無邪気な微笑み
「おい!平民!お前は何をコソコソやっているんだ!?」
本当に私の護衛騎士なのか尋ねたくなる仕事っぷりのラウンドア様が、今日も元気にキャンキャン吠えた。
マーバリー先生に、礼儀作法を教えていただくようになってひと月が過ぎた。
着実に成果が出ているようで、全ての所作が目に見えて洗練されてきたように感じる。
そう感じたのは、ラウンドア様とドマネス様もだろう。
私は目の前で、もうデフォルトになっている憎々しげに睨むラウンドア様に、マーバリー先生とキャサリン様と研究して作った、無邪気な微笑みを向けて小首を傾げた。
マーバリー先生曰く、それぞれの体型、戦闘スタイルに合った武器や鎧があるように、笑顔にもそれぞれに合った笑顔が大切なのだそうだ。
ドマネス様のようにおっとりとした微笑み、マーバリー先生のような敵につけいる隙を与えないような気高く品のよい微笑み……。
私の場合は平民なので、ドマネス様のようにおっとりした微笑みで言葉に毒を潜ませて敵を刺すことはできないし、かと言ってマーバリー先生の気高い微笑みでは生意気に見えてしまう。
そうして研究に研究を重ね、実験を繰り返し、辿り着いたのは赤ちゃんのように無邪気な笑顔だった。
はっきり言って、本当に私には難しかった。
常に考えを巡らせている私が無邪気……それは真反対ではないか。
自分が嘘をついているようで、瞬きが多くなり、頬がひくついた。
そのたびにマーバリー先生が「表情筋で仮面を作るのです!」と檄を飛ばしてくれた。
キャサリン様も「セシリアさん!千の仮面をつけるのではなく、一つなのですから簡単ですわ!」とよくわからない励ましをくれた。
そうして最近ようやく無邪気な微笑みが作れるようになったのだった。
よくよく考えると、赤ちゃんの笑顔は最強だ。
何にもできないのに、その笑顔で全てが許されてしまうのだから。
私の微笑みはさすがにそこまでの威力は発揮しないが、なかなかに使い勝手がよい。
私平民なのでよくわかりません、まっさらに生きてます風に無邪気に微笑むと、相手はそれ以上攻撃しづらいようなのだ。
「うっ……」
ほらご覧のお通り、ラウンドア様が言葉を詰まらせた。
「申し訳ございません。何をおっしゃっているのかわかりません」
私平民なのでわかりませんとばかりに、眉を困ったように下がらせて、微笑みに困惑を混ぜる。
「い、いや、だからだな……」
私まっさらに生きてますと、真っ直ぐな瞳でキラキラと見つめてやる。
実際は貴族至上主義達の目から隠れて、キャサリン様の別宅でマーバリー先生に礼儀作法を教わっているのだが。
きっと、貴族至上主義の手先であろうラウンドア様が探りたいのはそれだろう。
「い、いいか!?俺はお前の護衛だからキャスタール様の屋敷にもついて行くぞ。ちゃんとキャスタール様に、お前から伝えるんだ!」
は?何を今更なことを言っているのか。
ラウンドア様が護衛について早二ヶ月、全く護衛らしいことをしていない。
私のメイドの仕事の時は壁に寄りかかって暇そうに欠伸をし、帰りは定時にさっさと帰って行く。
本来なら、どんなに遅くなろうとも護衛対象を家に無事に送り届けるまでが仕事だろうに。
「必要ございませんよ?帰りはキャサリン様のお家の護衛騎士が家まで送ってくれますので。今更なぜとキャサリン様が困惑されてしまいます」
ラウンドア様が、グッと詰まる。
「そこはお前がうまく言うんだ」
え?こちらに丸投げ?
「平民の私にキャスタール侯爵令嬢であるキャサリン様に嘘を言えとおっしゃるのですか!?」
私は、わざと大声で驚いた声をあげた。
周りにいたメイド達が、不信そうにラウンドア様を見てヒソヒソ囁き合う。
「ち、違う。そんなこと言ってない」
ラウンドア様が慌てて訂正の声をあげるが、周りを気にしてキョロキョロされるその姿は、明らかに怪しい。
私は、さらに追い討ちをかける。
「あ!!まさかキャスタール侯爵家で、私とキャサリン様が何かよからぬことをしているとお疑いなのですか!?」
しっかりお腹から発声する。
きっと私の声はよく響いたことだろう。
「私の名前が聞こえましたわ?」
「キャア!」
キャサリン様の登場に、ラウンドア様が乙女のような悲鳴をあげた。
「それがキャサリン様。ラウンドア様が……」
「何でも!何でもございません!な!平民そうだろう!?」
ラウンドア様は、言うな言うなと目がウルウルと涙目だ。
私は大丈夫です、わかっておりますと頷く。
ラウンドア様が安堵の息を吐いた。
私は無邪気に微笑んで言った。
「ラウンドア様は、キャサリン様と私がキャスタール侯爵家で悪巧みをしているとお疑いのようです。今日からキャスタール侯爵家について行きたいから、私にキャサリン様に嘘をつけとおっしゃいました」
私平民なので空気は読めません〜とばかりに、ニッコリと微笑んだ。
ラウンドア様の呼吸がどんどん早く荒くおなりだ。ダラダラと顔の汗が滴る。
「そう……。ラウンドア子爵家は、キャスタール侯爵家に喧嘩を売りたいということですわね?」
「ち、違。この平民が嘘をついたんだ!」
慌てて敬語が吹っ飛んでいる。
「みなさま、何か聞いてまして?」
「はい!そこの騎士がセシリアさんに嘘を強要していたのを聞きました」
「私もそこの騎士が、キャスタール様とセシリアさんが悪巧みをしていると言っていたのをはっきり聞きました」
周りにいたメイド達が、はっきり断言してくれた。
ありがとうございます。
「そう。よくわかりましたわ。キャスタール侯爵家から、ラウンドア子爵家に抗議を入れますので覚悟なさい」
その瞬間ラウンドア様が「あ……」と小さく呟いて、なよやかにお倒れになった。
お手本のような可憐な倒れっぷりだ。
そうして、彼はこの場から退場となった。
「バッチリでしたわ!お見事な微笑みの仮面でしたわ!」
「ありがとうございます」
私はキャサリン様に素のスンとした、いつもの表情でお礼を言った。
「キャサリン様の威をお借りしてしまいました」
「どんどんお貸ししますわ!マーバリー先生もおっしゃってたでしょう?」
そう、マーバリー先生はいい笑顔でおっしゃった。
借りられる威があるなら借り倒せと。
「私は以前、エリザベート王太子妃殿下の教育係を務めあげました。しっかり王太子妃殿下の威もフィン公爵家の威も借りまくっております」
マーバリー先生は、ニヤリと親指を立てられた。
あの夜は、目を爛々と輝かせたキャサリン様が、教育係の頃のお話を詳しく!とマーバリー先生に詰め寄り、二人が楽しそうにエリザベート王太子妃殿下の話で盛り上がっていた。
マーバリー先生の指導は、生きた指導だ。
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思った以上に、マーバリー先生が好評でした ♪





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