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ユリアの憂い

 それから一週間、それまで見ないふりをしていた気持ちをしっかり見つめた。

 私の心は思ったよりもたくさんの気持ちで溢れていたようで、私は気持ちのままに泣いて、アーリヤさんに話を聞いてもらって、美味しい物を食べて、ゆっくり休んだ。

 熱は、アーリヤさんの前で泣いたあの日以来、出ていない。


 お見舞いにたくさんの人が来てくれた。

 キャサリン様とグラビス様は、ユリア様のお見舞いのお花を持って来てくれた。

 他にも、心配したシュリガンさん、ドュークリフ様、父さんと母さん、リリアもお見舞いに来てくれた。

 みんながお花やお菓子をお見舞いに持って来てくれたので、私の部屋は今とても華やかだ。


   ◆

 

 そうして、のんびり休んだ私はしっかり元気になって今日から復帰だ。

 

「セシリアさん、元気になって安心しました」

 アルマ様が、皺々の手で私の手を優しく握った。

「セシリアさん、元気になってよかったですわ」

「うんうん。心配したよ」

 キャサリン様とグラビス様も、私を嬉しそうに迎え入れてくれた。

「ご心配おかけして申し訳ありませんでした」

 私は三人に頭を下げた。


「セシリアさん、今日からまた忙しくなりますよ。同盟の調印の日程が決まりました。ひと月後にアルロニア帝国の使者の方々がいらっしゃいます。調印式の後は、夜会が開かれますから、ユリア様の輿入れの準備と合わせてそちらの仕事も加わります」


 アルマ様によると、アルロニア帝国の宰相と、ドルゴン王国を警戒して、護衛にダザ将軍とその精鋭部隊がランガルドフ王国にやってくるのだそうだ。

 そして、王族としてはロイズアス殿下が代表として訪れるらしい。

 

 バルドさん達第二騎士団がトルッカ砦に遠征に行ったのは、元々一年に一回行われるトルッカ砦の騎士達と合同訓練のほかに、アルロニア帝国の一行と合流して護衛に加わる目的もあったようだ。

 

 夜会の準備の分担はもうすでにできているそうだ。王女宮の侍女の仕事は、招待状の準備と出欠確認をすることだった。

 私はアルマ様のそばについて、全体の進捗の確認や諸々に必要な書類、手続きを実地で教わることとなった。

 他にも、もちろんユリア様のドレスや宝石の用意もあるし、これは忙しくなりそうだ。



 

「ユリア様、ご心配おかけして申し訳ございませんでした。今日から復帰いたします」

 私はユリア様の部屋に入り、ユリア様に謝罪と復帰の報告をした。

「セシリア、もう体は大丈夫?」

「はい。しっかり、休みましたのでもう大丈夫です」

 ユリア様が安心したように微笑んだが、ふとその表情が一瞬翳ったような気がした。


「アルマから同盟の調印の日程が決まった話は聞いたかしら?」

 しかしそれはほんの一瞬で、すぐにユリア様はいつもの微笑みを浮かべた。

「はい」

 ユリア様が頷く。


「アルロニア帝国との同盟の調印式はお父様とお兄様が、その後の夜会はお母様とお義姉様、私とで準備することになっているわ。盛大なものになるので大変だけどがんばりましょう」

「はい」

 この日から私達は、それこそ目の回りそうな忙しい日々が始まった。


 私はアルマ様に確認してもらいながら、書類を作成して仕上げていった。今まで、アルマ様に出された課題のおかげでそこまで手こずることはなかった。


 そして、休憩時間は王女宮の侍女達を回った。

 困っていることがないか、遅れている仕事がないかこちらから確認していく。わざわざ言いに行ったり、尋ねることはしづらいものだが、こちらから尋ねると、意外に細々としたことが出てくるものだ。


 メイド班長の時もあったが、小さなことでも後々大きな問題になったりすることもある。問題は小さなうちにさっさと片付けてしまった方が、結局効率が上がるのだ。

 アルマ様に相談しては、仕事の割り振りを変えたり、組んでいる侍女の配置を交換していくと、みんなの仕事の速度が格段に上がった。


 アルマ様の仕事の流れも大分把握できるようになってからは、先回りして書類を仕分けしたり、準備するようにした。

 下準備をしておくだけで、取り掛かりやすくなり仕事も進めやすい。

 アルマ様がこんなに仕事が早く進むのは初めてだと感激していた。




 そんな忙しい日々の中、ふとユリア様が思い悩むような表情を見せるようになった。

 アルマ様も気にされているのだが、マリッジブルーの可能性もあるので様子を見ることにした。


 しかし、とうとうユリア様が熱を出されてしまったのだ。

 医官の見立てでは、精神的なものらしい。

 私と一緒だ。

 私は宿直のキャサリン様にお願いして、ユリア様のそばにつかせてもらうことにした。


 ユリア様の熱は高く、夕方からベッドで眠られている。

 私は温くなってしまったユリア様の額の手巾をたらいで絞ると、またユリア様の額にのせた。

「ん……?」

 小さな声が漏れ、ゆるゆるとユリア様がヘーゼルナッツの瞳を開けた。

 

