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バルドとの出会い

 それは四年前の、私がメイド班長になったばかりの頃の話だ。


 メイド班長になったものの、まだ年も若く平民の私は、高位の貴族令嬢達にとにかく舐められてしまっていた。

 高位の貴族令嬢達は、メイドの仕事などできないと全ての仕事を私に押し付け、彼女達はどこかに消えてしまうのだ。

 とにかく彼女達の分の仕事まで終わらせ、探しに行くと、なんと仕事をさぼって第二騎士団の訓練場に見学に行っていた。


 最近、第二騎士団長になった方は素晴らしく見目がよいという噂は聞いたことがあったが、まさかさぼってまで見に行くとは……。

 今までは、高位貴族令嬢に多少の遠慮があった。

 しかし、それでは駄目だと思った。私も腹を括ろう。責任あるメイド班長を任されたのだ。


 しかも、見つけた彼女達は美貌の騎士団長にキャーキャーと大騒ぎをしていた。迷惑なことこの上ない。

「ここで何をしているのですか?」

 キャーキャーと騒ぐ彼女達の前に立ち、腹から声を出した。

 シンと訓練場が静まり返ったが、私はしっかり彼女達の目を見つめて言った。


「今は仕事中のはずです」

 私に真っ直ぐ見つめられ、彼女達は気まずげにお互いの顔を見合わせた。しかし、自分達の方が人数が多いと気づくとキッと私を睨んだ。

「平民のメイド班長がやればよいんじゃない?」

 クスクスと同意するように彼女達は笑った。


「平民だの貴族だの関係ありません」

「何ですって!?」

 カッとなった一人が私の頬を叩いた。眼鏡が床に飛び、シンとなった訓練場に頬を叩く音が思いのほか大きく響いた。

 彼女達もさすがにやり過ぎたと思ったのか、たじろいだが虚勢を張るように私を睨んだ。

 それでも、私は静かに彼女達を見つめた。


「王城のメイドの仕事は、平民の平均収入の三倍ほどのお給金をいただいています。それは、国民の税金から出ております。そして、平民が王城のメイドになるには、学園で最低でも十番以内の成績を取り続け、その人格を認められなければ学園長からの推薦を受けることができません。しかし、貴族令嬢は希望すれば、王城のメイドになることができます。それは、信頼されその価値があるとされているからです。今のあなた方は、胸を張ってその信頼に応えていますか?それだけのお給金をいただく価値があると言えますか?」


 私は三人を見据えて問うた。

 彼女達はウロウロと視線を彷徨わせたあと、小さく「悪かったわよ」と呟き、そそくさと訓練場から出て行った。


 私はホッと息を吐いて、床に落ちた眼鏡をかけた。レンズにヒビが入っていて見えづらいが、ないよりはましだろう。

 私は、今度は迷惑をかけてしまった騎士達に体を向けた。

「お騒がせして申し訳ございませんでした。今後このようなことがないよう気をつけますので、どうかお許しください」

 私は深々と頭を下げた。


 貴重な訓練の時間を邪魔してしまって、本当に申し訳ない。

 私は頭を上げすぐに訓練場を出ようとした時、その腕を掴まれた。


「叩かれた頬を冷やさないと腫れるぞ」

「団長?自分が連れて行きます」

「いや、俺が連れて行く」

 よく見えないが、背が高く、金色の髪の男性のようだ。騎士様が団長と呼んでいたので、この方が噂の美貌の騎士団長だろう。


「いえ。大丈夫ですので」

「駄目だ」

 そう言うと、ヒョイと横抱きにされ、すぐさま訓練場内の医務室に連れて来られた。

 恥ずかしいと思う暇もないほど、あっという間だった。

 そっと椅子に下ろされた。


「この椅子に座っててくれ」

 有無を言わせないその声に、私はおとなしく従った。

 騎士団長は、私の頬に冷んやりする薬を塗りガーゼを貼ってくれた。


「お手数をおかけして申し訳ごさいません。先程のメイドの彼女達も、ご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんでした」

 私は再度謝った。私がもっとしっかりしていれば、ここで彼女達が迷惑をかけることはなかっただろう。

 騎士団長がじっと私を見つめている気配がした。私はなぜ見つめられているのかわからず、小首を傾げた。


「あの……?」

「……なんで何にも悪くないあなたが謝るんだ?」

 深く優しい声だと思った。

「私はメイド班長です。私の下についた者がご迷惑をかけたのですから、私が頭を下げるのは当然です」

 この優しい声の騎士団長を見たかったが、残念ながらヒビの入った眼鏡ではぼんやりとしか見えない。


「あなたは、すごいな……」

 そう言った騎士団長の声は疲れていた。

 よほど、彼女達が迷惑をかけたのかもしれない。まだ、騎士団長になったばかりだと噂で聞いたし、彼女達が騒いだせいで騎士団内の雰囲気を悪くしてしまった可能性もある。

 私は、少しでもこの方の気持ちを楽にして差し上げたいと思った。


「ご迷惑をおかけしたお詫びに、よろしければ愚痴などありましたらを聞きますが、いかがでしょう?お立場的に愚痴を言いづらいのではありませんか?もちろん他言いたしません。ご心配でしたら、その旨書類にサインします」

