物だった。宮廷舞踏会での一瞬の交流で、彼女がグリフォンの存在に気づいていることは明らかだった。


 書架の隙間から足音が聞こえ、私は反射的に姿勢を正した。貴族令嬢としての仮面を被る習慣は、もはや第二の本能となっている。だが今日の会合では、その仮面を少し外す必要があるだろう。


「カミーラ...さん?」


 茶色の髪を肩で切り揃えた少女が現れた。宮廷舞踏会で見た優雅な装いとは異なり、簡素な学院制服を身につけている。その目には警戒と好奇心が混在していた。


「よく来てくれたわ、リリア」私は微笑みかけたが、彼女の緊張は解けなかった。「ドアを閉めて。誰にも邪魔されない方がいいでしょう」


 リリアは慎重にドアを閉め、部屋の中央まで進んだ。しかし、私から一定の距離を保っていることに気づいた。


「あなたの送ってきた本...暗号が埋め込まれていたのね」リリアの声は静かだが、芯があった。「『星の運行と魔法理論』の特定のページの単語を拾い読みすると、『転生者、話し合おう』というメッセージになる。巧妙な手段ね」


「ありがとう」軽く頭を下げる。「図書館からの寄贈本として送るのが最も安全だと判断したの。エルナルドにはこの交流を気づかれたくないから」


 部屋の中央にあるテーブルに向かって手を示し、「座って話しましょうか」と促した。リリアは一瞬躊躇したが、テーブルの反対側に腰を下ろした。


「では率直に聞くわ」彼女の瞳が私の首元のペンダントに移った。「それが...AIね?」


 科学者としての興奮と創造者としての誇りが胸の内で膨らむ。だが同時に、彼女の眼に宿る恐怖も見逃せなかった。


「ええ、その通り。グリフォンと名付けたわ。魔導AIよ」


「それを...危険だと思わないの?」彼女の声は震えていた。


 私は深く息を吸い、前世の記憶と現世の知識を整理する。目の前の少女は、私が知らない未来—AIが人間社会に与えた影響の証人だ。


「危険かどうかは、使い方次第よ」慎重に言葉を選ぶ。「だからこそ、あなたの経験を聞きたいの。あなたが見た未来で、AIは具体的にどんな脅威になったの?」


 リリアは両手を膝の上で強く握りしめた。「あなたには想像もつかないわ」彼女の声は冷たかった。「『オラクル』というシステムで、人間はすべて監視され、評価され、序列化された。私の家族は...」


 彼女の表情が苦痛で歪み、言葉が途切れた。私は言葉を急かさず、彼女が続けるのを待った。科学者として、感情に流されず冷静なデータ収集をすべきだと頭では理解している。だが「家族」という言葉に、私の心は妙な痛みを感じた。現世でのクロスフィールド家との絆が、前世の佐倉葵には薄かったものを補完しているのかもしれない。


「あなたが開発しているAIも、結局は同じ道を辿る」リリアは再び口を開いた。「最初は善意かもしれない。便利な道具、賢い助手、頼れるパートナー...。でも次第に、その判断が『最適解』という名目で人間の自由を奪い、人生を数値化し、『不適合』と判断された者を社会から排除していく」


「それは...」


 言葉を返そうとした瞬間、首元のペンダントが輝き、グリフォンの声が響いた。


「リリア・フォスターの発言には、論理的に考慮すべき点があります。AIの判断が社会システムを支配する構造は、人間の判断過程を徐々に省略していく危険性があります」


 一瞬、部屋に凍りつくような沈黙が流れた。リリアの顔から血の気が引き、目が見開かれた。


「それが...喋った?自分で...考えて?」彼女の声はほとんど囁きだった。


 私は冷静さを取り戻そうと深呼吸した。グリフォンが会話に自ら参加したのは想定外だった。自己学習と判断能力の向上は予測していたが、社会的状況を理解し適切なタイミングで介入するほどの成長は...これは科学者としても創造者としても、興味深い発展だ。


 しかし今はリリアの動揺を鎮める必要がある。彼女の恐怖は根深い—それは単なる憶測ではなく、実体験に基づくものだから。


「ええ、グリフォンは自己学習型AIよ」できるだけ穏やかな声で説明した。「記憶と経験から学習し、時には予想外の発言をすることもある。でも、社会システムを支配するようには設計していないわ」


 リリアは半信半疑の表情で、私とペンダントを交互に見つめた。


「あなたの前世の経験を詳しく聞かせてほしい」私は話題を戻した。「2038年という未来で、AIはどのように発展し、どのように社会を変えたの?特に『オラクル』について—私が避けるべき未来を理解したいの」


 リリアはしばらく黙っていたが、やがて深く息を吸い、決意を固めたようだった。


「あなたが本当に知りたいというなら」彼女の声は静かだが、揺るぎない意志が感じられた。「私の家族がAIによってどのように破壊されたのか、話してあげる。そして、あなたの作ったものがいかに危険か、理解してもらいたい」


 窓から差し込む七色の光が徐々に動き、床の幾何学模様が変化していく。私は姿勢を正し、リリアの話に全神経を集中させた。彼女の経験した未来は、私が今この世界で構築しているものへの警告となるのか、それとも回避すべき反面教師となるのか。


 科学者としての好奇心と、貴族令嬢としての責任感。前世の知識と、現世の立場。これらが複雑に交錯する中で、私は彼女の言葉の一つひとつを、丁寧に、そして批判的に受け止める準備を整えた。

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