レイモンドの降格
バルドさんがいなくなっても、日常は進んでいく。
私は午前中の仕事が終わり、休憩に入ったところでエリザベート様に呼ばれた。
「休憩時間にすまないね」
「いえ。大丈夫です」
相変わらず凛と美しいエリザベート様が、にこやかに私を迎えた。
その後ろには、いつもと違って護衛騎士の顔をしたドュークリフ様が立っている。
そしてもう二人、体が大きく筋肉隆々の第一騎士団の騎士服を着た威圧感のある壮年の男性と、同じく第一騎士団の騎士服を着た、若く目つきの鋭い男性が同席していた。
「あなたがセシリア嬢か」
壮年の騎士様に、さほど大きな声ではないのにビリビリと腹に響くような低い声で名を呼ばれた。
「はい。王女殿下の専属侍女、セシリアでございます」
私はただならない空気の中、カーテシーをとった。
「うむ。私は第一騎士団長デゴルド・ザビルだ。こっちは第一騎士団マルク・ドットニーだ」
私はなぜ呼ばれたのかわからないまま、促されてソファに座った。
向かいのソファに騎士の二人が座ると、鋭い視線を私に向けた。
私はその空気に飲まれてしまわぬよう、腹に力を込め真っ直ぐ二人を見つめた。
「第二騎士団の訓練場で、受付をしないで通した令嬢がいた話は知っているか?」
低く威圧感のある声で尋ねられた。
私は、先日のミーア様のことを思い出す。
「はい。私はその場にいました」
「本当か?嘘をつけばその首を刎ねるぞ」
脅すように言われたが、私は落ち着いて答えた。
「はい。レイモンド騎士団長が、受付の騎士様が止めるのも聞かずにホログリム子爵令嬢を通しておりました」
ドュークリフ様が、よしっと言うように密かにグッと手を握りしめた。
「その詳しいやり取りを言えるか?」
「はい」
私が答えると、ザビル騎士団長がドットニー様に小さく目配せした。
「マルク。証言を記録しろ」
「はっ」
一言の間違いも見逃さないというような、ひりつく空気が流れた。
私は、一つ一つの会話と状況、立ち位置をよく思い出し細かく正確に伝えた。
「どうだ?」
「はっ。受付の騎士の証言とも一致しております」
「そうか。協力を感謝する」
第一騎士団の二人はスッと九十度のお辞儀をすると、速やかに部屋から退出した。
私は大きく息を吐いた。
緊張した……。一体何だったのだろう?
「一体どういうことでしょうか?」
私が尋ねると、二人は厳しい表情になった。
「実は、王太子殿下が襲撃を受けた」
「え!?」
その衝撃の内容に目を見開いた。
「幸い私も一緒だったから、トスカは擦り傷で済んだ。どうやら第二騎士団に密偵が入り込んで、トスカの予定を調べたようなんだ」
王族の護衛は、専属の護衛騎士の他に第一騎士団が請け負う。そして有事の際にすぐに動けるように、第二騎士団も王族の予定は知らされている。
「訓練場の入り口には騎士がいて、受付に必ず記帳するルールがある。しかし、受付しないで令嬢が入ったと、前例を突きつけて強引に中に入る貴族が後を絶たず混乱があったらしい。その隙に侵入されたようだ」
ミーア様が原因だ。あの時、もっと強く止めればよかった。
「申し訳ありません。私がもっと強くミーア様を止めていれば……」
「いや、当時受付をしていた騎士からも話は聞いている。騎士団長のレイモンドが相手では、いくら言っても難しかったろう。問題なのは、そのレイモンドが自分は関わっていないと主張したことだ。卑怯にも受付の騎士が勝手にしたことで、自分は知らないと罪をなすりつけた」
「そんな……」
私はあまりのことに言葉が続かなかった。
「だが、レイモンドの証言は曖昧で、受付の騎士はしっかりと証言していた。それに加えて第三者であるセシリアの証言も取れたから、もう大丈夫だろう」
「よかったです」
