セシリアの選んだ道
私はバルドさんの部屋の前で大きく深呼吸した。
これから私は一世一代の大勝負をする。
ノックをすると、中から懐かしいバルドさんの声がした。
「はい」
それだけで、胸がドキドキと苦しくなった。
私がゆっくりと中に入ると、バルドさんが驚いた顔をした。
「久しぶりだな。嬢ちゃん。首は大丈夫か?」
そして、柔らかく微笑んだ。
「お久しぶりです、バルドさん。あの時は助けてくださり、ありがとうございました」
「おう。まあ、座ってくれ」
バルドさんにベッドの脇の椅子を勧められて、私は腰かけた。
「嬢ちゃんには、いろいろ世話になったって聞いた。ありがとな」
「いいえ」
間近で見たバルドさんは、左目にガーゼが当てられ、腕にも、ゆったりとした夜着の胸元から見える胸にもまだ包帯が巻かれていた。
しかし、その右目の澄んだ青空のような瞳は変わっていなかった。
「その後、お身体の方はどうですか?」
「う〜ん、左目はやっぱり駄目だな。他はもう傷がくっついたし、じっとしてれば痛みもない」
大分回復してきているようだ。
「まあ、片目が見えないんじゃ、騎士の仕事は廃業だ」
バルドさんは、おどけたように肩をすくめた。
「今後は、どうなさるのですか?」
「クリフには、騎士団の指導者になって欲しいと言われたがどうするかなぁ」
廃嫡となったバルドさんは、騎士を続ける理由がもうなくなったのだ。
「バルドさん。私も、就職先をもう一つ持って来ました」
私は、大きく深呼吸した。
指先が震え、口から心臓が飛び出そうだ。
「おっ、どこだ?」
「のびのびできると思いますが、王城の騎士団の指導者よりは賃金の面で考えると下かもしれません」
「へえ〜」
まだそこまで興味は惹かれないようだ。
「衣食住が保証され、自分で一日の仕事内容を決められます」
「お、それはいいな」
バルドさんが、少し興味を持ったようだ。
「バルドさんがお好きな料理や家事がし放題です」
「え!?もっと詳しく」
バルドさんが、食いついた。
「もしかしたら、子守りの仕事も加わる可能性もありますが、こちらは要相談で大丈夫です」
「子守りかぁ、う〜ん、赤ちゃんの世話はやったことがないからなぁ。いや、でも子供は好きだから何とかなるか?」
バルドさんが、顎に手を当て真剣に悩み始めた。
大分、乗り気になってきたようだ。
私はもうひと押しする。
「就職先のお家には、小さいですが、庭もついています。庭はバルドさんの好きなようにして大丈夫です」
「俺が好きな花を植えて、俺好みの庭にしてもいいのか!?」
「はい。お好きにしてくださって大丈夫です。なんなら家庭菜園も作って、採れたて新鮮野菜でお料理してもいいかもしれませんね。あ、ハーブ系も育ててクッキーに練り込んでも美味しそうです」
バルドさんが、ゴクリと喉を鳴らした。
「そんなに俺に都合のよすぎる就職先なんてよく見つけてきたな?就職先はどこだ?」
「こちらが、就職先です」
私は、マダム・リンダが描いた絵をそっと差し出した。
何気なく受け取ったバルドさんは、その絵を見て目を見開いた。
「俺の住んでた家……?」
小さく呟いて、呆然とその絵を見つめた。
「アルロニア帝国に買った私の家です」
バルドさんが、ポカンと口を開けて私を見た。
「バルドさん。私は、あなたが好きです。一緒にアルロニア帝国について来てくださいませんか?就職先は、私のところで専業主夫です」
私がそう言うと、バルドさんの顔がじわじわと赤くなった。
私も首から顔から耳、つま先までとんでもなく熱い。きっと全身真っ赤だろう。
「いかがでしょうか?」
「は?え?それって?」
「はい、世間一般でいうプロポーズです」
いや、もしかしたら世間一般とはちょっと違う?
「答えはイエスかはいでお願いします」
「どっちも意味が一緒じゃないか?」
「ハッ、間違いました。イエスかノーで……いえ、やっぱり、イエスかはいでお願いします」
私は祈るような気持ちでバルドさんを見つめた。
バルドさんもじっと私を見つめる。
「俺は片目が見えないし、これだけの怪我だ。この先どんな不自由が出るかわからない。惚れた女を不幸にしたくない」
彼の青空を吸い込んだような瞳は、もう一つしかない。
でも、彼は生きてここにいる。
「私の幸せは、あなたが決めることではありません。私が決めます。ですので、その時はその時に一緒に考えましょう。その理由で、私のプロポーズを断ることは却下です」
そう、私の幸せは自分で決める。私はバルドさんと幸せになりたい。
「もし今日お断りされても、また明日伺いプロポーズします。明日もまたお断りされたら、明後日また伺いプロポーズします。明後日もお断りされたら、……って、惚れてるって言いました?」
聞き返した途端、私は腕を引かれて彼の上に乗り上げるように胸に抱き込まれていた。
その彼の心臓の音が、バクバクととんでもなく速い。
「セシリアが好きだ。ずっと惚れてた。真っ直ぐ前見て仕事をがんばるセシリアに惹かれていた。俺がどんな気持ちで諦めたと思ってるんだ」
「え、えっと?申し訳ございません?」
私が目を白黒させながら謝ると、バルドさんがクックックッと楽しげに笑った。
「俺の答えは『イエス』と『はい』だ。俺も一緒にアルロニア帝国に行く。セシリアはやっぱり格好いいな。惚れ直した!」
蕩けるように微笑んだバルドさんに、眼鏡を奪われた。
私は目をパチクリした。
「眼鏡を返し――」
私の言葉を遮るように、チュッと音を立ててバルドさんの唇が離れるが、眼鏡をかけていなくても見えるほど近くにその青空のような瞳があった。
え?今、何が?唇がくっついた。チュッて音がしたってことは唇を吸われた?
それは世間では口づけ、キスと言わないか。
驚いて目を丸くしたまま固まる私に、バルドさんは囁くように「目を閉じて」と言った。
私はゆっくりと目を閉じた。
先程より深く合わさる彼の唇は、想像したよりずっと柔らかく熱かった。
「イテテテ」
呻く声に、慌てて彼の上からどいた。
「だ、大丈夫ですか?」
「くそ〜、これからなのに」
「え?これからって何がでしょう?」
「いや、悪い。ちょっと舞い上がり過ぎた。ちゃんと初夜まで待つ」
私はぽかんとしたあと、ボンッと真っ赤になって俯いた。
「はい。楽しみにお待ちしております」
ふわふわとした頭で、口からスルスルと本音がダダ漏れる。バルドさんがまた顔を赤くした。
「頼む。煽るなって、イテテテ」
「申し訳ございません……?」
「うぅ、全身痛い。でも、すぐ治す!」
涙目でそう宣言するバルドさんが何とも可愛らしく、私は小さく笑ってその唇に口づけた。
「はい。がんばってください」
私は眼鏡をかけて、にっこり微笑んだ。
あの日嫌いになった青空は、今は私の愛する色となった。
私が選んだ道は、いつのまにかバルドさんの道と重なっていたようだ。
さあ、これからは二人で一緒に歩んで行こう!
これにて完結です!
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
この作品を書きたいと思ったきっかけが、このセシリアの逆プロポーズでした。書きたかった!このシーンがとにかく書きたかった!
読んでいただけて、嬉しいです。
ここまで応援してくださり、ありがとうございました。
執筆のエネルギーになりました。
心から感謝です( ^ω^ )
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