手紙
ちょうど次の日は休みの日だったので、一度王城に行ってバルドさんのお世話をしてから、オーリーさんを訪ねることにした。
念には念を入れて、私は誰かに尾行されていないか、王城に向かう姿をアーリヤさん達に見ていてもらった。
「アーリヤさん、どうでしたか?」
私は部屋に帰ると尋ねた。
「うん。ばっちり怪しい男がセシリアちゃんの後ろを離れて尾行していたよ」
やっぱり……。きっと犯人は、貴族至上主義の貴族だろう。
「それではお願いしてもいいですか?」
「ああ、任せな」
アーリヤさんは、私の髪色のかつらを被り眼鏡をかけると、わざと窓際に立った。
私は代わりに深緑色のかつらを被り、眼鏡を外してポケットに入れると、スミスさんとジャックル君を見て頷いた。
かつらはアーリヤさん達に、今日のことを頼む時に合わせて用意してもらっていた。
「お願いします」
「任せてよ」
スミスさんは力強く頷き、ジャックル君が私と手を繋いでニカッと笑った。
私を尾行していた人は、窓際に立った暗い焦茶色のかつらに眼鏡姿のアーリヤさんを私だと思うだろう。
逆に、私は家族連れの奥さんに見えるはずだ。
それでも、ドキドキと緊張しながら下宿屋を出る。
「父ちゃん、母ちゃん。何でも好きなもん食べていいんだろ?」
「ああ。何でも食べていいよ」
ジャックル君がアドリブを入れた。
スミスさんも上手に返す。
私もニコニコと頷いた。声は一応出さないでおく。
そのまま何事もなく、ロッズさんの家を目指す。
「どうですか?」
「うん。尾行していた男は動いてなかったね」
「うまく騙せたね」
ジャックル君がウシシと笑った。
私も安堵の息を吐いた。
ロッズさんの家は、庭には可愛らしい花が咲いた、小さな一軒家だった。
私がドアをノックすると、ほんの少しだけドアが開いた。
「誰?」
オーリーさんは、警戒するように私達を見た。
私より少し年上の、くすんだ赤い髪を後ろに一つに結んだ、茶色い瞳の女性だった。
「お忙しいところ申し訳ありません。ロッズさんに言われて訪ねて来ました」
「ロッズに?」
まだ警戒した表情だが、ドアを開けてくれた。
「何?」
「中に入れていただけますか?」
オーリーさんは少し悩んだ様子だが、私をじっと見つめると少し目を丸くして、中に入れてくれた。
「母ちゃん、誰?」
中には三歳くらいの男の子が不安そうに私達を見て、オーリーさんの服を握った。
「ジック、向こうで遊んでいて」
オーリーさんはジック君に声をかけるが、ジック君はイヤイヤと顔を横に振った。
「お前、ジックっていうのか?俺はジャックルだ。名前が似てるな」
ジャックル君は人懐こく笑うと、ジック君と手を繋いだ。
「ジャックル?」
「おう。兄ちゃんと遊ばないか?」
「遊ぶ!」
ジャックル君とジック君は、部屋のはじにオモチャを出して遊び始めた。スミスさんも混ざって遊びながら、二人を見守った。
私は、そっとかつらをとって眼鏡をかけた。
オーリーさんが、やっぱりというように驚いた顔をした。
「やっぱり、セシリアさんじゃないですか!」
「お久しぶりです。オーリーさん」
昨日オーリーさんの名前を聞いた時に、もしかしたらと思ったが、やはり以前私のメイド班にいた女性だったようだ。
オーリーさんは一気に警戒心を解き、私にニコニコお茶を淹れてくれた。
「セシリアさん、三年ぶりですね」
「もう、そんなに経つのですね」
私は、淹れてもらったお茶を一口飲んだ。
「今日はどうしたんですか?それに、ロッズがずっと王城から帰って来ないんですが、何か知っていますか?」
どうやら、オーリーさんはロッズさんが捕まっていることを知らないようだ。
私がロッズさんのことを話すと、オーリーさんは顔色を青くした。
「そんな……。もしかして、あの手紙のせい?」
オーリーさんが小さく呟いた。
手紙?