私はホッと安堵した。
その後、レイモンド騎士団長は団長から降格し一騎士になることが決定した。
本当だったら騎士団から除隊されるところを、レイモンド元騎士団長は、またもや王太后陛下に泣きついたそうだ。
次に何かあった場合は、王太后陛下が責任をとって王太后の地位を捨て隠居すると陛下に懇願し、何とか降格処分で済ませたようだ。
◆
「妾のおかげで、そなたは騎士に残ることができたのじゃ。感謝せよ」
王太后がそのでぷりとした二重顎をツンと反らせ、偉そうに言った。
レイモンドは期待した答えと違っていたので、慌てて王太后に縋りついた。
「お祖母様!私に平民共と交ざって騎士をやれと?第二騎士団は、騎士団長だから我慢したんです。だったら、せめて第一騎士団に入れてください」
いつもならすぐにレイモンドの言うことを聞いてくれる王太后が、今日は不快げに顔を歪めた。
「第一騎士団は、高位の貴族からなる騎士団だ。今のお前はただの男爵であろ?」
その不本意な爵位を言われて、レイモンドはムッとした。
舅である前男爵は、公爵令息であった自分に事ある毎にうるさく口出し無礼だし、可愛らしいと思っていたミミも、今では馬鹿にしたような目で見てくる。
何もかもが、うまくいかなかった。
「お祖母様!第一騎士団に私が入ってもいいと言っていたと伝えてください。きっと、みんな喜びます」
(そうだ。下位の者には私の価値がわからなくても、高位の者ならわかるはずだ)
しかし、相変わらず王太后の顔は渋いままだった。
「その第一騎士団が、頑なにお前の騎士の除隊を望んでおったのだ。妾が責任を持つと陛下に頼んで、やっと第二騎士団の騎士に残れたのだ。これ以上は無理じゃ」
王太后は面倒そうに手を振った。
「レイモンド様、王太后陛下はお疲れですのでどうぞお帰りください」
王太后の専属侍女が、話はまだ済んでいないというのにレイモンドを促した。
「お祖母様!私はただ、困っていた令嬢を助けただけです」
「そのせいで、第二騎士団に密偵が入り込んでトスカは襲われたのじゃ」
「そんなの、忍び込まれた第二騎士団が悪いのではないですか?」
王太后は呆れたようにため息を吐いた。
「その第二騎士団の騎士団長はお前であったろう?」
レイモンドは、そうだったとぐっと言葉に詰まった。
さすがにこれ以上は何も言えず、レイモンドは渋々王太后宮を後にした。
◆
レイモンドは昼間から酒場に行くと、酒をグイとあおった。腹が立って仕方なかった。
(なんて、使えないばあさんだ。美しい自分が、こうして老いて醜いお前に願ってやっているというのに!)
そんなレイモンドに、高位の貴族の身なりをした、愛想のいい男が話しかけてきた。
「これはこれはレイモンド様、こんな場所で会うとは。私のことは覚えておられますか?」
「おお、其方か。懐かしい」
レイモンドは記憶力が悪い。全く覚えていなかったが、男に合わせた。
男は、レイモンドに高級な酒を何杯もおごった。
最近は金がなく、安い酒しか飲めなかったレイモンドは喜んだ。
そして、聞き上手なその男に今までの不満を全て話した。
男はレイモンド以上に憤慨した。
こんな高貴な方に何と無礼な!こんな素晴らしい方が何と不遇な!男のいくつもの言葉に、レイモンドは上機嫌でまた酒を飲んだ。
「レイモンド様、私によい考えがあります」
男は親切そうに、レイモンドに耳打ちした。
レイモンドは、愚かにもその男を信じきっていた。
だからその考えは素晴らしいと思い、ニヤリと笑った。
(見てろ。俺は英雄になるんだ)
次の日から、レイモンドは王都から姿を消した――。
第八章スタートです(^^)
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