嫉妬
「嬢ちゃん、昨日は本当にすまなかった」
次の日の朝、バルドさんはガバリと私に頭を下げた。
「いえ」
私はぎこちない笑顔で答えた。
バルドさんが心配そうに私を見た。
「ミーアは小さい頃体が弱かったから、周りが随分甘やかしてわがままなところがあるんだ。迷惑かけたんじゃないか?」
「本当に大丈夫ですから。それより、朝食が冷めてしまいます。早く食べましょう」
私はミーア様のことで謝るバルドさんを見ているのが嫌で、無理に笑顔を作って強引に話を切った。
昨夜はモヤモヤした気持ちのせいで、なかなか寝付けなかった。なので私はしっかりとこの気持ちを考えてみた。
そして、気づいたのだ。
これは、嫉妬だと……。
そう、よく似た事例を私は知っていた。
昔、リリアのお友達に優しくした時に、リリアが私の姉さんなのに!と怒ったことがあったのだ。
それと同じだ。
私にとってバルドさんは友人だが、それだけではなく兄のようにも思っていたのだ。
それが、ミーア様の登場でリリアと同じような気持ちになってしまったのだろう。
いい年をして恥ずかしい。
とはいえ、原因がわかったものの、このモヤモヤした気持ちが晴れるわけではない。
いつもなら賑やかな朝食なのだが、今日はポツリポツリと話しては会話が途切れ、沈黙が重かった。
「昨日は、ミーア様とあの後どちらでお食事されたのですか?」
私は他に話題が見つからず、ミーア様のことを出した。
「ん?食事には行かなかった。ミーアをホログリム子爵邸に送り届けてすぐ帰ったよ」
「ミーア様は楽しみにしてらしたのに?」
あのミーア様が大人しく引くとは思えない。
「ああ〜、かなりごねられたな。でも遅い時間だったし、ちょうどお父上と会ったからさっさと渡して帰ったよ」
バルドさんが疲れたように言った。
ミーア様とすぐ別れたことを聞くと、少しモヤモヤが晴れた。我ながら自分の子供っぽさに苦笑が漏れた。
「それは、お疲れ様でした」
「おう。ところで、昨日渡したデザートは食ったか?」
「あ、はい。あのナッツタルトはどちらのですか?とても美味しかったです」
そうなのだ。昨日いただいたデザートはナッツタルトだったのだ。
「あれ、実は俺が作ったんだ」
「そうなんですか?すごいです。とても美味しかったので、お店のかと思いました」
「遅番で朝時間があったから作ってみた」
バルドさんがニカリと笑った。
そこからは、いつもの時間が流れた。
◆
「よかった、セシリアさん、見つけた。今日は会議が入ってしまったので、お昼をご一緒できません」
シュリガンさんはそれを伝えるために、時間がない中私を探してくれていたようだ。
「わかりました。忙しい中、知らせに来てくださりありがとうございました」
「いえ、一目でもセシリアさんに会いたかったので。では、いってきます」
「はい。がんばってください」
私が、シュリガンさんを見送っていると、ものすごい勢いでキャサリン様とグラビス様が来た。
「い、い、い、今のやり取りは何ですの!?」
「これは、お付き合いしちゃってるね?ね?ね?」
二人の圧がすごい。
「あの、いえ、そういうわけでは」
私が目を白黒させていると、ガシリと両脇から腕を取られた。
「さあさあ、セシリアさん!ゆっくりお昼を食べながらお話を聞かせていただかねばですわ」
「うん!うん!さあ、行こう!いざ、行こう!」
私は、二人に攫われるように中庭に連行されたのだった。
いつもの中庭に着き、ベンチの両脇に二人は座るとずずいと私に顔を寄せた。
「で!?」
「いつからだい!?」
二人の鼻息が荒い。
「お二人共、落ち着いてください。私は、まだシュリガンさんとお付き合いしておりません」
「まだ!」
「じゃあ、いずれ!?これから!?」
二人がキャーと盛り上がる。
そうして根掘り葉掘り聞かれて、とうとう洗いざらいしゃべらされてしまった……。
「なんて素敵な告白でしょう。素敵!物語のようですわ!」
「うんうん、何でそれですぐに返事しないのさ」
二人の目がキラキラというか、ギラギラしている。
「シュリガンさんに、真剣に告白をしていただいたのです。私も、真剣にお答えしなくてはなりません」
「セシリアさんらしいですわ」
「うん。シュリガンさんは見る目があるね」
キャサリン様は、少し迷うように口ごもったが真剣な表情になって私を見た。
「ガルオス様のことはいいんですの?」
私は、思わずビクリとした。
「ガルオス様?ガルオス様というと、舞踏会でセシリアさんをエスコートされたあの美貌の方だね?え?その方とも何かあるのかい?」
グラビス様が驚いた顔で私を見た。
「何もありません。私とバルドさんはただの友人ですから……」
私は、昨日のミーア様とバルドさんを思い出すとモヤモヤしたものが胸に広がった。
「ガルオス様と何かございましたの?」
キャサリン様が、心配そうに尋ねた。
「いいえ、何もありません」
キャサリン様とグラビス様が、顔を見合わせた。
「いやいや、セシリアさん。何もないって顔じゃないよ」
「そうですわ」
二人が逃がさないとばかりに、にじり寄って来た。その視線が痛い。
私は、またもやその圧に屈した。
「……ただ、ちょっと兄を奪られるような気分になっただけです」
「兄?」
キャサリン様は、意外な言葉を聞いたような顔で私を見た。
「はい。実は昨日バルドさんの幼馴染のご令嬢がいらっしゃって、とても親しげで……。それで、こう胸がモヤモヤと痛くなりまして……」
我ながら子供っぽく恥ずかしい。
キャサリン様もグラビス様も笑うかと思ったが、その顔がだんだんと怖いほど真剣なものになっていった。
「それは、ガルオス様と幼馴染のご令嬢が仲がよい姿を見たら胸が痛くなったと?」
「はい」
私は、コクリと頷いた。
「その幼馴染のご令嬢にバルドさんを奪られたくないと思ったと?」
奪られたくない?
ふと考えると、確かに奪られたくないという言葉が、このモヤモヤした気持ちにしっくりくるかもしれない。
「はい」
二人は顔を見合わせた。
「それって嫉妬では?」
「はい。私はどうやらバルドさんを兄のように思っていたようで、嫉妬してしまったようです。子供っぽくてお恥ずかしいです」
二人は、いやいやいやと手を横に振った。
「セシリアさんは、ガルオス様がお好きなのではないですか?」
私は、キョトンと小首を傾げた。
「もちろん、好きですよ?」
二人がわかってないという顔をした。
「男性としてということだよ?」
「もちろん、バルドさんが男性だということは存じていますが……?」
二人が何を言おうとしているのかがわからない。
「「だから!セシリアさんはガルオス様を――」」
「あ〜!やっと見つけた!セシリアさ〜ん」
二人の声を遮るように、元気な声をかけられた。
「ミーア様……」
そこにはフワフワのピンクブロンドを揺らして、ニッコリ微笑むミーア様がいた。
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