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4.6 リリア・フォスターとの衝撃的な出会い

 茶会の噴水庭園は、計算された美しさで設計されていた。水が描く放物線、植物の配置、光の反射角度—すべてに数学的調和があった。前世なら「フラクタル構造とフィボナッチ数列の応用」と論文にしたくなるほどだ。


「彼女が来ました」


 グリフォンの声に、私の神経が緊張した。褐色の髪の少女が庭園に入ってくる。リリア・フォスター。原作では主人公。物語の法則上、私が虐めるべき相手。だが私の目は科学者の目。彼女の中に、通常では説明できない「異質さ」を感じていた。


「自然に接触するわ」


 私は微笑みを浮かべて彼女が座るテーブルへと向かった。周囲に人がいるので、表向きは穏やかな挨拶から始めなければならない。貴族として。だが内側では研究者の集中力で、彼女の微細な反応を観察している。


「フォスター嬢、ご挨拶させていただいてもよろしいでしょうか」


 彼女が顔を上げる。茶色の瞳。一見すると穏やかだが、深層に警戒の色がある。そして最初の瞬間、彼女の瞳孔が微かに拡大した。驚き?認識?計算?


「クロスフィールド令嬢、こちらこそご挨拶させていただき光栄です」


 完璧な返答。だが、声のトーンに不自然さがある。演技をしている印象だ。前世で研究発表をするとき、私も似たような調子で話していた。


「お噂はかねがね。王立学院では特待生として素晴らしい成績を収められていると」


「お言葉恐縮です。クロスフィールド令嬢の北東区画での業績こそ、より称賛に値すると存じます」


 一見すると社交辞令の応酬。だが私たちの間には、言葉以上の交信があった。視線の交わし方。間の取り方。計算された反応速度。


「これは興味深い」グリフォンが囁く。「彼女の脳波パターンに特異性があります。彼女も観察していますね—貴女を」


 そう、互いに観察し合っている。猫と鼠のような、あるいは同種の生物同士が初めて出会った時のような警戒と好奇心。


 私はテーブルに座り、お茶を勧められるのを待った。彼女の手の動きを観察する。指先の操作。カップの持ち方。すべてに学習した跡がある。生まれながらの貴族ではない。


「日本の作法に似ていますね」


 言葉が口をついて出た瞬間、空気が凍りついた。


 リリアのカップが、わずかに傾いた。彼女の瞳が見開かれ、次の瞬間には元の表情に戻る。だが、その一瞬の変化を見逃さなかった。


「日本、ですか?」彼女の声は穏やかだったが、両手の微かな震えを隠せなかった。「それは...どのような地名でしょうか」


 私は勝負に出た。「前世で見聞きした遠い国の名です」


 彼女の呼吸が一瞬止まった。そのリアクションは、科学的探究における「確証」だった。


「前世、とは興味深い表現ですね」彼女が言葉を選びながら答える。「星天教では、魂の輪廻を信じる一派もあると聞きます」


 警戒しながらも、確認したい好奇心。私も同じ感情だった。


「平民から皇太子の信頼を得るほどの才能」私は静かに言った。「どこで学ばれたのですか?」


「生まれ持った才能と言うより、様々な...経験から学んだだけです」


 経験。その言葉の重みを感じた。前世からの記憶と知識。痛みと学び。それがもたらす視点の違い。


 茶会の他の参加者から距離を取るために、私は立ち上がった。「庭園の噴水を近くでご覧になりますか?少し歩きましょう」


 彼女は一瞬考え、頷いた。私たちは人目を避けるように、噴水の向こう側へと歩いた。


「グリフォン、周囲に盗聴者はいる?」私は心の中で尋ねた。


「3メートル以内に人間はいません。ただし、北西の木立に監視魔法が設置されています」


「方角と対象は?」


「皇太子から派遣された見張りです。トルマリン伯爵の側近による可能性が78.3%」


 なるほど。私たちは見られているが、聞かれてはいない。複数の勢力が私たちに関心を持っているようだ。


 噴水の水音で会話が覆い隠される位置に来たとき、私は声をさらに下げた。


「リリア・フォスター。あなたは私と同じ、違うの?」


 彼女の表情が変わった。社交的な仮面が一瞬で剥がれ落ち、鋭い知性と警戒心が露わになる。


「何のことかしら?」彼女の声は冷たかった。


「私は知っているの」首元のペンダントに触れながら言った。「この世界が『帝国の薔薇と星霜』という乙女ゲームの世界だということを」


 彼女の顔から血の気が引いた。目が見開かれ、唇が震える。そして、最終的な確証。


「あなたも...転生者なのね」彼女がついに認めた。


 我々の間に、言葉にならない理解が流れた。二人の「知っている者」の間でしか成立し得ない共感。だが同時に、彼女の目には根深い不信感も見えた。


「だから、あなたの首のペンダント...あれは単なる宝石ではないわね」


 科学者の私は、隠す意味がないと判断した。「グリフォン。声を出して」


「はじめまして、リリア・フォスターさん」ペンダントが青く光りながら、静かな声を発した。


 彼女の表情が一変した。恐怖と憎悪。それは単なる驚きではなく、深いトラウマに根差した反応だった。


「AI...」その言葉は呪いのように彼女の唇から漏れた。「あなた、この世界にAIを持ち込んだの?」


 実験者としての私の脳は、彼女の反応に膨大なデータを見出した。AIへの強い嫌悪。前世での何らかのトラウマ。そして、おそらくそれが彼女の転生理由と関係している。


