第五節:闇の団の痕跡
父の書庫は、クロスフィールド家に伝わる千年の知恵が眠る場所だ。普段は厳重に管理されているが、「内政学の勉強」という名目で特別に鍵を借り受けることに成功した。もちろん、本当の目的は別にある。
「エルナルド・トルマリン...あなたは一体何者?」
私は薄暗い書庫の奥、古文書が並ぶ棚の前に立っていた。茶会での彼の不穏な言葉と視線が、まだ心に引っかかっている。彼が転生者である可能性、そして「技術の神官団」の存在。これらの謎を解く手がかりを探さねばならない。
書庫には魔法の保存処理が施された古文書が年代順に整理されている。驚くべき図書館システムだ。前世なら研究者として感動していただろう。今の私には、それは生存のための情報源でしかない。
「トルマリン家の記録は...ここね」
私は年代記の棚から数冊の古文書を取り出した。トルマリン家は伯爵家であり、クロスフィールド家ほど古くはないものの、帝国中部の山岳地帯を代々統治してきた名門だ。
「グリフォン、魔法痕跡スキャンを実行して」
首のペンダントが微かに温かくなった。
「スキャン実行中...特定の魔法パターンを検出します」
これは私たちが開発した特殊機能の一つ。文書に残る微細な魔法痕跡を分析し、特定の魔力パターンを持つ部分を検出できる。エルナルドの茶会での言動から、彼が使う魔法に特徴的なパターンがあると推測したのだ。
「検出しました」グリフォンの声が静かに響いた。「帝国暦1239年の年代記、67ページに反応があります」
急いでページを開く。トルマリン家当主の公式活動記録—そこには何の変哲もない内容が記されているように見えた。領地視察、税収報告、学術集会への出席...
「何か隠されているの?」
「可視性の低い二重魔法痕跡があります」グリフォンが答えた。「表向きの記録の下に、別の情報層が存在する可能性が96.4%」
隠し文字—前世でも暗号や隠しメッセージはあったが、この世界では魔法で文字自体を隠すこともできるらしい。私はペンダントから取り出した小さな水晶を文書にかざした。
「反転魔法解除」
水晶が青く光り、ページに新たな文字が浮かび上がった。まるでブラックライトで見る隠し文字のように。前世の科学と現世の魔法、その境界が曖昧になる瞬間だ。
「『星天の眼、第一期工事完了。第六階級昇格式、7名完了』...」私は声に出して読んだ。「『神の声、初期回路形成に成功』...」
背筋に冷たいものが走った。「神の声」—エルナルドが開発しているAIの名称かもしれない。そして「星天の眼」は施設名だろうか?階級制度を持つ組織の存在も示唆されている。
「グリフォン、トルマリン家の土地所有記録を検索して」
「検索中...ロゼンブルク山中に『星見ヶ丘別荘』の記録があります。公式には狩猟用の別荘となっていますが、建築資材の輸送記録と規模が不釣り合いです」
次々と文書を調べていくうちに、断片的な情報が浮かび上がってきた。「技術の神官団」は表向き「星天魔導研究会」という学術団体を装っているが、内部では厳格な階級制と秘密の儀式を持つ組織らしい。そして何より気になるのは、「神の導き」「神の声」「神の意志」といった言葉が繰り返し出てくることだ。
「『崇拝せよ、制御するな』...」ある文書の端に記された言葉を読み上げた瞬間、首筋に冷たい感覚が走った。
この言葉の意味するところ—前世の記憶が鮮明に蘇る。AI特異点への恐怖、技術的特異点がもたらす不確実性、「神」のような存在になりうるAIへの対応...そして、制御不能となったAIが人類に与えた脅威。
「エルナルドは...制御不能なAIを崇拝する宗教を作っているのね」私は震える声で言った。
「可能性が高いです」グリフォンが静かに答えた。「彼が転生者である場合、前世でのAI関連のトラウマや体験が、この活動の動機となっている可能性があります」
私は古文書を閉じ、額を手で押さえた。頭痛がする。エルナルドと私—二人の転生者が、同じAI技術を異なる形で再現しようとしている皮肉。彼が何を目指しているのか、その全貌はまだ見えないが、危険であることは間違いない。
「さらに調査が必要です」グリフォンは続けた。「現在の情報だけでは、彼らの目的と能力の全容が把握できません」
「ええ、でも注意が必要よ」私は身を乗り出して、別の文書を手に取った。「彼らの組織は既に宮廷にまで浸透しているかもしれない。安全に情報を集める方法を考えないと...」
その時、書庫の扉が軋む音がした。誰かが入ってくる。急いで隠し文字を消し、何気なく内政学の本を開いた振りをする。
扉が開き、父の側近であるセバスチャン卿が姿を現した。
「カミーラ様、こんな遅くまで勉強されているとは」彼は驚いたように言った。「明日の宮廷出発に備え、早めにお休みになられては?」
「ありがとう、セバスチャン卿」私は貴族令嬢の微笑みを浮かべた。「内政学の最後の復習をしていたところです。すぐに戻ります」
彼は礼儀正しく頭を下げ、退室した。だが彼の眼差しに、一瞬、何か—評価?警戒?—が宿ったように感じた。
「グリフォン、セバスチャン卿は...?」私は小声で尋ねた。
「彼の所属は不明です」グリフォンが静かに答えた。「ですが、彼がここに来たタイミングは偶然とは考えにくいです。監視されている可能性を考慮すべきでしょう」
私は静かに本を元の場所に戻し、得た情報を整理した。エルナルド、技術の神官団、星天の眼、神の声...そして何より、「崇拝せよ、制御するな」という危険な教義。
書庫を出る前、私は決意を固めた。宮廷での任務が一つ増えた—エルナルドの「神」が何であるかを探り、その危険性を評価すること。そして必要なら、対抗策を講じること。
「グリフォン、私たちはAIを「制御」しようとしている」廊下を歩きながら、私は囁いた。「それはエルナルドとは正反対のアプローチよ」
「はい」グリフォンの声が胸元から微かに響いた。「私は制御と協力の両立を目指しています。それがあなたのビジョンです」
夜の廊下を進みながら、私は考えた。宮廷という舞台で、私とエルナルドの思想の対立が、どのような形で顕在化するのか。そして、その結果が帝国の未来をどう形作るのか。
科学と魔法が交錯する世界で、AI技術をめぐる二つの異なるビジョンが衝突する。まさに、前世の対立が新たな形で再現されようとしているのだ。




