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父ゴードス

 セシリアの父、ゴードスは酒場の端の席に座り、グビリと酒をあおった。

 泣きそうな悲しい目をして怒るセシリアを思い出すと、どうしていいかわからず、ゴードスは途方に暮れていた。




 ゴードスは、セシリアが生まれた日のことをよく覚えている。


 顔を皺くちゃにして、真っ赤な顔で泣く赤ちゃんを見た時、不覚にもゴードスは人前で大泣きした。

 病室の窓から見えた空には、雲一つない綺麗な青空が広がっていた。


 嬉しくて愛おしくて、どうしようもなく胸が熱くて、涙を堪えることができなかった。

 ゴードスは、俺が守ってやると誓った。


 セシリアは、病気一つせずにすくすくと育った。

 ただ、気になるのはその容姿だった。


 ゴードスに似て、暗い焦茶色の髪は強くうねり、その目は女の子だというのに切れ長で目つきが悪く見え、白い肌は綺麗なのに、それを台無しにするそばかすがあった。


 その顔はゴードスにも似ていたが、それよりもゴードスの一つ下の妹タチアナによく似ていた。


 タチアナは、癖の強い暗い焦茶色の髪に、意志の強い濃い紫の瞳の、うっすらとそばかすの散った勝気な少女だった。

 いつも兄のゴードスにくっついて、男の子に交じって泥だらけになって遊んでいた。顔もゴードスと似ていたので、よく兄弟のようだと揶揄われた。


 そんなタチアナも、年頃になると恋をした。


 相手はゴードスの友人の一人だった。

 上品そうな顔立ちの優男で、一代限りの準男爵の息子だった。二人の恋は、順調だと思われていた。

 ちょうどその頃、ゴードスは商会長だった父親を急に亡くし、商会を継いで忙しく飛び回っていた。


 手伝うと言ってきたタチアナには、そんな暇があったらさっさと結婚しろと追い返していた。

 だから、ゴードスは全く気がつかなかったのだ。いや、それは言い訳だ。


 ゴードスは、タチアナが我慢強く、何でも自分で抱え込んでしまう性分だと知っていた。ちゃんと聞いてやればよかったのだ。


 気づいた時には、タチアナは憔悴しきって泣いていた。

 どんな擦り傷こさえても、たんこぶができても、泣かない娘が、ゴードスの胸で大泣きした。


 あの優男は、タチアナの親友ルウレが目当てでタチアナに近づいたのだった。


 ルウレは、淡い茶色の真っ直ぐな髪に、薄紫色の大きな瞳の美しい娘だった。明るくて優しい美人のルウレは、とてももてた。ゴードスもルウレの笑顔に一目惚れして、不器用ながらもアタックした。

 そして、どんな奇跡が起きたのか、ルウレはゴードスを選んでくれて、もうすぐ結婚する相手だった。


 優男はルウレの相手が自分よりも下に思っていたゴードスで、プライドを傷つけられたと思ったようだ。

 その腹いせに、ゴードスの妹であるタチアナを傷つけて姿をくらませたのだった。


 タチアナの腹には子供がいた……。


「好きだから体を許したの。騙されたのは悔しいけど、誰のせいでもないわ」

 そう言って、タチアナは一人で子供を産んだ。

 ゴードスは、全部面倒を見るつもりだった。


「あのね、ルウレとやっと結婚したばっかりでしょ。兄さんはただでさえ忙しいのに、何で私まで抱え込もうとするのよ。私のことは私でどうにかできるから、ちゃんと自分の家庭を見て」


 あれだけ憔悴して泣いたタチアナは、さっさと住む家を見つけて、隣国のアルロニア帝国に行ってしまった。

 落ち着くまではと、母親がタチアナについて行ってなかったら、ゴードスは間違いなく追いかけて行っただろう。


「あんたがそんなだから、隣の国にタチアナは行ったんだよ、近かったら、結局あんたはなんやかんやと面倒みようとするだろ?え?引越し先?言ったら来るだろうから秘密にしてって」


 ゴードスは、辛うじて母親を通じて、手紙だけはタチアナとやり取りできた。

 忍ばせた金は、全部戻されたが……。


 ゴードスの妻のルウレは、ゴードスにはもったいないくらいの気立てのいい美人だ。

 しかし、タチアナだって気立てはよかった。


 じゃあ、何であんな目に遭ったのか?

 ゴードスは、自分によく似たあの容姿のせいだと思った。結局、世の中顔なのだ。

 ゴードスは、男だからこの顔でも何とでもなった。


 でも、女はやっぱり美人じゃないと幸せになれないのだと考えた。そして、タチアナそっくりのセシリアを見た。


 ゴードスにとっては、何よりも可愛い娘だ。

 でも世間では、美人とは言わない容姿だ。

(誰がタチアナみたいな目に遭わせるもんか!)

 



 ゴードスは、セシリアが五歳の年に、綺麗だと評判の男の子ヘンリーと見合いを取りつけた。

 ゴードスの商会の、下請けの店の息子だ。

 ヘンリーは評判通り、エメラルドような煌めく大きな瞳に淡い栗色の髪の、綺麗な顔の男の子だった。


 この子なら、セシリアも気にいるに違いない。

 そして、ゴードスが思った通り、セシリアもヘンリーの顔に見惚れていた。

(いいじゃねえか)

 ゴードスは満足げにほくそ笑んだ。


 ヘンリーがセシリアのワンピースを汚すという事件はあったものの、この年頃の男の子はそういうもんだと勝手に納得して、ゴードスは笑って流した。


 小さいうちに婚約しておけば、タチアナのように騙されることはない。

 ヘンリーと結婚すれば、セシリアは幸せになれるとゴードスは信じていた。

 帰りの馬車でセシリアが元気がなかったのは気になったが、あの騒ぎで疲れただけだと思っていた。

 自分がセシリアを守ると誓ったというのに、何でいつもいつもあんな悲しそうな顔をさせてしまうのか……。

 ゴードスがため息を吐いた時、誰かがその肩を気安げに叩いた。


   


「ここにいたのか。セシリアの親父さん」

 ゴードスの大事な娘を連れてった髭の男が、脳天気に笑って肩に手を載せていた。

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― 新着の感想 ―
ゴードスにとって娘の顔は、“娘の”顔ではなく、“自分”に似てしまった顔であって、娘責任の娘の所有物というより、自分責任の自分由来のという感覚が強すぎて、平気で器量が良くないとか言っちゃうんだな。
え、ゴードスどんな思考回路してんの?妹は当て馬野郎に孕まされて捨てられたって言うのに浮気ヤリチン野郎なら男の甲斐性とか言って笑って許せるとか頭おかしいとしか思えんな。 この顛末妹が聞いたら普通に絶縁も…
パパさんの考えは何となく分かりましたが、それなら 嫁さんであるルウレのような美人が俺のような不美形と結婚したら不幸になる!子供なんて作ろうものなら俺似の子供が生まれたら目も当てられない!早く離婚しなき…
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