道はどうにかなるもんだ
ミーアのその後のお話です。
北の修道院は、寒さが厳しく戒律も厳しいところだった――。
自慢だったフワフワのピンクブロンドの髪をウィンプルの下に押し込み、暗い鼠色の修道服を着た私はちっとも可愛くない。
朝もまだ暗いうちから起こされて、延々と掃除をさせられた。冷たい水で雑巾を絞り、床を磨くのはとても辛かった。すぐに、私の手はガサガサの汚い手になった。
ここでは、私が嫌だと言っても誰も聞いてくれない。働かなければ、食事がもらえないから渋々従った。
お祈りの時間なんてものもあった。
私は、早くバルドお兄様が迎えに来てくれますようにといつも祈った。
でもそれも、お兄様からバルドお兄様がセシリアさんと結婚したと手紙で知らされてからは、祈ることを止めた。
ただただ、自分の身に降りかかった不幸を呪った。
あの時お父様について行かなければ、オルガモ侯爵なんかに気に入られなければ……後悔ばかりが浮かんだ。
併設されている孤児院の子供達の世話もしなければならなかった。
私は、ちっとも言うことを聞いてくれない騒がしい子供達が大嫌いだった。
しかも、みんな平民だ。
なんで貴族である私が世話なんかしなくちゃいけないのかと思った。
それでも、さぼっていたら食事が食べられないから渋々世話をした。
そのうち、子供達が私に懐いて甘えるようになってきた。小さな体は細くて頼りなくて、そして温かかった。
いつのまにか、私は子供達と一緒に笑うようになっていた。不思議なことに、子供達が笑うと私も笑顔になってしまうのだ。
この小さな子供達が喜ぶ顔が見たくて、少ないお給金とお兄様の仕送りでクッキーを作ってプレゼントした。
子爵邸で食べていたお菓子よりもみすぼらしいし、甘さも少ない不恰好なクッキーだった。それなのに、子供達がみんな嬉しそうに「ありがとう」と言ってくれたのだ。
たったそれだけのことなのに、私は涙が出るほど嬉しかった。
気づいたら修道院でお友達もできていた。こんなに楽しくおしゃべりしたのは初めてだった。
子供達にとって、ここの環境は厳しい。冬が来ると、誰かしら病に罹った。
私は必死に看病した。熱が高くて、赤い顔をして苦しそうな子供達が可哀想で堪らなかった。
亡くなる子供もいた。そのたびに、友達と抱きしめ合って一緒に泣いた。
そして少しずつ、バルドお兄様が、リューゼン様が、お兄様が言っていた言葉を理解していった。
お祈りの時間には、お父様とお母様のことを考えた。
なんでも私のわがままを叶えてしまったお父様とお母様……。それは、今なら間違っていたのだと理解できた。
ちゃんと駄目なことは駄目だと叱ることは、私に必要なことだったのだ。
お父様とお母様は間違ってしまった。
そして、私も間違ってしまった。
だから、私はここにいる。
でも、お父様とお母様が私をたくさん愛してくれていたこともまた事実で、それはちゃんと心でわかっていた。間違った愛だったかもしれないけど、お父様とお母様は、確かに私の中のお姉様を、私を愛してくれた。
それは間違いじゃない。
そして、私もやっぱりお父様とお母様、お兄様を愛していた。
◆
「――ミーア」
懐かしいお兄様が面会に来て、私は目をパチクリさせてしまった。
「お兄様、お久しぶりです。なんで面会ができるんでしょうか?」
ここは、面会も許されない修道院のはずだ。
「あれからもう二十年経っただろう? そうすると、寄付をすれば、肉親は面会ができるようになるんだ」
「そうだったんですね」
二十年ぶりに会ったお兄様は、お父様そっくりのおじさんになっていた。
そう思った私も、二十年前とは随分変わっただろう。
白魚のようだと言われた指は節くれだって、フワフワだった自慢の髪は、孤児院の子供達の新しい服を買うために売ってしまった。顔も日に焼け、目尻と口元に小皺ができた。
「ミーア、オルガモ侯爵家は取り潰されてなくなった」
「そうなんですね」
オルガモ侯爵なんて、随分懐かしい名前を聞いた。もう顔も思い出せない。
「ガルオス侯爵家もお前のことを許してくださった」
「あの時はご迷惑をおかけしてしまって申し訳なかったです」
今振り返ると、自分の幼すぎる自分勝手な言動に顔から火が出そうだ。
二十年経った今は、貴族社会は遠い世界に感じた。
結局、お兄様は何しに来たのだろう?
私はコテリと首を傾げた。
「ミーア、修道院を出て戻ってこないか? 父上も母上も待っている」
思いもしない申し出に私は目を丸くした。
「今なら修道院を出ても大丈夫なんだ」
私はじっとお兄様の顔を見ながら考えた。
「……お兄様はもう結婚しましたか?」
「ああ、十年ほど前に。子供も男の子と女の子がいるよ。父上と母上もよく遊びに来ている」
お兄様が手紙に書いてこなかったのは、修道院にいる私のことを慮ってだろう。
私はそれを聞いてゆっくり微笑んだ。
「じゃあ、お父様もお母様も寂しくありませんね」
結局、人間の本質は変わらないのだ。
お兄様達は、私が戻ることを望んでくれている。
でも、私の本質はやっぱりわがままだ。自分の気持ちを押し通す。
「私はこのまま修道院に残ります」
私はきっぱり言い切った。
お兄様は驚いた顔をして私を見た。
多分、二十年前なら喜んで修道院から出ていたに違いない。
でも、私の居場所はもうここなのだ。
「お兄様、私はもう孤児院にいる十三人の子供達の母ちゃんなんですよ! 私がいなくなったら、みんな泣いちゃいますからね」
私は胸を張ってカラカラと笑った。
そんな私をお兄様はじっと見つめたけど、やがて嬉しいような寂しいような複雑な表情になって微笑んだ。
「そうか」
「はい! お手紙いっぱい書きますから、それで許してくださいね。あ、あと、寄付も大歓迎ですよ」
お兄様は目を瞬くと、愉快そうに笑った。
「ああ、わかった。今度は父上と母上も連れて来るよ」
「はい。楽しみに待っていますね」
二十年前の私は、いろいろ間違えた。
それでも、テクテク歩いて行けば道はどうにかなるもんだ。
さて、母ちゃんは子供達のところに戻ろうか!
お読みくださり、ありがとうございます。
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