二 部屋とワリカンとあたし
「疲れた」
家に帰るなり楡松さんは、スーツ姿のままソファーに横になった。
市内のコンビニを一日中まわる苦行のおかげで、あたしたちはクタクタになっていた。 不自然に一万円札を使う客はいないか? もしくはレジにニセ金はないか? あればこの時間の監視カメラの画像はあるのか?
などなど、聞き込みに回ってはニセ金への注意を促す。
「ああいうのは、もうやることが決まっているんだから、地域課にやらせればいいんじゃないか?」
ぐだぐだと文句を言う楡松さんを無視して、あたしは部屋着に着替えた。
「今日は簡単なものいいから、君も疲れているだろう」
『だろう』ではなく、あたしもクタクタに疲れ切っていた。
人間疲れると、とても機嫌が悪くなる。
「あの、この際ですから言っていいですか?」
「ん? 何かな?」
「楡松さん、もう三カ月もうちに住んでますよね?」
「え、ああ、それは君がほら……」
「確かに、しばらくここに住むように勧めたのはあたしです」
遡ること三カ月前、楡松さんが着任してからずっと署内で寝泊まりしていた。
流石に人としてどうなんだ? と思いあたしの部屋にしばらく住むように、と勧めたのは確かにあたしだ。
「言いましたけど、三カ月ですよ! 三カ月! つまり九十日」
「いや、九十二日じゃ……」
「より悪いじゃないですか!」
あたしは、ぷりぷりしながら楡松さんに迫った。
「あたし、食費や家賃も貰ってないんですけど!」
「ちょっと、ちょっと落ち着こう。関根君、落ち着こう」
「今日はご飯作りますけど、食費も家賃もどうするか考えてください」
楡松さんにカッチリいいわたすと、あたしはキッチンに向かった。
疲れてるから簡単に済ませるとして、洗い物のことも考えないといけないし、なんか買ってくればよかった。
ちょっと悩んで、フライパン一つで作れる料理にすることにした。
深めのフライパンに湯を沸かして、パスタとベーコン、ニンニクやブイヨンそしてトマト缶をいい感じに合わせて出来上がり。
これだと食器とフライパンしか洗い物が出ないし、何より楽だ。
「できましたよ」
振り返ると、楡松さんは食卓で出来上がりを待っていた。いつの間にか、部屋着に着替えてるし、ちゃっかりしてる。
「フォーク、出しておいたから」
「それは、それはありがとうございます」
できるだけ嫌味に聞こえるように答えると、あたしも席についた。
くるくるとパスタを巻き取ると、フォークを口に運ぶ。少し味が濃いけど、我ながら上手く作れた。
「その、おいしいよ」
楡松さんが、恐る恐る感想を口にした。
めったに人をほめるない彼女が褒めてくれるなんて、ちょっと怒りすぎたかな?
「お金の面は、私から切り出すべきだった」
パスタ皿にフォークを突っ込んで、もじもじしながら楡松さんは言った。
「いいですよ、冷めないうちに食べてください」
楡松さんが、あんまりにもションボリしているので、あたしは手を振った。
「しかし、こう切り出し方が急だったんだが。ひょっとして……疲れているのかね?」
「そりゃ疲れてますよ、その上『簡単でいい』って言われても、あたしは楡松さんの恋人でもパートナーでもないですし」
「うう」
楡松さんが、頭を抱えた。
なんだかんだ言って、三カ月も暮らすと情がわく。ワケじゃないけど、二人きりの時は『楡松さん』と呼んでいる。
一緒に暮らしてるしね。
「ほんっと、一日中お金ばかり見てたじゃないですか、しかも一万円ばっかり」
「目が痛い仕事だった」
「それもそうですけど、これが自分のお金だったらな、とか思いませんでした?」
「確かに。薄給の公務員だからね、我々は。金のなる木があるじゃなしだ」
楡松さんはそう言いながら、目をこすった。
ほんとに、目が相当疲れているようだ。
くしゃくしゃっと目をこする楡松さんは、外見の幼さもあって子供のようだった。
こーゆーカワイイところを見せるの、もう、ヒキョウだぞ!
「もう、目薬をしてくださいね。子供じゃないんだから!」
「うう……はい」
再び頭を抱えた楡松さんは、反省したのかこの夜のお皿洗いを手伝ってくれた。
次回は明日(12/25)8時公開予定です。
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