セシリアの決めた道
「嬢ちゃん、なんかすっきりしてるか?」
「え?」
朝食を食べている時にバルドさんに言われて、私は目をパチクリさせた。
「ここ数日悩んだ顔していたが、今日はすっきりした顔してる」
言われて、ああと納得した。
ずっと恋とは愛とはとグルグルしていたが、今はちゃんとわかっている。
「はい。もう答えが出たので」
私は、ニッコリ微笑んだ。
今こうして一緒にいる時間がとても愛おしい。
「……そっか。嬢ちゃんは、もう答えが出たんだな」
「はい」
私は、迷いなく返事をした。
私は、バルドさんへの想いを大切に心に包んで生きていく道を選んだのだ。
「うん。嬢ちゃんは、絶対に幸せになれる」
「ありがとうございます」
私もそう思う。
だって、想うだけでこんなにも幸せな気持ちになるのだ。バルドさんがミーア様と結婚しても、私はこの想いがあれば幸せだ。
私はその気持ちのままに、微笑みを浮かべた。
バルドさんは、どこか切なげに私を見つめていた……。
◆
昨日はシュリガンさんと泣いたあと、今後のことを話し合った。
お互い友人関係は続けたい、だから、気持ちが落ち着くまでは少し距離を置こうということになった。
お昼は、別々に食べることにした。
いつかまた、シュリガンさんと気軽に話せる関係に戻れたら嬉しい。
私は、お昼は一人でいつものベンチでお弁当を食べるつもりだった。しかし、キャサリン様とグラビス様に一緒にお昼を食べようと誘われた。
二人の顔がとても真剣な顔をしているのが気になったが、もちろん了解した。
二人共お昼を食べながら、顔を見合わせては目配せをしたり、何かを言おうとしては口を閉じたりと、落ち着かない様子だった。
そして、お弁当も食べ終わり戻ろうかと言う時、二人は意を決したように頷き合った。
「セシリアさん。よく聞いてくださいですわ」
キャサリン様の目力がすごい。
「は、はい」
「セシリアさん。私達が思うにセシリアさんはガルオス様が好きだと思うんだ」
いつになく真剣な顔でグラビス様が言った。
私は、小首を傾げた。それはそうなんだが、それがどうしたのだろう?
「わかってますわ!急にこんなことを言われて、驚いてますわよね?でも、間違いないと思うのですわ」
キャサリン様まで真剣だ。
「言わない方がいいか、私達も悩んだんだ。でも、もしシュリガンさんと付き合ってから、自分の気持ちに気づいたらセシリアさんは苦しむだろう」
確かに、シュリガンさんとお付き合いを始めてからバルドさんへの気持ちに気づいたら、今よりもっとシュリガンさんを傷つけていただろう。
そう考えると、昨日自分の気持ちに気づいてよかった。
しかし、もうシュリガンさんとの話し合いは済んでいるし、バルドさんへの想いを大切に仕事に生きていこうと決めている。
二人は何を言いたいのだろうと考えて、ハッと気づいた。
いつぞやミーア様の登場でうやむやになってしまったが、思い返すとキャサリン様とグラビス様はあの時、私はバルドさんが好きなのではないかと言おうとしていたではないか。
二人の中では、そこで止まっていた。
私のために、二人は一生懸命考えてくれていたのだ。
私はその気持ちが嬉しくて、思わず微笑んでしまった。
「ありがとうございます。でも、もう大丈夫なんです。つい昨日、私もバルドさんへの気持ちに気づきまして、シュリガンさんにはお断りのお返事をしました」
「へ?」
二人は呆気に取られた顔をしたが、少しすると大きく息を吐いた。
「そうなんですのね。では、ガルオス様とお付き合いされるのですか?」
「いえ、まさか!私は平民ですし、侯爵であるバルドさんとお付き合いできるわけがありません」
本当にそんなことは無理なのは理解している。
「私、セシリアさんを養子にしていただけないか、お父様にお願いしますわ」
キャサリン様の気持ちはありがたい。
しかし、バルドさんは、もうミーア様と婚約しているのだ。
何より、私はユリア様の専属侍女としてアルロニア帝国に行く予定なので、もし貴族の養子になれたとしても、やはりバルドさんと結婚はできない。
私にとってユリア様の専属侍女として仕える気持ちは、もう心のど真ん中に芯として揺るぎないものだ。
それは私の大切な根幹のように思う。
「ありがとうございます。でも、私はユリア様の専属侍女を辞めるつもりはありませんし、ガルオス様はミーア様と婚約されたと聞きました」
すると、グラビス様が怪訝そうな顔をされた。
「それはありえないよ。調べたけど、ガルオス様の婚約者はまだ決まってないはずだよ」
「でも、ミーア様が昨日決まったっておっしゃってましたよ?」
「う〜ん、ガルオス様の婚約者は候補が何人かいるらしいけど、遠征が終わって正式に第二騎士団を辞めてから決めると聞いたけど……?」
本当のところはわからない。でも、ミーア様じゃないにしても、どなたか貴族令嬢の方がバルドさんの婚約者になり、いずれは結婚してガルオス侯爵家に入るのは変わらないのだ。
「私は、バルドさんが好きです。でも、だからといって想いを告げるつもりはありません。想うだけで、充分幸せなんです」
昨日たくさん泣いた。泣いて泣いて、それで選んだ道なのだ。後悔はしない。
私はすっきりと笑った。
◆
ミーア様は、なぜか顔色を悪くしたホログリム子爵に慌ただしく領地に連れ帰られたようだ。
そうして穏やかに日々が流れ、とうとう明日はバルドさんとお別れの日となった。
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