バルドのいない日常
バルドさんがいなくなって半月、私は彼のいない日常に少しずつ慣れてきていたと思っていた。
朝、バルドさんからのおはようがなくても大丈夫、朝晩の食事のたわいない会話がなくても大丈夫、優しい眼差しがなくても大丈夫、彼の笑顔がなくても大丈夫、笑い声がなくても大丈夫……彼がそばにいなくても大丈夫だと、何度も心の中で唱えた。
私はそう自分に言い聞かせて、自分ではコントロールできない、そして覗き込んだらいけない何かにせっせと蓋をして過ごした。
しかし体は正直で、閉じ込めた声なき心の悲鳴は体に直結し、私はとうとう熱を出した――。
◆
「セシリア、ロイズへのお返しのプレゼントだけど何がいいかしら?」
ユリア様が、ロイズアス殿下から届いたオルゴールを聴きながら真剣な顔で悩んでいる。
ユリア様とロイズアス殿下は、ほぼ毎日手紙が届き、たくさんのプレゼントが贈られていた。
私は精神的な熱という診断を受け、感染るものではないことを確認し、普通に仕事に出ていた。医務官にはしっかり休むように言われたが、働いている方が体が楽なのだ。
実際、熱が高いだけで王城にいる間はいつもと変わらず元気だった。
「そうですね……。やはりロイズアス殿下のように、贈られた物を見てユリア様を想うような物がよろしいかと」
「セ、セシリア!私は別に」
ユリア様が顔を真っ赤にしてアワアワと口ごもった。
私はその可愛らしい姿に微笑んだ。
「それでしたら、ユリア様がお好きな曲のオルゴールはいかがですか?」
キャサリン様がアイデアを出す。
もうすっかりキャサリン様も王女宮に馴染んでいた。
「そうね。そうするわ」
ユリア様が決めたところで、私はその髪をとかし始めた。
「今日は護身術の練習が入っておりますので、髪はすっきりとまとめてしまうのはいかがでしょう?」
ユリア様の髪に椿油をつけ、丁寧にとかし艶を出していく。
鏡越しにユリア様の顔を見ると、ユリア様がギョッとしたような顔をしていた。
「申し訳ございません。痛みがありましたか?」
熱があるだけでいつもと変わらないのだが、気づかないうちに不備があったろうか。
「セシリア」
ユリア様が私の手を小さな手で握った。
「やっぱり熱いわ」
「え!?」
キャサリン様も慌てて私の額に手をあてた。
「すごい熱ですわ!」
「問題ありません。精神的なものですので、感染らないと診断も受けています」
二人が愕然とした顔で私を見た。
「精神的って……。セシリア、何があったの?」
ユリア様が心配そうに尋ねた。
「親しい友人と別れ少し寂しく思っただけです。ご心配には及びません」
私はいたって普通に答えた。
「ガルオス様と別れたからですわ……」
「キャサリン様!ユリア様が誤解なさいます」
キャサリン様が涙目でバルドさんの名前を出したので慌てて止めた。
「……いつから熱があったの?」
ユリア様はそれ以上バルドさんのことは聞かず、別の質問をされた。
しかし、その質問も答えづらい。
「セシリア」
ユリア様に名前を呼ばれて観念した。
「ほんの三日前です。でも、本当に気にされるほどではないので大丈夫です」
ユリア様とキャサリン様が絶句した。
そして、ユリア様とキャサリン様はお互いの顔を合わせて頷いた。
「セシリア、明日から一週間休みを取ること」
え?一週間?休み?
「そんな!」
私は不敬にも口答えしてしまい、慌てて口を閉じた。
「私、アルマ様に知らせて来ますわ」
「キャサリン様!私は本当に平気ですので」
私が主張すると、二人は厳しい顔をした。
「セシリア、ちゃんと心と体を休ませなさい。これは王女としての命令よ」
ユリア様は滅多に命令という言葉は使わない。
だからこそ、重みがあった。
「かしこまりました……」
私はグッと唇を噛んで俯いた。自分の弱さが情けなかった……。
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