ロザリーの転落
私がエリザベート様の侍女になったのは、王太后殿下の命令だった。
あの風変わりな王太子妃は、あろうことか平民の登用を考えているとか。
本当に馬鹿としか言いようがないわね。
平民なんか家畜と同列じゃない?そんな者達が、尊い貴族と肩を並べて王城で働くなんて冗談じゃないわ。
私は、王太后殿下の命令でエリザベート様を探り、逐一王太后殿下に伝えた。
そんな中、私は運命の恋をしたの。
相手は、エリザベート様の弟であるドュークリフ・フィン公爵令息よ。
艶やかな銀糸の緩やかなウェーブを描く髪に、煌めく翡翠の瞳の美しい男性だった。
そして、間違いなく彼も私を愛してくれていたわ。(思い込み)
ドュークリフ様は、気づくと私を見つめていた。(監視)
そして、彼はよく話しかけてきたの。(王太后側の情報収集)
二人でよくいろいろな話をしたわ。愛する人のことは何でも知りたいと思うものでしょう?
私はドュークリフ様の問いかけに、もちろん全て答えたわ。(王太后の情報筒抜け。その後、これ以上の情報は持っていないと判断)
しかし、私達の仲は引き裂かれてしまったの。
あの平民のせいよ。
エリザベート様に無礼を働いた平民に、私は嬉々として罰を与えようとしたわ。
粗相をした平民だもの。どんな罰を与えたって私は悪くないわ。
それなのに、エリザベート様は私に不利な問題を出して私を王太子妃宮から追い出したの。本当にひどい人よ。
ドュークリフ様は、私と別れるのが辛くてひどい言葉を言ったわ。
でも、大丈夫。彼が私を愛していることはちゃんとわかっているから。(そんな訳はない)
◆
王太后宮に戻った私は、今度は王女宮に送り込まれたの。
あのパッとしない地味な王女のところよ。
私ほどの侍女が、こんな冴えない王女の下につくのは嫌だったけど命令だから仕方がない。
年寄りの専属侍女にうまいこと言って、私はすぐに信頼されるようになったわ。まあ、当たり前よね?
そうして、せっせとあの平民がいかに怠惰で生意気だと、王女のためにならないと周りの侍女達に思わせたの。
あの王女宮の侍女達が、王女のために平民を追い出そうと躍起になって笑えたわ。
もう少しで平民を追い出せるところだったのよ。
青い薔薇が足りなくて、あの平民は責任を取らされて奴隷になる手筈だったのに!
なんで青い薔薇が少し足りなかったのに、王女のお茶会は好評なの!?しかも、私が紅茶ラテをできないって王女に恥をかかされたわ。
本当だったら、この王女だって青い薔薇が足りなくて困るはずだったのよ。
そこで、私が颯爽と王太后殿下にお願いして青い薔薇を用意して、王女が王太后に逆らえないようにしてガブリエル様とさっさと結婚させて、貴族至上主義の力を大きくする予定だったのに。
それをまた、あの平民が邪魔をして。本当に忌々しい平民だわ!
また王太后宮に戻された私に、王太后殿下が言ったわ。あの平民を不敬罪で訴えろって。
もちろん、大賛成よ。
だって不敬なのは本当だもの。
貴族が平民を訴えたら、絶対罰せられるわ。
あの平民も、やっと消えると思うと清々しい気分だった。
◆
しかし、私は冤罪をでっち上げたとして、あの平民と入れ替わりで粗末な石牢に入れられたの。
有無を言わさず入れられた石牢で、私は大声でこの理不尽を訴えたわ。
一体私が何をしたと言うの!?
たかだか平民に冤罪をふっかけただけなのに、伯爵令嬢である私をこんな所に入れるなんて許せる訳がないでしょう!?
王太后殿下がこのことをお知りになったら、きっと罰してくれるはずだわ。
しかし、私がいくら叫んでも誰も来ない。
そうして、忘れ去られたように放置された。食事も思い出したように、固いパンを投げ入れられるだけ。
無礼にもほどがあるわ。
やっと、釈放されたのは一週間もしてからだったのよ!?
