シュリガンの恋 3
「シュリガンさん、お待たせしました」
「いえ、今僕も来たところです」
小走りで駆け寄るセシリアに、知らずと顔が綻んだ。
大きく感じていた彼女が、実はシュリガンよりとても小さく華奢だと気づいたのはいつだったろうか。
「はい。今日のお弁当です」
「ありがとうございます。すごい!今日は焼肉が入ってますね」
「甘辛くて美味しいですよ」
セシリアがニコリと笑った。
「その後、どうですか?」
「相変わらずですね。でも、慣れてきたのでもう少し早く終わらせられそうです」
毎日満たされているお陰か、集中力も増し仕事の効率もアップした。
「早く終わらせても、また仕事を増やされると思います」
セシリアが、スンとした顔で遠くを見つめた。
相変わらず大変なようだ。
毎日お弁当を共にするようになってわかったが、セシリアはあまり表情豊かな方ではないようだった。
しかし、学園時代に言われていたような鉄面皮とかではなく控えめな表情で、時折フワリと浮かべる微笑みは、楚々とした百合の花のようだと思った。
「なるほど、調整しながらやっていった方がよさそうですね」
「そうですね。その方がよいかもしれません」
二人で頷き合って、ため息を吐いた。
お互いなかなか働きやすくはならないようだ。
「実は、僕は学園の時からセシリアさんを知っていました」
「そうなのですね。確か、シュリガンさんは私の一つ下の学年でしたよね」
セシリアも学園時代、自分のことを知っていてくれたと思うと心がむず痒く、シュリガンはつい笑みが溢れた。
「はい。一つ上の学年のセシリアさんは、平民なのに貴族を抑えてトップと聞いて僕もトップを獲ることにしたんです」
「いろいろ大変だったでしょう?」
優しく問われ、シュリガンは学園時代を思い出す。
確かにやっかみは多かったし、貴族達にもよい顔はされなかった。
ただ、セシリアという前例があった分、まだシュリガンはましだったのかもしれない。
「まあ、確かに。でも、先にそれをやってのけている先輩がいるのは励みになりました。知ってますか?私の下の学年のトップも平民の子達なんですよ。セシリアさんが道を拓いてくれたんです」
「私は、友人もいなかったので、ただ勉強以外することがなかっただけなんですよ」
恥ずかしそうに肩をすくめるセシリアは、学園時代、英雄のように感じた女性とは思えなかった。
一人の可愛らしい女性に見えた。
シュリガンはとても綺麗だと思って、思わず見惚れた。
セシリアと目が合い、シュリガンは誤魔化すように話し始めた。
「学園時代、何度かセシリアさんを見かけたことがあります。周りがコソコソ話している中、真っ直ぐ前を向いて堂々と歩いていて格好いいと思いました」
シュリガンがそう言うと、セシリアは苦笑を浮かべた。
「そんな立派なものではないです。虚勢を張っていた部分も大きかったですよ」
そうだったのかと驚いた。意外な事実だ。
自分と同じ不器用な面もあるのかもしれないと思うと親近感が湧いた。
「セシリアさんがいたから、僕達はトップを目指すことができました。セシリアさんの存在が先にあったから風当たりもそこまでひどくはなかったんです」
「フフ……それは学園時代の私もがんばった甲斐がありました」
その時、足元に咲いた白い小さな花を微かに揺らすような風が吹いた。
はにかんで笑うセシリアを前に、まるで不可解な数独が唐突に解けたように、自分は彼女を好きなのだと理解した。
「学園時代あんなに大きく見えていたセシリアさんが、こんなに華奢で僕よりずっと小さな女性だったなんて……」
シュリガンの中の憧れの英雄セシリアではなく、不器用で、楚々と微笑む等身大のセシリアにシュリガンは恋をした。
それはこんこんと湧き出る泉のように、甘やかにシュリガンを満たしていった。
多分、今の自分ならどんなに難しい数学の問題でも、全て解けるような気がした。
「シュリガンさんは背が大きいですものね」
「あの、よかったら今度の休みに一緒に――」
とは言っても、初恋を前にシュリガンはどうしていいのかわかない。
結局、数多の女性に言われた言葉が口から出るのは我ながら情けないと思った。
結局、この日は慌ただしく仕事に戻るセシリアにあやふやのまま終わってしまったが、シュリガンは情けなくてもなんでもまたセシリアを誘うだろう。
そして、セシリアのお茶会の騒動が落ち着いた頃、シュリガンは、今までのお礼にとデートに誘えたのだった。
冒頭に続く――。
◆
セシリアの代わりになぜか来た、目を惹かずにはいられない美貌の男性は、シュリガンを心底申し訳なさそうに見た。
「あのな、嬢ちゃん、たまに抜けているところがあるんだわ」
「あの、嬢ちゃんって誰ですか?そして、あなたはどなたですか?セシリアさんはいらっしゃらないのでしょうか?」
シュリガンの頭は疑問だらけだ。
「ああ、すまん。わからないよな。嬢ちゃんはセシリア嬢のことだ。んで、俺は第二騎士団副団長のバルドだ」
「はあ……?」
まだ意味がわからず気のない声が出た。
「あんたの弁当を作ってたのは俺だ」
「はあ……?」
(あんたの弁当を作っていたのは俺だ……?)
言われた言葉がうまく頭で処理されない。
理解ができずにその言葉がグルグルと頭で回った。
(え?あの美味しい弁当を作ってくれていた人?この人は料理人か何か?)
違う。さっき第二騎士団のしかも副団長と言っていた。
(は?第二騎士団の副団長が、なぜ僕のお弁当?)
「でな、嬢ちゃん、シュリガンさんにお礼って言われて俺を誘ってるって勘違いしたみたいなんだわ」
バルドが心底申し訳なさげに眉を下げた。
しかし、シュリガンの内心はそれどころではなかった。
(一体二人の関係は一体何なんだ!?)
随分近しい距離に感じるが、親戚か何かなのかだろうか?
(もしくは……恋人……?)
「セ、セ、セ、セシリアさんとバルドさんのご関係は?もしや恋人でしょうか?」
シュリガンは涙目で尋ねた。
(よくよく考えれば、あんなに素敵な女性に恋人がいないわけないじゃないか……)
想像もしなかった過去の自分を殴ってやりたい。今この場にいる自分が恥ずかしすぎる。
「違う、違う。俺は嬢ちゃんの友人だ」
慌てたように手を振るバルドを、シュリガンは涙目で真実を見極めるように見つめた。
「キャア♡」
なぜか、周りから黄色い悲鳴があがった。
(なんだ?)
「ああ、シュリガンさんは顔が綺麗だから目立つな。ちょっと場所変えるか」
バルドがガシガシと頭を掻いて、困ったようにシュリガンを見た。
確かに、男二人で訳ありっぽく話しているのは人の興味を惹くだろう。
「では、予約してあるお店に移動しましょう」
シュリガンは、同僚に勧められた店に移動することにした。
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