1巻 電子書籍記念SS リリアの自慢の姉さん
電子書籍記念SS、セシリアの妹リリア視点のお話です ♪
よろしくお願いします!
私の姉さんはすごい。
学園時代は、平民ながら成績トップを取り続け、首席のまま卒業した姉さんは王城のメイドとなった。
王城のメイドになるには、成績優秀なことはもちろん、人柄も重視される。
姉さんがすごいのはそれだけではない。
姉さんは、ドイルド語、アルロニア語、ドルゴン語の三カ国語がペラペラだ。
王城に勤めてからは、その所作がどんどん綺麗になっていった。
姉さんは、私の自慢だ。
それなのに、姉さんは父さんと婚約者のヘンリーの前では自信がなさそうに視線を下げ、言葉を飲みこむ。
父さんは、姉さんの容姿をいつも貶す。
私は母さんと容姿が似ていて、華やかな美人と言われる顔立ちをしている。
しかし、だからと言って姉さんの容姿が劣っているとは思わない。
確かに薄くそばかすがあるが、それよりもきめ細やかで美しい白い肌の方が目を惹く。
姉さんは暗くて目つきの悪い目と自分のことを言うが、深みのある落ち着いた濃い紫の瞳は、目つきが悪いではなく、理知的で涼やかと言うのだ。
強いうねりのあるくせ毛の焦茶色の髪は、滅多におろすことはないが、艶やかでくっきりとしたウェーブを描いていて、しなやかな強さを持った姉さんにとても似合っていると思う。
姉さんは、凛として綺麗だ。
私は、そんな姉さんを馬鹿にして貶す父さんが大嫌いだ。
◆
「リリア。一緒に帰ろう」
教室に出たところで、気やすげな様子で声をかけてきたのは、カウバウ男爵の次男グランディス様だ。
夕焼けのような濃い橙色の髪に、明るいオレンジのクリクリした瞳の、子犬を思わせるような愛らしい顔立ちの男の子だ。
そして、私がお付き合いしている人でもある。
カウバウ男爵家は、貴族ではあるが暮らし向きは平民に近く、彼は卒業したら騎士を目指すしかないらしい。
しかし、本当は商売に興味があるようで、話すようになったきっかけも、私がルパート商会の娘だったからだ。なんと、奇特なことに父さんを尊敬しているのだそうだ。
入学当時から気さくに話しかけてくれて、いつのまにか一緒にいるのが当たり前になっていた。そして、長い友人期間を経た後、ついに先日交際を申し込まれ、お付き合いするようになったのだ。
「うん、グランディス様」
「リリア、俺のことはグランでいいって言ったろ?」
私はその人懐こい笑顔につられて微笑んだ。
友人の時からそう呼んでほしいと言われていたが、その時はまだ恥ずかしくて断っていた。
しかし、付き合い始めた今となっては、もう逃げられない。
「うん。えっと……グラン」
小さく名前を呼んで、気恥ずかしさにはにかむと、グランは途端に顔を真っ赤にした。
「リリアが尊い」
「そこで赤くなったら、私も恥ずかしいから……」
私の顔も真っ赤になった。
「リリアは卒業したら家を手伝うの?」
私達は公園に寄って、いつも少しおしゃべりしてから帰っていた。
「う〜ん……。家の仕事は好きなんだけど、卒業したら家を出るようだと思う」
「なんで?リリアはルパート商会の仕事好きだろ?」
そう。私はルパート商会で働くのは楽しい。
父さんのことは嫌いだが、父さんが仕入れた紅茶は悔しいが素晴らしく、そのよさをお客様に伝えて、お客様が笑顔で帰っていく姿を見るのが好きなのだ。
「ルパート商会は、姉さんとその婚約者が継ぐ予定だから」
「別に一緒に働けばいいんじゃないか?」
「うん……」
姉さんと働くのはいい。むしろ、幸せだ。
だが、問題はヘンリーだ。
姉さんとヘンリーが結婚したら、家に一緒に住むことになる。それが嫌なのだ。
ヘンリーの目がとても気持ち悪い。
胸が大きくなってきた頃から、しきりに胸とお尻を舐めるように見つめてくるようになった。本人は隠しているつもりだろうが、そういうのは見られている方はわかるものだ。
この前は、とうとうすれ違いざまにお尻を撫でられたのだ。たまたますれ違った時に手が触れただけなのかもしれない。私の思い過ごしかもしれない。
でも全身に鳥肌が立って、数日は気持ちが悪くてなかなか眠れなかった。
ヘンリーが姉さんと結婚して、一緒の家に住まなくてはならないのは、どうしても気持ちが悪いし、怖い気がした。
だから、ヘンリーが姉さんと結婚したらすぐに家を出るしかなかった……。
「私のことより、グランは騎士の訓練はどう?」
「う〜ん、やればやるほど向いてるとは思えない。でも、男爵家の次男なんて、婿入りするか、騎士になるしか道はないからね」
さすがに男爵家の次男のグランが、いずれ経営者になるならまだしも、平民の下でずっと働くことはカウバウ男爵家の体面もあって無理なのだそうだ。
自分で商会を作るにはお金がかかるし、経験もないまま作るのはかなりの博打になってしまう。
「そっか。お互い大変だね」
「うん。だから、結婚は俺が一人前の騎士になってからにしよう」
グランの口から自然に出た結婚の言葉に、私は目を丸くした。
「え!?結婚!?」
「してくれないの?俺、ちゃんと結婚を前提にって言ったろ?」
確かに言っていたが、本気にはしていなかった。
だって、相手は男爵家の次男とはいえ貴族だ。
卒業までのお付き合いかもしれないと思っていた。
「本気だったの?」
「当たり前だろ」
「わかってると思うけど、私と結婚してもルパート商会は継げないよ?」
私がそう言うと、グランは少しムッとした顔をした。
「別にリリアがルパート商会の娘だから結婚したいわけじゃないよ。そりゃ、きっかけは、ルパート商会のことが聞きたかったからだけどさ。結婚したいって思ったのは、リリアのことが、可愛いな、明るくていい子だなって好きになったからだよ」
私は嬉しくてグランに抱きつこうとして、寸前でグランを横に退けた。
「え!?今、抱きつくところだったんじゃないの!?」
「シッ!」
私はグランの襟元を掴んで、茂みに押し倒すような格好で隠れた。
「え?何?どうしたの?いや、まだこういうことは早いというか、俺はリリアを大切にしたいから、ちゃんと結婚してから――ムグッ」
グランが何やらもごもご言っているが、私はそれどころじゃない!
