四 点と点と点と点と
「ニセ金を本物と取り替える?」
楡松さんの言うことがイマイチ飲み込めないあたしは、思わずそう聞き返した。
「どうしてそんな面倒なことを?」
「使うためだ、例えば一万円を使う程度なら怪しまれずに使える」
「あんなに精巧な出来ならそうですね」
あたしは、ノートパソコンにサブモニターを繋ぎなら、答えた。
前夜のカップルは、約束を守って楡松さんを訪ねて署まで来てくれた。そのおかげで、お金を下ろしたATMを開けるのに銀行も積極的に協力してくれた。
もちろん、楡松さんの予想通りATMの中にはニセ金がごっそり入っていた。
「だが十万や二十万どころか、二万でも使えば?」
「人間ならすぐに気がつく?」
「その通り」
つまり、人間には使えないお金を、機械を通して使えるようにする。
「それって、一種の資金洗浄では?」
「資金洗浄そのものだよ、通常より手間のかかる」
洗浄されたニセ金は、複数の口座を経て最終的には本物のお金になって犯人の手元にもどってくる。
「ましてや銀行を通さない取引、現金払いを基本とする連中ならば必要な手段になる」
楡松さんは、あたしに資料を手渡しながら言った。
「つまり、楡松さ……警部はすでになんらかの犯罪組織がニセ金を手に入れたと?」
危うく『楡松さん』と呼ぶとこだった、署内なんだから気をつけないと。
「おそらく、そこでお願いするわけだ」
「できますって言いましたけど」
あたしはサブモニターの位置を調整しながら、資料の山を見てため息をついた。
「ニセ金の発見場所と形態、つまり売上かそれ以外の預入金などか。これを発見の日ごとに地図にプロットする」
手元には、楡松さんがあたしに伝えた内容が書かれた資料が山とある。
「それを、日を追ってどう動いているかを見たいってことですよね?」
あたしは、振り返って楡松さんに聞いた。彼女は背が低いので、横を向くだけでいいから首に優しい。
「どれくらいかかる?」
「うーん、五千円ぐらいですかね?」
「時間を聞いたんだが?」
なんだ、ご褒美とかボーナスとかおやつ代の話じゃないのか。
「とりあえず、二、三時間やってみて見積もりますけど……三日ぐらいですかね」
エクセルを立ち上げるとあたしは、必要と思われる項目を少し入れてみる。
「こんな感じかな?」
「地図ソフトは使わないのか?」
楡松さんが、後ろからモニターを覗き込む。
「先にデータを入れて、それから調整ですね」
これからやる作業を説明しながら、楡松さんの顔が近すぎてひゃっとなる。
ちょっと動いたら顔がくっつくっていうか、キスしちゃうじゃん!
「わかった、他は外れても構わない、しばらくこの作業に専従してくれ」
「はい」
楡松さんが離れたので、あたしは少しホッとした。意識しすぎだな、ティーンじゃないんだから。
「期待してる」
「ひゃ![#「!」は縦中横]」
安心? した途端に、楡松さんに追い打ちをかけらられた。
「どうした?」
「おお、驚いただけです」
「ん、ああ、何か困ったことがあったら連絡をくれ」
そう言うと、今度こそ楡松さんは刑事課を出て行った。
「うう、もう急に話しかけないで」
あたしはそう言いながら、十件ずつ十日分ぐらいのデータを入力して地図に落とし込んでみる。
「イマイチだなぁ」
そう言いながら、入力する項目を増やして同じことを繰り返す。何度も繰り返して、必要そうな項目を決めると、資料をページスキャナーで取り込む。
気がつけば、夕方を過ぎて時計の針は夜に差し掛かっていた。
「もうちょっと、やってみるか」
取り込んだ資料の画像をOCRソフトで文字化して、読み取りミスがないかチェックする。
「誰! このひどい字!」
悲鳴を上げながら、読みづらい字を手入力で直していく。
「目が死ぬ」
細かい作業を続けて、ようやく一日分のデータの取り込みが終わると、もう十時をとうに過ぎていた。
「うう、この調子だと本当に三日かかりそう……」
とりあえず、仕掛かり中の資料に付箋を貼って明日の準備をしてからしまうと、ノートパソコンを畳だり机周りを一応片付けてあたしはヨロヨロしながら家に帰った。
「いま帰りました」
「おかえり」
「ご飯作りますね、あたしもお腹へっちゃって」
帰ると、部屋着に着替えた楡松さんが待っていた。
「ああ、それなら用意してある」
楡松さんはそういうと、パックご飯とレトルトのカレーを指差した。
「一緒に食べよう」
それを聞いて、あたしは椅子にストンと腰掛けると思った。
一人じゃないって、最高では?
次回は明日(12/27)8時公開予定です。
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