「セシリア?」

「はい。宿直をキャサリン様に代わっていただきました。具合はいかがですか?」

 ユリア様が、そっと目を閉じて息を吐いた。


「随分楽になったわ。セシリアも仮眠をとってきて大丈夫よ」

 確かに、熱は夕方より下がったようだがその表情には憂いが見えた。


「ユリア様、少しお話をいたしませんか?」

「お話?」

 ユリア様が、キョトンと私を見た。私は小さなユリア様の手を握った。


「はい。先日、私も高熱を出しました。原因はユリア様と同じ精神的なものでした。……実は、私はガルオス様を慕っておりました。お別れして悲しかったのに、知らんぷりしていたら熱が出てしまったのです。ユリア様も、心にある何かを知らんぷりされていませんか?」

 ユリア様は苦しげに顔を歪めたが、覚悟を決めたように私を真っ直ぐ見つめた。


「……セシリアがガルオス様を諦めたのは私のわがままのせいね?」

 ん?ユリア様のわがまま?

 私はよくわからず、小首を傾げた。

「何のことでしょう?」

「誤魔化さないで!」

 ユリア様が、珍しく声を荒げた。


「私が、アルロニア帝国に一緒に付いて来てほしいとわがままを言ったから、優しいセシリアはガルオス様を諦めたのでしょう?」

 ユリア様は、ご自分のせいと責めてしまっていたようだ。


「そんなことはございません」

 私は思いもしないことに、慌てて訂正した。

「ごめんなさい、セシリア。私は大丈夫だから、ガルオス様と幸せになって」

 しかし、ユリア様は頑なだ。


「そもそも、ガルオス様は侯爵で私は平民です」

「大丈夫よ。私が養子に入れる貴族を見つけるわ」

 私はどんどん不安になる。もしや、ユリア様は私が必要なくなってしまったのだろうか。

 確かに、先日は体調を崩して迷惑をかけてしまっているし、ユリア様の小さな頃から支えていたアルマ様に比べると私は頼りないのかもしれない。


 今はユリア様の周りには、キャサリン様やグラビス様もいる。彼女達は貴族だし、優秀だし、頼もしいし、信頼もできる。

 でも、私は諦めたくなかった。


「ユリア様。私はユリア様のおそばを離れたくありません。必ずアルマ様のような頼れる侍女になれるよう努力いたします。平民ですが、貴族以上の教養と礼儀作法を身につけます。ユリア様が私に不安を感じておられるのはわかりますが――」

「そんなことないわ!ずっとそばにいてほしい!……あ!」

 反射的にユリア様が答えたが、あわあわとなかったことにしようとした。

 しかし、その手は離したくないというばかりに、ギューギューと私の手を握りしめていた。


「ユリア様。実はガルオス様とお別れする前に、キャサリン様からも貴族の養子に入る先として、ご自分のお父様に頼んでくださると言われたのです。それをお断りしたのは、私です」

「なぜ?お願いしていれば、ガルオス様と結婚できたでしょう?」

 私はゆっくり首を横に振った。


「ガルオス様にはすでに婚約者候補の令嬢がおられます。何より、私の心のど真ん中にはユリア様に専属侍女として仕えるという芯がございましたから」

「本当に?」

 ユリア様がおずおずと尋ねた。


「はい。私は、本当はわがままで欲張りなのですよ?もしユリア様について行くのを諦めてこの国に残ったとしたら、ガルオス様と結婚できたとしても後悔したと思います」

 もちろん、バルドさんを愛している。

 しかし、仕事を諦めた私は、満たされることはなかっただろう。

 やはり、バルドさんとはどう考えても無理だったのだ。


「本当に、私と一緒にアルロニア帝国に行ってくれるの?」

「はい。どこまでもお連れくださいませ」

 私がしっかり言い切ると、ユリア様が嬉しそうに笑った。

「ええ。ずっと私のそばにいて。セシリアのことは、私が幸せにするわ」

「はい。これからもよろしくお願いします」


 それから、すぐにユリア様の熱は下がったのだった。


   ◆


 そうして忙しいながらも充実した日々は流れ、とうとうアルロニア帝国の使者達を迎える日を迎えた。

 

 

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― 新着の感想 ―
幕間で、シュリガンさんとバルドさんが殴り合ったりしてるんでないかと妄想します。
 セシリアを本当に頼りにしてるんだな…。
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