表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

106/119

グラビスとウルブシュア 

 グラビスは、セシリアと出会った当時のことを思い出すと、あまりに見事な黒歴史にのたうち回りたくなる。



 

 グラビスとセシリアが出会ったのは、お互い十六歳の時だった。

 セシリアのことは知っていた。学園の成績トップを取り続けた平民だった。

 いつも一人で、それでも真っ直ぐ前を向いて歩く彼女のことは、グラビスの記憶にも残っていた。

 とはいえ、全く接点はなかったが。


 当時のグラビスは、全てに腹が立って仕方がなかった。

 四女ということで放置され、家庭教師もつけられないで学園に入れたくせに、勉強も礼儀作法もできないと家族によってたかって責められた。

 婚約者も姉まではちゃんと探したのに、自分の時は忘れられていた。そのくせ、なぜ学園で結婚相手を見つけなかったのだとまた責められた。


 そうして、また放り出された先が王城のメイドだった。

 何もかもがどうでもよく、全てに興味がなく投げやりだった。いっそ、さっさと修道院にでも入れてくれればいいのにと思ったが、両親はそれすらも面倒臭いとばかりに放置だ。


 当時、自分と同様に黒歴史を作っていたのはウルブシュア・ナルジア侯爵令嬢だった。

 グラビスとウルブシュアは、とにかく凶悪だった。

 二人はメイド班長達を泣かせまくり、彼女達が入ったメイド班の班長は、三日と保たずにメイド班長を辞退していった。


 そうして、とうとうまだメイドになって一年にも満たない十六歳のセシリアがメイド班長になった。

 ほぼ問題のメイドが集まった、とんでもない班だった。

 さすがのグラビスも、メイド長もひどいことするな〜と同情するほどだ。

 だからといって、グラビスはセシリアが平民だろうが同じ年だろうが手加減などしなかった。


 セシリアのポケットに大量のミミズを入れたし、水の入った木桶は蹴飛ばして倒したし、嫌だぁと寝転んで駄々をこねたりもした。

 そうして、いつものように慌てる姿を笑ってやろうと思ったのに、セシリアを見ると全く表情が変わっていなかった。


 セシリアは、ミミズはご丁寧に花壇に放してやるし、溢れた水は淡々と拭いた。しかも、速い。

 グラビスが寝転がって駄々をこねても、ただじっと冷静に見つめ、止めるでも慌てるでもない。さすがにグラビスの方が、恥ずかしくなってきて駄々をこねるのを止めると、何事もなかったよう仕事を教え始めるのだ。

 いつもと勝手が違う様子に、グラビスは首を傾げた。


 セシリアはそうこうしていくうちに、いつのまにか二人以外のメイド達をまとめあげていた。

 さぼって第二騎士団の噂の美貌の騎士団長を見に行っていたメイド達など、ある日を境に熱心に仕事をするようになっていた。

 セシリアは、とにかくグラビスを諦めなかった。一つ一つの悪戯にすら、真摯に向き合った。

 いつの間にか、グラビスはぽつりぽつりとセシリアとしゃべるようになっていた。


「だから〜、四女だからって全然勉強教えないで学園にポイッてありえないよね〜。セシリアさんもひどいと思わないかい?あ、セシリアさんは成績トップだからわからないかぁ」

 セシリアは、いつも静かに話を聞いた。しかし、グラビスのことを一生懸命に考えてくれた。


「わかりました。勉強に遅いという言葉はありません。行きましょう」

「は?」

 ただ、ちょっと反応は思ったのとは違った。

 グラビスは、それから毎日王城の図書室に連れて行かれた。


「あの、セシリアさん、別に勉強を今更したいとかはないのだよ?」

「大丈夫です。私のことはお気遣いなく」

 セシリアは、毎日勉強につき合うのは大変ではないかとグラビスが気遣ったと思ったようだ。

 そうではない!