「グラン、うるさい。黙って」
私はグランの口を手で覆って黙らせた。
そうしてそっと茂みから隠れて見ると、やっぱり見間違いではなくヘンリーだった。
「やっぱりヘンリーの奴だ」
「ヘンリーって?」
「姉さんの婚約者」
「じゃあ、隣にいる派手な女の人がリリアのお姉さん?」
「違う……」
そう、ヘンリーは姉さんじゃない女性といた。
しかも、腕にべったりくっつけていて、どこからどう見ても恋人同士にしか見えない。
「「あ!」」
なんと、ヘンリーはその女性とキスした!?
そして、しばらくチュッチュッとしつこくやって、「早く部屋に行きましょ」なんて言いながら、公園から出て行った。
「ひどい!あいつ浮気してる!」
私は目の前が真っ赤になるような心地で激怒した。
「最低な奴だな」
グランも心底軽蔑した声で言った。
誰が大好きで大切な姉さんを、あんな奴と結婚させるもんですか!
◆
怒りに燃える私が家に帰ると、なぜか上機嫌な父さんがいた。
母さんと一緒に夕食作りながら、私は首を傾げた。
料理が揃い、訝しみながらも夕食の席に着くと、少ししてヘンリーが我が物がでやって来た。
「こんばんは。お義母さん。わあ、すごいご馳走ですね。何かまだ運ぶ物はありますか?」
「ありがとう。でも、もう揃っているから大丈夫よ」
「はい」
ヘンリーがにこやかに微笑んだ。
こうして見ると好青年だ。腹が立つほど外面がいい。
「リリアもこんばんは。久しぶりだね。学園は順調かな?」
優しげな兄のような気やすさで私にも話しかける。
私は、夕方の出来事を思い出すと返事をする気も起きないから無視をした。
「こら!リリア!ちゃんと返事しろ!」
父さんが怒鳴るがツンとそっぽを向いた。
「まあまあ、お義父さん。リリアもそういう年頃なんですよ、きっと」
ヘンリーが、私を庇うように父さんをなだめるのが腹立たしい。
そうこうするうちに、姉さんも帰って来た。
夕食の席にヘンリーがいるのに気づくと、怪訝そうな顔をした。
「おう、遅かったな。さっさと座れ。ヘンリーを待たせるな」
姉さんが、言われるままにヘンリーの隣に座った。
「今日は結婚の日取りを決めるぞ。ほら、さっさと酒をヘンリーに注いでやれ」
姉さんが言われるままにヘンリーのコップに酒を注ぐと、ヘンリーが優しい婚約者といった顔で姉さんに笑いかけた。
しかし、私は騙されない。
ヘンリーのその目は、どう見ても愛する婚約者を見る目ではない。
「今日ちゃんと退職願は届いたか?もたもたしてるから俺が出してやったぞ」
は!?