しかも、私は放り出されるように城門から出されたの。本当に腹立たしい。
馬車の迎えがないから、仕方なく屋敷まで歩いたわ。
今に見ていなさい。絶対報復してやるから。
でも、おかしいわ。
帰ったら屋敷の中は空っぽだった。めぼしい装飾品も宝石も何もかもがない。
お父様を呼んでも、お母様を呼んでも、お兄様まで誰もいない。
私が狂ったように呼んでいると、男が私を麻袋に入れてどこかに攫ったの。
私は恐ろしさにブルブルと震えたわ。
やっと出されて、私は床にうずくまったままキョロキョロと周りを見回すと、とても広くて豪華な一室だった。
一目で高位貴族の屋敷だとわかったわ。
「ご機嫌よう。ロザリー」
そして、気怠げにソファにもたれた美しい女性と目が合った。
艶やかな蒼い髪を複雑に編み込み結い上げ、磨き上げた宝石のような気品と美しさを備えた真紅の薔薇の如き女性――そう、確かウルブシュア・モデラン公爵夫人だわ。
ああ、助かった。高位の貴族夫人なら、同じ貴族である私を助けてくれるはずよ。
「ああ、モデラン公爵夫人!助けてください!」
「まあ、そんなに泣いてどうなさったの?」
モデラン公爵夫人が小首を小さく傾げた。
それだけで、匂い立つ様な色香を感じた。
「何が何やらわからないのです。何も悪いことをしていないのに、牢に入れられて、やっと出られたと思ったら、屋敷はもぬけの殻なのです」
私は憐れを誘うように眉を下げ訴えた。
今までこの顔をすれば、みんながチヤホヤしてくれたわ。
「そう。何も悪いことをしていないのに……」
モデラン公爵夫人が、笑みを深めた。
ネズミを前にした猫のような愉悦を含んだ笑みだった。
「あ、あの……?」
「フフフ……それは、可哀想ね?」
モデラン公爵夫人が私のそばに立つ男を流し見た。
私を攫って来た男だ。
そうだ。私は、この男に攫われてここに連れてこられたのだわ。でも、なぜ……?
男が無表情でメモを出す。
「ところで、お前は罪人の平民をどう扱うべきだと思うかしら?」
私はそばにいる男が気になったが、モデラン公爵夫人の問いに目を輝かせた。
あの平民を罰してくれるのね!?
「はい。まずは、鞭で百回打つべきかと」
「まあ、鞭打ち百回」
モデラン公爵夫人が、その極上のルビーのような瞳を楽しげに細めた。
男がサラサラとメモを取る。
「その後は、舌を切り落とし一生下働きをさせるのです」
「そう。なぜ舌を切るのかしら?」
モデラン公爵夫人が扇子を開き、優雅にあおった。
「その罪人は口が達者ですから、もうしゃべれないようにした方がいいですわ」
これであの平民も終わりよ。
私は想像すると愉快で、満面の笑みを浮かべた。
「なるほど。素晴らしい考えね」
そう言うと、モデラン公爵夫人がピシャリと扇子を閉じた。
もうその顔には微笑みはなく、一切の感情を消した冷ややかな眼差ししかなかった。
私は何が気に障ったのかわからず、オロオロと目を彷徨わせた。
「ちゃんと、メモを取ったわね?」
「はい」
私のそばに立つ男が頷いた。
「ああ、そうだわ。あなたのお家、今までの罪が明らかになってなくなったわよ?もう今はみ〜んな平民よ。もちろん、あなたもね」
モデラン公爵夫人がにこやかに微笑んだ。
「へ?」
私はその言葉に目を瞬いた。
なくなった……?
「平民にいろいろやっていたようね。本当ひどい人達。罪人だわ」
モデラン公爵夫人がそっと柳眉を顰めた。
ざ、罪人……?
「罪人の平民は、鞭で百回打って、舌を切って一生下働きをさせるのよね?――ね?」
有無を言わさないそのルビーの瞳に、私は震えながらも頷くしかできなかった。
「じゃあ、その通りにしてちょうだい。そのメモもその女の家族に見せてあげて」
モデラン公爵夫人は、興味が失せたように扇子を下に振った。
そんな、まさか……?
私と家族に?
私はガクガクと震えた。
そばにいた男が、私の腕を無遠慮に引いて部屋から引きずり出した。
「いや、いやよ!モデラン公爵夫人!助けて!」
「あら、あなたが自分で言ったことでしょう?」
モデラン公爵夫人が慈愛のこもった微笑みを浮かべ、白い繊手を優雅に振った。
そうして――ドアがパタンと閉まった。
お久しぶりです ♪
遅くなりましたが、リクエストのありましたロザリーのお話です。
楽しんでいただけましたら幸いです (^^)