 それから、まさに勉強を詰め込まれた。

 セシリアは、成績がトップなだけあって教えるのがとてもうまかった。しかも、無表情ながら褒めまくるのだ。

 気づいたら、学園で習った内容以上の知識を修得していた。


   ◆


 ウルブシュアとセシリアが出会ったのは、お互い十六歳の時だった。

 学園で同じ学年であったようだが、ウルブシュアの目には平民など入らなかった。


 ウルブシュアは、裕福なナルジア侯爵家の令嬢として大切に育てられた。

 蒼い艶やかな髪に、けぶるような睫毛に覆われたルビーのような瞳、薔薇の花びらのような唇の、小さな頃から美しいと評判の令嬢であった。

 そして、ウルブシュアは高位貴族に相応しい教養を持ち、立ち居振る舞いも完璧な令嬢に育った。

 みんながウルブシュアを褒めそやし、手に入らないものはないと思っていた。


 そんなウルブシュアは十六歳の時、たまたま学園に教えに来たホルソフォン・モデラン公爵に恋に落ちた。

 この国の宰相であるホルソフォン・モデラン公爵の苦み走った渋い顔立ちに低い声、そしてその知性に溢れた瞳に、まさにビビビ!ときてしまったのだ。


 すぐさま釣り書きを送ったが断られた。彼は全ての婚約の釣り書きを断っているらしい。

 しかし、ウルブシュアの辞書に諦めるの文字はない。

 侍女になろうと思ったのも、(ひとえ)に初恋の君に近づきたいがためだった。


 だから、メイドの仕事など全て拒否した。高貴な自分がやることではない。侯爵家から連れて来た付き人に代わりにやらせた。

 そして、自分より上の立場に立つメイド班長の見苦しい所作を見れば、容赦なく責め、身の程知らずと嘲笑した。

 今のウルブシュアが当時を振り返ると、叫び出したくなるほど恥ずかしい。グラビスが言うには、これを黒歴史と呼ぶらしい……。


 ウルブシュアとグラビスのせいで、メイド班長はあっと言う間にその座を辞退していった。

 そうして新しくメイド班長になったのは、セシリアという平民だった。

 平民にしては所作がまだましだったが、やはり高位貴族のウルブシュアの目からしたら粗だらけだった。

 いつものように仕事は全て拒否し、付き人にやらせ、セシリアの一挙手一投足をあげつらって嘲笑してやった。

 これで、セシリアは泣きべそをかいて、明日にはいなくなっていると思った。


 さっさと自分を侍女にすればいいのだ。

 早く初恋の君のそばに行きたかった。

 しかし、セシリアは今までと勝手が違った。

 言われたことを一つ一つ頷きながら、メモに取っていくのだ。

 そればかりか、どうすればよいか真摯に聞いてくる。

 ウルブシュアは聞かれたからには、できないと思われたくなくて懇切丁寧に教えた。


 セシリアは、めきめきと所作が綺麗になった。

 下手をしたら、男爵令嬢に遜色ないほどだ。

 だというのに、セシリアは礼儀作法の勉強会にまで出るようになった。

 それに比べて何も変わらない自分に、ウルブシュアは考えるようになった。


 そんなある日、セシリアはウルブシュアの付き人について尋ねてきた。

「ウルブシュア様は付き人がおられないと、精神的不安に襲われるのでしょうか?」

「無礼な!」

 付き人が怒鳴るが、セシリアはなぜ無礼と言われたのかわからないというようにキョトンとした。

 それを見て、セシリアは嫌みなどではなくいたって真面目に尋ねていることがわかった。


「そんなわけないでしょう」

「では、付き人がいないと身体的不自由がおありでしょうか?」

 この質問も、いたって真面目だ。

「そんなわけないでしょう」

「では――」

 セシリアは理路整然と付き人はメイドに必要ないと理由を述べ、あっと言う間に付き人を追い返してしまった。

 ウルブシュアは烈火の如く怒ったが、セシリアが言うことはいちいち正しいので烈火はすぐに鎮火した。


 次の日、付き人がウルブシュアの両親に訴えたため、ナルジア侯爵夫妻がセシリアを罰しようとやって来た。

 セシリアは、冷静に状況と今の現状を侯爵夫妻に懇々と説明した。


 客観的に見た自分は、かなり恥ずかしかった。

 国民の税金をお給金としていただくのに全く働いていない、偉そうに周りを批判するが自分は何一つ成長していない、付き人がいないと何もできないという事実がグサグサと心に刺さった。

