ガルオス侯爵家
「今日は、お会いくださりありがとうございます。私はセシリアと申します」
私は通された客室で、カーテシーをして挨拶した。
「楽にしてくれ」
バルドさんによく似た声の、ガルオス侯爵が私に声をかけた。顔もバルドさんとリューゼン様によく似ていた。
隣には、貴族然としたガルオス侯爵夫人が座っていた。
蒼みがかった銀色の髪をした、綺麗だが温度を感じさせない、ともすれば冷たくも見える女性だった。
その表情は、私に対する何の感情も読ませなかった。
夫人の隣には、こちらは不機嫌を前面に出したリューゼン様が座っていた。
「座ってくれ」
私はソファに座った。
「会いたいとのことだが、早速用件を聞かせてもらおう」
私は、大きく息を吸った。真っ直ぐに彼らを見つめた。
「はい。私にバルドさんをください」
はっきりと私は告げた。
三人は驚愕に目を見張った。
「何を言っているんだ?」
「ガルオス侯爵家は、リューゼン様が嫡男になられると聞きました」
「ああ。ガルオス侯爵家は、私が継ぐ。もう戦えない兄上は、ガルオス侯爵家には必要ない」
ガルオス侯爵家がバルドさんをいらないと言うのなら、私が遠慮なくもらう。
「バルドさんをいらないと言うのなら、私にバルドさんをください。アルロニア帝国に、一緒に連れて行きます」
私は頭を深々と下げた。
「は?」
「私は仕事で、来年アルロニア帝国に行きます。もうあちらに、住む家は買ってあります」
三人が目を見開いた。
そう。私はマダム・リンダに頼んで、バルドさん達が昔住んでいた家の絵を描いてもらったのだ。
それは、陽だまりを思わせるような家だった。
庭にはたくさんの花が咲き、家庭菜園もあった。
私は、父さんにお願いしてアルロニア帝国で同じような家を探してきてもらったのだ。
父さんは、タチアナ叔母さんと旦那さんにも協力してもらい、とてもよく似た家を見つけてくれた。
私が父さんに渡した手付金でもう購入済みで、残りは向こうに着いてから支払う予定だ。
しばらくの沈黙の後、リューゼン様が感情を消し去り、私を見つめて言った。
「戦えない兄上は、平民にするつもりだ。それでもいいと言うのか?」
「私は侯爵令息がほしいのではありません。バルドさんがほしいのです」
リューゼン様は、息をフッと吐いた。
「兄上の美貌をそばに置きたいのか?生憎と顔の傷は醜く残る」
「最後まで諦めずに戦った証です。私にはとても美しく見えます」
私は、何度もバルドさんの傷を見たのだ。こんなにも深い傷を負いながらも戦い、私のところに生きて戻ってくれた。
醜いわけがなかった。
「あの傷だ。働けないかもしれない」
「大丈夫です。私はユリア様の専属侍女として、アルロニア帝国に行きます。お給金を確認しましたが、子供が三人できても私が養えます」
お金は大事だ。しっかり確認して計算してある。
「……兄上は、もしかしたら後遺症が出る可能性だってあるかもしれない」
「その場合は、日中お世話をお願いできる方を厳選して探します。夜は私がお世話をするので問題ありません」
リューゼン様は、それ以上何も言うことはなくなったようだ。
「どうか、バルドさんをください。大切にします。一緒に幸せになりたいのです。どうか、お願いします」
私は再度頭を下げた。
そうして聞こえてきたのは、堪えるような嗚咽だった。
驚いて顔を上げると、リューゼン様がボロボロと涙を溢していた。
「うん。あなたになら、私の大切な兄上をあげるよ……」
そして、泣きながら嬉しそうにくしゃりと笑った。
私は、びっくりして目をパチクリした。
大切な兄上……?
「セシリアさん、ずっと試すようなことをして申し訳なかった」
リューゼン様が、頭を下げた。
「セシリアさん、リューゼンは兄であるバルドをとても大事に思っているし、ブラコンだ」
じっとリューゼン様と私のやり取りを聞いていたガルオス侯爵がボソリと言った。
え?ブラコン?
私は展開についていけずに、ひたすらパチクリしてしまった。
「バルドはリューゼンの命を助けるために、自由を捨て貴族になった。リューゼンは、それをずっと申し訳なく思っていたんだ」
以前、バルドさんからいろいろあって侯爵家の養子になったと聞いたが、リューゼン様を助けるためだったのか。
「兄上は、私のために夢も自由も恋も全て諦めたんだ。それなのに、後悔していないといつも笑っていた」
私はバルドさんらしいと思った。
「自分で選んだ道だから、バルドさんは本当に後悔なんかしていなかったと思います」
「うん。優しくて強い自慢の兄上だ」
リューゼン様が、きっぱりと言った。
「もし兄上が怪我を負ってなかったら、兄上がガルオス侯爵家を継ぐべきだと思っている。恩のあるガルオス侯爵家のために、相応しい者が領地を治め、領民を守り、血を繋がなければならない。でも、今の兄上と私だったら、私の方がガルオス侯爵家の嫡男に相応しい。……だから、兄上はもう自由になってほしい」
リューゼン様が、嬉しそうに笑った。
「お前はそれでいいのか?」
ガルオス侯爵が尋ねると、リューゼン様はさっぱりした顔で頷いた。
「私は多分、兄上より貴族が向いていますよ。父上、義母上のように尊敬できる女性を、私の婚約者に選んでください」
「……私を恨んでいないのですか? 私が子供を産むことができていれば、あなた達は自由でした」
ガルオス侯爵夫人が思わずと言ったように呟き、慌てたようにその泣きそうな顔の感情を消し、また貴族の表情を作った。
「義母上がいなければ、私は死んでいました。愛人の子供なんて本当だったら嫌だったでしょう。でも、養子に入った私達にきちんと貴族としての教育を施してくださった。きつく当たることもなかった。恨んでいるわけがありません」
とうとうガルオス侯爵夫人は唇を震わせ、堪えきれない涙を溢した。
「バルドもリューゼンも、私の大切な義息子です」
消えそうなほど小さな震える声で言うと、ガルオス侯爵夫人が私を見て深々と頭を下げた。
「どうか、バルドを幸せにしてやってください」
その隣で、ガルオス侯爵も深々と頭を下げた。
「必ず幸せにします」
私は、誓うように返事をした。
お読みくださり、ありがとうございます。