私はありえない暴挙に目を剥いて父さんを見た。
「あなた……それはさすがに勝手が過ぎませんか?」
母さんも、驚いたように父さんを見て嗜めた。どうやら母さんも知らなかった様子だ。
「そうよ、父さん。ひどい!それに私、その人が女の人といたのを見たわ!浮気してるのよ!?」
私は姉さんが王城のメイドの仕事を好きなことを知っている。そして、ヘンリーが浮気していることも知っている。
なんとしても、ヘンリーとの結婚なんか止めたかった。
「こんないい男だ。女がほっとかないわな。そんなものは、結婚したら落ち着くもんさ。ハッハッハッ」
しかし、父さんは笑った。
多分、父さんはヘンリーに一方的に女性が言い寄って、ヘンリーがその押しに負けて、一時の気の迷いでデートをしたぐらいに思っている。
「すみません、お義父さん。セシリアとなかなか会えなくてつい寂しくて。もちろん、もうしません」
ヘンリーも笑った。
「おう。まあ浮気は男の甲斐性って言うだろ?リリアもそう目くじら立てて荒立てんな」
父さんが気にしない様子で、お酒をグビリとあおった。
私は腹が立って泣きたくなった。
「だいたい、こいつがいつまでも辞めないのが悪いんだ。すまねえな、ヘンリー。セシリア、お前は明日からもう王城なんか行かなくていい。さっさと結婚しろ!」
「父さん、何それ!」
父さんは姉さんが帰って来る前から結構お酒を飲んでいた。
大分酔っていることはわかる。
それでもひどすぎる。
「あなた!」
「お前達は黙ってろ!そんなにセシリアの幸せを邪魔したいのか!?」
父さんなりには姉さんの幸せを考えているのだろう。でも、絶対それでは姉さんは不幸になる。
しかし、これ以上言うことは許さんとばかりに睨む父さんに、私は何も言えなくなった。
ただ、せめてもの反抗に睨みつけた。
「ほら、セシリア。ちゃんと返事しろ」
姉さんは、父さんの言うことにいつも従順だ。きっと、了承の返事をしてしまう。
そんなのは駄目だ。どうしたら、どうしたら、と、私は頭の中が空回る。
しかし、姉さんの返事は違った。
「無理。ない」
みんなが姉さんをキョトンと見た。それほど、ありえない言葉だった。
私は聞き間違えかと思った。
「それ、父さんが思う幸せでしょう?私の幸せじゃない」
でも、姉さんははっきりと拒絶の言葉を父さんに言った。
「は?」
誰よりも信じられなかったのは父さんだ。ポカンとした顔で姉さんを見ている。
そこにいる姉さんは、いつもの姉さんではなかった。
スッと背筋を伸ばし、覇気を纏って父さんとヘンリーを見据えた。
「ヘンリーのことを好きなのは父さんでしょ?私じゃない。浮気は男の甲斐性?そんな甲斐性、女から見たら馬鹿な男の戯言よ。父さん、母さんに捨てられたいの?少なくとも私はそんな甲斐性の男はいらないわ。それ以前に、ヘンリーを好きだと思ったことなんかない。そばかすを虫とか馬鹿にするし、デートに行っても金だけもらって他の女とどこか行っちゃうし、顔がよければ何でも許されると思ってるの?思っているのだとしたらクズだし、思ってもいないならカスね。父さん、私はヘンリーと結婚しない。王城のメイドも辞めない。だって、幸せになりたいもの。そうだ、そんなにヘンリーに商会を継がせたいなら、父さんがヘンリーと結婚したら?私は絶対無理!」
私は、ゾクゾクと鳥肌が立った。
姉さん、格好いい!
「商会は、私がグランディス様と継ぐわ」
そして、姉さんを後押しすべく宣言した。
うん。姉さんがルパート商会を継がないなら私が継ぐ!
商会に興味のあるグランも賛成するだろう。
いや、もし渋っても、絶対説得してみせる。
「ええ。それはいいわね!」
姉さんも嬉しそうに頷いた。
そして、姉さんはとてもいい笑顔でヘンリーを見た。
「じゃあ、ヘンリー。さようなら」
「は?いや、待ってくれ。俺と別れてもいいのか?」
ここにきて、やっとヘンリーは姉さんが本気だと気づいたようだ。ダラダラと尋常ではない汗をかき始めた。
そのご自慢の美貌が台無しなほど狼狽えている。
「私の人生にあなたは必要ありません」
しかし、姉さんはきっぱりとヘンリーを切った。
私は内心でガッツポーズをした。
姉さん、よく言った!
「お、お義父さん、いいんですか?こんなわがままを許すんですか?」
往生際の悪いヘンリーは、みっともないことに父さんに縋った。
父さんは呆然としていたが、ハッとした顔をして姉さんを睨んだ。大商会の会長である父さんは、やはり本気になると威圧感が半端ない。
「そんな勝手は許さん」
「許さんと言うならどうするの?」
しかし、姉さんは全く怯まない。スッと背筋を伸ばしたまま、涼しい顔で対峙した。
逆に、父さんの方が姉さんに怯んだ。
「俺の言うことを聞けないなら……そうだ、この家から出て行け!」
言ったあと、父さんはしまったというような表情をした。思わず言ってしまったのだろう。
しかし、もう口から出た言葉は取り消せない。
「ええ。わかったわ」
いっそ、清々しいほど、姉さんは速やかに荷造りして出て行った。
くぅっ!さすが姉さん、素敵すぎる!
姉さんの後顧の憂いがないように、私はルパート商会を継ぐべく、まずは明日グランを説得することを心に決めた。
私の姉さんはやっぱりすごい。
姉さん!大好き!!
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・コミックシーモア様特典SS付き
ヘンリー弟視点「僕の人生に兄さんは必要ありません」
https://www.cmoa.jp/title/1101459278/
表紙イラストはRAHWIA様です。
とっても綺麗です!
ぜひ、よろしくお願いします o(^▽^)o