 親子共々、これはまずいのではと遅まきながら気づいた。

 自分は初恋の君のそばに行きたかっただけだ。

 だがこのままの自分がそばに行ったとしても、初恋の君が好きになってくれるとは思えなかった。


 ウルブシュアは、セシリアとぽつりぽつりとしゃべるようになった。

 セシリアは口数は多くないのだが、とにかく聞き上手だった。気づいたら、ウルブシュアは初恋の君の話までしていた。

 セシリアは、ウルブシュアのために恋愛のアドバイスをしてくれようとしたが、しょんぼり肩を落とした。


 セシリアは、恋をしたことがないらしい。

 その姿は、年相応で可愛らしいと思った。

 セシリアとたくさん話し合った結果、ひとまずやるべきことをやりましょうということに落ち着いた。

 セシリアはセシリアで、自分ができることをすると拳を握りしめて宣言していた。


 実に一年経って、ウルブシュアは本気を出してメイドの仕事を覚えた。

 元々能力は高いウルブシュアだ。

 怒涛の勢いで仕事を覚えると、一カ月後には、侍女試験に臨むことをメイド長に認められた。元々礼儀作法は完璧であったウルブシュアは、難なく侍女試験に合格した。


 驚いたことに、初恋の人、宰相であるホルソフォン・モデラン公爵が、侍女試験合格後すぐに結婚を申し込んで来た。

 なんとセシリアがメイド長にお願いして、ウルブシュアの一年一カ月に渡る恋する乙女の記録をホルソフォンに渡していたのだ。

 こんな年上の無骨な自分のために、がんばってくれたウルブシュアに、ホルソフォンは胸を撃ち抜かれたそうだ。

 ウルブシュアは、セシリアに絶対にこの恩を返すことを心に誓った。


   ◆

 

 その後、グラビスは侍女試験に合格し、史上最年少で王妃殿下の専属侍女に抜擢された。

 ウルブシュアは宰相であるホルソフォン・モデラン公爵と結婚し、今や一男一女の母親だ。

 今自分達にある幸せは、間違いなくセシリアのお陰と言えた。


   ◆


「やあ、久しぶりだね〜、ウルブシュア。お待ちかねのセシリアさんからのお願いだよ」

 グラビスが、にこやかにウルブシュアに微笑んだ。

お読みくださり、ありがとうございます ♪


誤字脱字のご報告、いつも助かっております。

ありがとうございます!


⭐︎1/20 ウルブシュアの侍女試験に臨む期間のご指摘ありがとうございました!

セシリアが侍女試験に臨むのに三カ月の準備期間があったのに、ウルブシュアが一ヶ月で合格だと齟齬がある!?と後から三カ月に直した箇所でした。

第五章と合わせて、少し文章を変えました。

ご指摘いただけるだけでも本当にありがたいのに、こちらを気遣って書いてくださり、とても嬉しい気持ちになりました。

明日からの更新もがんばります (*^ω^*)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『私の人生にあなたは必要ありません〜婚約破棄をしたので思うように生きようと思います〜』       html> ☆ 好評配信中 ☆ html> ☆ 好評発売中 ☆ html>
― 新着の感想 ―
 メイドさんたちの麗しき友情のバトンリレー(笑)
情けは人の為ならず、で良いのかな? セシリアの深情け、とか言葉ができそうなエピソード。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