 私がそう言うと、騎士団長は一瞬キョトンとされたあとクックックッと楽しそうに笑った。


「じゃあ、お願いしようかな。俺は本来次の騎士団長になるべき副団長を押しのけて団長になったんだ」

 確かにぼんやり見える彼は、騎士団長になるにはお若いように見える。きっと何らかの理由があっての任命なのだろう。


「それは、難しいお立場ですね」

「あなたも、お若いのにメイド班長になって大変ではないか?」

 騎士団長が心配するように尋ねた。

「そうですね。私の場合、平民の身でメイド班長になって貴族の方をまとめなくてはならないので、大変でないと言ったら嘘になります」

 でも、やらなきゃいけないことはやるしかない。

 私は真っ直ぐ騎士団長を見た。


「でも、私はメイド班長ですと胸を張って言えるようきちんと仕事を務めたいと思っています」

 騎士団長は一瞬虚を衝かれたような顔をしたが、その後大笑いした。

「そうだな。うん、今の俺は胸を張って第二騎士団長とは言えないな。情けない」

「いえ、そんな」

 自分の至らない部分を見るのは誰だって嫌なことだろう。でも、それを認められる人はとても素敵だと思った。

 騎士団長は柔らかく微笑んだ。


「あなたは、とても格好いいな」

 優しい声で褒められ顔が赤くなるのを感じた。

 この方の声は、柔らかなテナーで胸に優しく響くのだ。


「それに比べて、俺は格好悪い。ちゃんと団長の務めを果たしていないばかりか、この顔のせいで訓練場を騒がせてしまっている」

「いえ、格好悪いなんて思いません。きっと、今はがんばっておられるところなのだと思います。がんばったことは、いつか必ず実を結ぶはずです。あ、でも、顔がよいというのは大変ですね……」

 それは本当にお気の毒だ。私はそんな時に余計な負担をかけてしまったことを、とても申し訳なく思った。


「そんな大変な時に、メイド達が大変申し訳ございません」

 深々とまた頭を下げた。

「いや。本来なら追い返すべきだったんだ。そのうち飽きるだろうと放置してしまった」

「ああ、美人は三日で飽きるというあれですね」

 私はなるほどと頷いた。


「残念ながら、騎士団長は三日で飽きる美貌ではなかったのですね」

 私はこの容姿で嫌な思いをしてきたが、逆に美しくても嫌な思いをする人もいるようだ。


 可哀想に……。何かよい方法はないだろうか。

 私はよく見えない騎士団長の顔を見つめたあと、一つ頷いた。

「いっそ、隠してしまってはどうですか?」

 騎士団長が、おもしろがるように私を見た。


「仮面をつけるとかか?」

「いえ、そこまでなさらなくても髭を生やすのはいかがでしょう?随分印象が変わるのではないですか?」

 騎士団長は、なるほどと顎のあたりを手のひらで撫でた。その男臭い仕草に私はドキリとした。


「ありがとう。気持ちが楽になった」

 騎士団長はニカリと笑った。

 どうにも、今日は鼓動がうるさい。

 多分、先程頬を叩かれた影響かもしれない。


「そ、それでは、私はもう戻ります」

 私は、慌てて立ち上がった。

 騎士団長に引き止められるように、手を握られた。


「名前を教えてくれないか?」

 その大きく温かな手に、ますます鼓動がうるさくなる。


「これは失礼いたしました。セシリアと申します。では!」

 私はどうにも顔が赤らむのが恥ずかしくて、名乗るだけ名乗ってそのまま足早に退散した。


 その後、第二騎士団は遠征があり、私は私でメイド班長が忙しく、騎士団長のことは気づいたら忘れていた……。


  

 あの時の騎士団長がバルドさんだったとわかったからといって、今更話すことでもない。

 バルドさんとは、どこかぎこちないながらもいつもの生活を送っていた。

 ただ、時折ミーア様と出かけるために夕食がご一緒できないのを少し寂しく思うくらいだ。

明けましておめでとうございます!

今年もよろしくお願いします(*^ω^*)

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― 新着の感想 ―
あけましておめでとうございます。 バルドさん、駄目ですね。 ミーア嬢ちゃんの言動はかなりアウトですので、ビシリと言わねば駄目でしょうに。 そしてセシリアさんは、いささか鈍い。 この娘が、初対面時から…
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