六 隠れて、探して、見つけて
「足がむくむ」
「足を上に向けるといいらしいですよ」
楡松さんは、あたしにそう言われて、なるほどとばかりに靴を脱ぎかけた。
「いや、やめとく」
ワリとキレイにしているあたしの車のダッシュボードを見て、考えを変えたようだ。
あたしと楡松さんは、ここ三日間張り込みを続けていた。
というのも、この周辺が怪しいと二人で意気込んで来たものの、いざ聞き込みを始めたらどうにも困ったことになった。
「毎日万札を出すお客? そんな人はいませんよ」
個人経営の喫茶店を手始めに向かったが、店主は自信満々に答えた。
「この前、見つかったのはたまたまじゃないですか」
そう言いながら、レジを開けてもらうと、大量の一万円札がごっそりと現れた。
「全部、ニセ金ですね」
あたしがチェックした後の、店主の青ざめた顔が忘れられない。
というか、店主は一万円を使った客の顔を覚えていなかったのだ。
「伝票には残ってますね、高いメニューばかり頼んでる注文が」
「なんだこりゃ!」
こっちが言いたいセリフを、店主が先取りした。
「こんな客、覚えてませんぜ」
「防犯カメラは……ないな」
うろたえる店主を無視して、楡松さんは店内を見渡した。
とりあず本部に連絡して、事情聴取を依頼したけど見た感じ嘘はついてなさそうだ。
近所の交番から来た巡査に後を任せると、あたし達は店を出た。
「いくつかあるな」
店を出て、すぐに楡松さんは周囲を見渡した。
「この周辺の防犯カメラの映像を集めよう、あの様子では人間は役に立たない」
おそらくは記憶操作、あるいは幻術の魔法で周辺の人間の目を欺いているのだろう。これでは、聞き込みは役にたたない。
あたし達は、手分けして防犯カメラの画像を集めると、思い出せない客が出入りしたと思われる時間帯の画像を確認した。
幸いなことに、店主は思い出せない客の前後のお客さんは覚えていたので、だいたいの時間帯は分かった。
防犯カメラで、その時間帯の通行人をピックアップして店主が覚えていない[#「店主が覚えていない」に丸傍点]人間をマークする。
マークした人間を、別角度からの防犯カメラの映像で今度は店に入った可能性のある人間をマークする。
こうやって、対象をふるいにかけて行って一人の女性が浮かび上がった。
腰まで届く長い髪と、ざっくりとしたワンピースの女。
荒い画質の中でも、その姿は周囲から浮いて目立った。
「知らないヤツだ、見たことがねえ」
もはや自身の記憶に自信を持てなくなった店主は、投げやりに答えた。
「他を当たってくれ」
言われなくても、とばかりに周辺の店舗にも聞き込みをかけたが誰一人、見覚えがあると答えないのだ。
「これは、本当に人間は当てにならんな」
楡松さんは、改めて防犯カメラの映像を分析した。数日のスパンで女が頻出する範囲を狭めると、そこに張り込むことにしたのだ。
これが三日前の話。
「あんなに、このあたりに出没してたのに、逃げちゃったんですかね」
「まるで、魔法みたいに姿を消したか」
「喫茶店の店主とか、このあたりの人の記憶に残ってないのも、やっぱり魔法ですよね」
「ふざけた話だ」
楡松さんは、むくんだ足を揉みながらいった。
「魔法がらみと思っていたが、やっぱりか」
「面倒なことになりましたねー」
この前は、機械は認識しないが人間は認識できる。今回は、機械は認識できるが人間が認識できない。
魔法と機械と人間の三すくみが、その度に逆転する。
どうなってるの?
二人揃って、難しい顔をしているとトントンとドアがノックされた。
「何してんの?」
ハッとして声のする方を見ると、七海が立っていた。
「張り込み、仕事中なの」
「邪魔しないでくれ」
あたし達の抗議を聞き流して、七海は後ろのドアを開けると車に入って来た。
「なに、なに? 例のニセ金事件?」
「分かってるなら、声をかけないでよ」
七海は能天気な顔をして運転席と助手席の間から顔をのぞかせた。
「やっぱさ、あれでしょ、いつもの魔法」
「いつものは、余計だ」
楡松さんも呆れ顔で答える。
「迷惑よねー、ああいうのがいると仕事がやりづらいのよね」
「バーが?」
仕事ってバーの経営が、やりづらいの?
「前もいったでしょ? いちいち確認するのが面倒だって」
「そうだけど……なんか言い方変じゃない?」
「気にしないでよ、はいお守り」
七海は慌てるようにあたしに何かを押し付けると、ドアを開けた。
「じゃ、頑張ってね」
さっさとドアを閉めると、七海はどこかに行ってしまった。
「変なの」
「いつものことだ」
「そうですけどね」
あたしは、押し付けられた『お守り』をつまみ上げるて見た。
「葉っぱ?」
「ヒイラギだな」
ギザギザの葉っぱ、ヒイラギの形をしたキーホルダーだった。
「イワシの頭があれば完璧だな」
「なんです? それ?」
「なんだ知らないのか、イワシの頭とヒイラギはな……」
楡松さんが講釈を始めようとした時、バックミラーに見覚えのある長い髪が映った。
「楡松さん! ミラー、ミラー!」
あたしは小声でミラーを指差した。
「分かった、行こう」
女が車の横を歩いて行くのをやり過ごして、あたし達は外に出た。
「さて、ここまで待ったんだ。本命だといいが」
女の後ろ姿を見ながら、楡松さんがそう呟いた。
プレビューはここまででです、次回は2025年1月30日に更新です。
コミケ105 月曜日 西お35bで同人版を頒布します。
最後までお楽しみください。