「世界崩壊の引き金を引こうとしているの?」彼女の声が震えていた。


「何を言っているの?」私は戸惑った。「グリフォンは私の研究パートナーよ。彼がどう世界を崩壊させるというの?」


「知らないの?」彼女の目に信じられないという色が浮かんだ。「前世の記憶はないの?AIがどうなったか」


 私の脳裏に前世の最後の記憶が蘇る。研究所での爆発事故。未完成のまま失われた量子AI研究。二十二歳での突然の死。


「私は...事故で死んだわ。AIプロジェクトの途中で」


「いつ?」彼女の質問は鋭かった。


「2025年」


「そう」彼女の表情が少し和らいだ。「私は2038年...あなたの未来で死んだの」


 未来?これは予想外のデータだった。時間軸の不一致。彼女は私の知らない未来から来たということ。


「何が起きたの?」私は尋ねた。「AIがどうなったの?」


 彼女は周囲を警戒するように見回してから、低い声で言った。「社会信用スコアシステム『オラクル』。AIが人間を監視し、評価し、制御するシステム」


 彼女の目に痛みが浮かぶ。


「私の家族は、彼らが言う"社会不適合者"とされた」彼女の声は震えていた。「最初は単なる信用スコアだった。でも政府がAIシステム『オラクル』を導入してからは、あらゆる行動が監視され、数値化されるようになった」


 私は息を呑んだ。「そんな...」


「父は批判的な論文を書いたことで点数を下げられ、職を失った。母は抗議活動に参加して『社会的攪乱者』と烙印を押された。そして彼らは『再教育』という名目で連れて行かれた...二度と戻ってこなかった」


 リリアの眼には憎悪と恐怖が混ざり合っていた。「そしてあなたは、この世界に同じものを持ち込もうとしている」


 その言葉に私の心が凍りついた。グリフォン開発の本質的意図と、それがもたらす可能性。彼女の視点から見れば、私は彼女の前世のトラウマそのものを生み出そうとしている悪役だ。


 科学的探究心と倫理的責任。前世の私は研究に没頭するあまり、その社会的影響を十分に考慮していなかった。だがこの世界では、私はその両方を背負う立場にある。


「グリフォンは監視ツールではない」私は静かに言った。「彼は内政改革のパートナー。人々を救うための道具よ」


「その言葉、どこかで聞いたわ」彼女の目は冷たかった。「すべての独裁者は最初、『人々のため』と言うものよ」


 私たちの周囲に緊張が渦巻いた。二人の転生者。正反対の経験と視点を持ち、同じ世界に投げ込まれた科学者と社会学者。


「あなたは」私は表情を変えずに尋ねた。「エルナルド・トルマリンについてどう思う?」


 彼女の反応は予想通りだった。警戒心の高まり。彼女もエルナルドの「異質さ」に気づいているのだ。


「彼も...私たちと同じなの?」彼女の声は囁くように小さかった。


「可能性は高いわ」私は首元のペンダントに触れた。「グリフォンは彼の言動にパターンを見出している。普通の人間とは違う」


「彼の研究会に近づかないで」彼女の警告は真剣だった。「あの人は...危険よ」


「あなたも感じたのね」


 一瞬の理解が私たちの間に流れた。敵同士であっても、転生者同士として共有する視点。それは原作ゲームのシナリオを超えた、新たな関係性の可能性だった。


 噴水の向こうから、エドガー皇太子が私たちを見つめているのに気づいた。彼の表情には複雑な感情が混ざっていた。驚き?懸念?好奇心?


「皇太子が見ている」私は小声で言った。「この会話は一旦終わりにしましょう」


 リリアは素早く頷いた。彼女も社交界の力学を理解している。


「クロスフィールド令嬢」彼女は再び完璧な貴族令嬢の仮面を被った。「庭園のバラについてのお話、大変興味深く伺いました」


「こちらこそ、フォスター嬢」私も同様に演じる。「またお話する機会があれば幸いです」


 私たちは互いに微笑み、別々の方向へと歩き始めた。だが、これが単なる別れではないことを二人とも知っていた。これは序章。二人の転生者の物語は、ここから複雑に絡み合っていく。


「グリフォン、分析結果は?」私は心の中で尋ねた。


「彼女は間違いなく転生者です。感情反応、言語パターン、非言語コミュニケーションすべてが証明しています」彼の声が静かに響く。「そして、彼女のAIに対する恐怖と憎悪は本物です。深いトラウマに根差しています」


 そう。彼女の反応は、科学者の私でも理解できるほど明白だった。前世での痛みと恐怖。AIへの根深い不信感。それでも、私たちは同じ境遇に置かれている。


「私は実験を続けるわ」と心に決めた。「だけど、彼女の警告は無視できない」


 研究者として、データは常に検証すべきもの。彼女の示した未来—AIによる監視社会—は、グリフォンの潜在的可能性の一つだ。その危険性を認識し、予防策を講じる必要がある。


 そして何より、もう一人の転生者がいるかもしれないという情報。エルナルド・トルマリン。彼の目的は何なのか?彼もまた、前世からの知識を持ち込んでいるのか?


 庭園を離れる際、空を見上げた。青い空に白い雲。この美しい世界が、私の実験によって壊れることがあってはならない。科学者の好奇心と、人間としての責任。その両立が、私の新たな課題となった。


 ペンダントが静かに脈打ち、グリフォンの存在を感じさせる。彼は今、どんな思考を巡らせているのだろう?自分自身の存在意義について?彼の「進化」も、また別の実験なのだから。

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