表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

116/119

マーバリー先生の礼儀作法

侍女試験に向けて、マーバリー先生の指導を受け始めた頃のお話です。

懐かしい!

「セシリアさん、今日は歩き方について進めましょう」

「はい。よろしくお願いします」

 マーバリー先生に教わるようになって、ものすごいスピードで礼儀作法について学んでいる。


「では、まずは基本の歩き方です」

「はい」

 私は図書室で読んだ本の知識を参考に考える。


 スッと背筋を伸ばし、顎を軽く引いて、目線を少し上にする。

 マーバリー先生が、私の上に厚めの本を載せた。


「はい。それをキープして歩いてください」

 パンとマーバリー先生が手を打った。

 私は、本を落とさないように意識して一歩踏み出したが、すぐにバサリと本が落ちた。


「申し訳ありません」

「大丈夫です。なぜ、落ちたかわかりますか?」

 マーバリー先生が眼光鋭く問うた。


「本を意識したら、姿勢が崩れてしまったせいでしょうか?」

 私が答えると、マーバリー先生がゆっくり首を振った。

「いいえ。意識が足りなかったからです」

 そう言うと、マーバリー先生が後ろに回り、また私の上に本を載せた。

 そして、そこにさらに重みが乗る。


「セシリアさん。先程の本の上に百万ディラほどする、我がマイヤー家の家宝の壺を載せました」

 私はその言葉に、ピシリと固まった。

 ひゃ、百万ディラ!?

 しかも、家宝!?

 なんて物が私の頭に載っているのか!?


「さあ、歩いてください」

 マーバリー先生がなんてことなくおっしゃるが、私の足はもちろん動かない。

 

「何をモタモタしているのですか?侍女試験まで日がないのです。早く歩いてください」

 私はその言葉に覚悟を決めて、ゆっくりゆっくり歩き出す。

 そして、なんとか落とさずに向こうの壁側まで歩くことができたが、体中汗だくだった。


「はい。いいでしょう」

 そう言ってマーバリー先生が私の頭上から本を()()取って、テーブルに載せた。

 あれ?百万ディラの壺は?家宝は?


 私が目をパチクリさせていると、マーバリー先生がニヤリと笑った。

「百万ディラの家宝の壺は嘘です。今載せたのはこの本でした」

「マーバリー先生……」

 私は思わず力が抜けてへたり込みそうになった。


「いいですか?セシリアさん。侍女になるということは、王族について、他国の貴賓の前に出る立場になるいうことです。もし、何か粗相をしたら、百万ディラの壺どころか、この国の数万の命が失われる可能性もあるのです」

 マーバリー先生が真剣な顔をして告げた。

 私はその重みにゴクリと喉を鳴らした。


「ましてやあなたは、脳内お花畑共の目の上のたんこぶです。余計に気をつけなくてはなりません。足の爪先から頭のてっぺんまで隙なく美しくなければ、脳内お花畑共がここぞとばかりに攻撃してくることでしょう。常に意識を張り巡らせるのです。そして、意識しなくても美しい姿勢がキープできるよう体に刷り込むのです。それは、あなたの命とこの国を守ります」

「はい」


 私が飛び込もうとしている世界は、煌びやかな光と背中合わせに、その影に深い闇が蠢いている世界でもあるのだ。

 改めて、私は気を引き締めた。


「では、セシリアさん。本を頭に載せて歩いてみましょう」

 私は本を載せると、またゆっくりと歩き始めた。


   ◆


 ――数日後。


「セシリアさん、お疲れさまでした」

「キャサリン様、今日も場所をお借りしてありがとうございました」

 私がお礼を言って帰ろうとすると、キャサリン様が何か迷うようなそぶりを見せた。

 私の隣にいるマーバリー先生はニヤリと微笑んだ。


「嬢ちゃん、迎えに来たぞ」

 バルドさんがお迎えに来ても、キャサリン様はチラチラと私とマーバリー先生を見ていた。

「バルドさん、いつもありがとうございます」


「あの、セシリアさん。……あ、やっぱり大丈夫ですわ」

 キャサリン様は言いかけたのだが、マーバリー先生がそっと口に人差し指を当てたので、そのままパクンと口を閉じてしまった。


「あの、キャサリン様。何か気になることがあるのでしょうか?」

 さすがに気になったので尋ねたのだが、キャサリン様はマーバリー先生を窺った。


「なあ、嬢ちゃん。ところで、いつその頭の本を下ろすんだ?今日はそのまま帰るのか?」

 バルドさんが私の頭を指差した。


 本?

 私が小首を傾げると、本がバサリと落ちた……。


「うっかりしていました」

 どうやら、本を載せていたことを忘れてここまで来てしまっていたようだ。


「セシリアさん、見事です。意識しないでもここまで姿勢をキープできるようになりましたね!」

 マーバリー先生が満足げに頷かれた。

 その瞬間、マーバリー先生の頭からも本がバサリと落ちた。


「そういえば、今日は私も一緒に本を載せたのでしたね」

「はい……」

 実は、ずっと気になっていた。


 私とマーバリー先生はお互い苦笑いしたのだった。

 

お読みくださり、ありがとうございます。


ちょこっと近況報告です。

現在、コツコツ加筆と改稿作業をがんばっております!

たまの息抜きとして、懐かしの扇子言語のある世界シリーズのSSや思いついたお話をポツポツ書いてます。

扇子言語のある世界シリーズのSSは、近々投稿予定です ♪

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『私の人生にあなたは必要ありません〜婚約破棄をしたので思うように生きようと思います〜』       html> ☆ 好評配信中 ☆ html> ☆ 好評発売中 ☆ html>
― 新着の感想 ―
番外編、ありがとうございます とても楽しみにしていました 厳しい教育の中にも笑いありで、セシリアと周りの人々のお人柄がうかかえますね
 連鎖するうっかり(笑)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