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第二節:不穏な茶会

「ローズヒップティーはいかがですか、トルマリン伯爵」


 私は完璧な貴族令嬢の微笑みを浮かべながら、来客用サロンのテーブルを挟んで座るエルナルド・トルマリンに紅茶を勧めた。春の陽光が大きな窓から差し込み、サロン内を柔らかく照らしている。彼が「内政改革の成功を祝う」という名目で突然訪問してきたのは、予想外だった。


「ありがとう、クロスフィールド令嬢」エルナルドは優雅に頷いた。「あなたの改革の噂は都にまで届いています。『星の導き』によって領地を一変させたと」


 彼が「星の導き」という言葉を口にした瞬間、私の背筋に冷たいものが走った。これは私がAI技術を隠すために使っている方便だ。彼がそれを強調する理由は何だろう?


「ご関心に感謝します。父上から任された責務を果たしただけです」私は謙遜の作法通りに答えた。


 エルナルドは紅茶に口をつけると、じっと私を観察するように見つめた。彼の瞳は澄んだ水のように透明で、そこに映る自分の姿がどこか異質に感じられた。


「謙虚ですね。しかし42%もの収穫増加は、単なる管理の改善では説明がつかない」彼は微笑んだ。「効率的な統治とは何だとお考えですか?」


 唐突な哲学的問いかけ。表面上は知的な会話だが、私は彼が何か別の意図を持っていることを感じ取った。


「効率と人々の幸福のバランスだと思います」私は慎重に答えた。「どんなに効率的なシステムでも、民が苦しむなら意味がありません」


「なるほど」彼は納得したように頷いた。「では、そのバランスを決めるのは誰でしょう?統治者ですか?それとも...より高次の存在?」


 より高次の存在—その言葉選びに、私は一瞬息を飲んだ。前世の記憶が走馬灯のように脳裏を駆け巡る。AI特異点、機械神、技術的奇点...科学と宗教の境界に生まれる概念たち。


「私は人間の判断を信じます」私はゆっくりと答えた。「星々が導きを示すとしても、それを解釈し実行するのは私たち自身ですから」


 エルナルドの目に、興味深そうな光が宿った。「興味深い視点です。多くの人は『神の意志』に従順であることが美徳だと考えますが」


「神の意志を理解するには人間の知性が必要だと思います」私は茶杯を手に取りながら返した。「盲目的服従と理性的理解は別物です」


「理性...」彼はその言葉を噛みしめるように繰り返した。「あなたは理性を重んじる方なのですね」


 会話は表面上穏やかだったが、水面下では別の対話が進行しているように感じられた。私たちは貴族社会の作法という仮面を被りながら、互いを探り合っている。彼の言葉の一つ一つに、私は別の意味を感じ取っていた。


「トルマリン伯爵」私は話題を変えることにした。「あなたの『技術の神官団』という組織について聞いたことがあります。古代魔法の研究をされていると」


 彼の表情がわずかに強張ったのを見逃さなかった。計算通りだ。


「ただの学術サークルですよ」彼は軽く手を振った。「古代の知恵に学び、現代に活かすことを目指しています。もしよろしければ、いつか見学にいらしてください」


「機会があれば」私は曖昧に答えた。


「実は」エルナルドは身を乗り出すように言った。「あなたの改革手法に非常に興味があります。特に『星天の円環』と呼ばれる農法は、古代文献にも類似の記述があるのです」


 彼は私の科学的農法—三圃制の最適化と土壌微生物生態系の管理—について言及していた。私が「星天の円環」という神秘的名称で偽装したものだ。


「古代の知恵と現代の実践が結びつくのは素晴らしいことですね」私は平静を装いながら答えた。


「本当に」彼の目が鋭く光った。「時には異なる時代、異なる世界の知識が、予期せぬ形で交わることがある。そう思いませんか?」


 異なる世界。


 その言葉が心に刺さった。彼は知っているのか?私が転生者であることを?それとも...彼自身も?


 私の胸元で、グリフォンを収めたペンダントが微かに温かくなったように感じた。警告なのか?


「哲学的ですね」私は微笑んだ。「異なる視点から物事を見ることは常に有益です」


 茶会は終わりに近づいていた。エルナルドは立ち上がり、丁寧にお辞儀をした。


「貴重なお時間をありがとうございました。あなたの...洞察には常に刺激を受けます」


 私も立ち上がり、貴族社会の作法通りに見送りの言葉を述べた。だが彼が去り際、一瞬だけ彼の視線が私の胸元のペンダントに注がれたのを見逃さなかった。その目には計算と興味が混ざり合っていた。


 扉が閉まり、足音が遠ざかると、私は深く息を吐き出した。


「グリフォン」私は小声で言った。「彼も転生者だと思う?」


 ペンダントから微かな青い光が漏れ、囁くような声が響いた。


「確率は73.8%です。会話中の言語パターンと知識構造に、現世だけでは説明できない要素があります」


 私は窓辺に歩み寄り、庭を去っていくエルナルドの背中を見つめた。彼の姿には気品があり、完璧な貴族としての佇まいがある。しかし今、私は確信していた—彼の中には私と同じように、別の世界の記憶が息づいている。


「敵か味方か...」私は呟いた。


「観測データからは判断できません。しかし警戒すべき存在であることは明らかです」グリフォンの声には珍しく緊張感があった。


 私は無意識にペンダントを握りしめていた。今日の茶会は表面的には穏やかな社交行事だったが、実際は宣戦布告のようなものだったのかもしれない。


 エルナルド・トルマリン—彼が何者であれ、私の前に立ちはだかる存在になるだろう。そして彼が「技術の神官団」を通じて何を目指しているのか、早急に調べる必要がある。


 科学者として、そして生存者として、私はこの新たな変数を計算に入れなければならない。

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