「オーリーさん、手紙とは何ですか?」
「珍しく遠征先から手紙が届いたんですが、それが……」
オーリーさんは言葉を切ると、引き出しから封筒を出して私に渡した。
「見てもよろしいですか?」
「はい。セシリアさんのことは、よくロッズにしゃべってました。ロッズもセシリアさんが信頼できる人だから、あたしを訪ねるように言ったんだと思います」
私は封筒の中身を見て息を詰めた。
それは、トルッカ砦においてレイモンド元騎士団長に全指揮権を任せるという旨の内容の、玉璽が押された書簡だった。
私は言葉も出ず、その書簡を見つめた。
しかし、違和感を感じた。
レイモンド元騎士団長は、いろいろやらかして騎士をクビになる一歩手前の状態の人だ。そんな能力に疑問がある人に、全権なんか渡すものだろうか。
本当にこの書簡は陛下が書いたのか?もし、そうじゃないとしたらこの玉璽は……。
そこまで考えて、その恐ろしさに書簡を持つ手が震えた。
「この書簡を預かってもよろしいですか?」
「もちろんです!これがうちにあるのは怖くて仕方なかったんです……」
それはそうだろう。玉璽の押された書簡なんて、怖すぎる。
私はオーリーさんから書簡を預かり、家を出た。
スミスさん達と一緒に下宿屋の部屋に戻り、私は三人によくお礼を言って別れた。
そして、預かってきた玉璽の押された書簡を見つめた。
これは一体どういうことなのだろうか……。
どう考えても、陛下がクビ寸前のレイモンド元騎士団長に全指揮権を渡すのはおかしい。
元々レイモンド元騎士団長は、キャサリン様に自分勝手な婚約破棄を人前でわざわざ宣言して、陛下はお怒りだったと聞いている。
それが、どうにか第二騎士団長の肩書きを手に入れたのは王太后殿下の願いによってだ。
そんな、信頼も薄い、能力もないレイモンド元騎士団長に、陛下が全指揮権を渡すのはさすがにあり得ない気がする。王太后に頼まれたとしても、切れ者の宰相が止めないわけがない。
陛下がこの書簡を書いていないとしたら、一体誰が書いたのだろう。そして、どうやって陛下しか押せないはずの玉璽を押したのか。何のために……?
わからないことだらけだった。
私はまとまらない考えに、眉間を軽く揉み、念のため、書簡を引き出しの上に貼り付けて隠した。
とにかく明日、この書簡をドュークリフ様に相談してみよう。
本当は、今すぐにでも王城に行きたかったが、私には尾行がついている。ここでわざわざ私が王城に向かったら怪しすぎる。
「セシリア、いるかい?」
その時、ドンドンと弾むようなノックの音に、マダム・リンダの元気な声が一緒に聞こえた。
「はい」
私がドアを開けると、満面の笑みのマダム・リンダが立っていた。
「どうぞ、中に入ってください」
「いや、これを渡しに来ただけだからいいよ。帰って寝る」
言いながら、マダム・リンダは大きな欠伸をした。
「もしかして、徹夜されたのですか?すみません」
マダム・リンダは私の頼みのために、徹夜して仕上げてくれたようだ。
「いいや、楽しかったよ。ほい、これだ」
マダム・リンダは、綺麗に色の塗られた絵を私に渡した。素人とは思えない出来栄えだ。
「すごいです!絵がお上手なんですね」
「絵はあたしの趣味だよ」
マダム・リンダはヒョッヒョッヒョッと楽しげに笑うと、また一つ欠伸してさっさと帰って行った。
私はマダム・リンダから受け取った絵をカバンにしまうと、父さんに会うためにルパート商会に向かった。
◆
「父さん、お願いがあります」
ルパート商会の応接室で、私は父さんに頭を下げた。
母さんが、父さんの隣に座った。
私が父さんにお願い事をするのは初めてだ。
緊張して頭を上げると、向かいに座った父さんが腕組みしてジロリと私を見た。
父さんの口の脇が、堪えきれない笑みを無理矢理抑えるように少しピクピクしている?
母さんは、父さんの顔を見て笑いを堪えるように横を向いて口元を隠した。肩が微かに震えている?
「ゴホン。何だ?言ってみろ」
わざとしかめ面を作ったような表情で、父さんが言った。
私は、マダム・リンダに描いてもらった絵を父さんに見せた。
「実は――」
私は父さんに頼み事を話し終えると、真っ直ぐに父さんを見た。
隣に座っている母さんが、息を詰めて私を見つめた。
「セシー、本気なの?」
私は、しっかりと頷いた。
「父さん、どうかお願いします」
じっと目を瞑って私の話を最後まで聞いた父さんが、クククと笑い出した。
「ああ、引き受けた」
「ありがとうございます」
「あなた!ちょっと待ってください。もし駄目だったら」
母さんが止めるように、父さんの腕を引いた。
「そんときゃそん時、考えればいいだろ」
「セシーが傷つくわ」
母さんが必死で言い募る。
「その傷は立派な勲章だ。いいじゃねえか」
父さんがニヤリと笑った。
「母さん、駄目でも後悔なんかしない。幸せになろうとがんばった証だもの。もし駄目でも、その傷は私の勲章になるわ。大丈夫」
私も笑って言った。
「セシー……」
母さんが心配そうに私を見たが、決心が固いとわかると最後は賛成してくれた。
「父さん。アルロニア帝国にいつくらいから行けそう?」
「明日から行ってくる」
明日!?
「仕事はどうするの?」
早いのは助かるが、父さんは忙しいはずだ。
「父さん、明日からタチアナに会いにアルロニア帝国に行く予定だったのよ」
「タチアナおばさんに?」
思いがけない名前に、私は目をパチクリさせた。
タチアナおばさんは、父さんの妹で、アルロニア帝国に住んでいた。いろいろあって未婚の母となり、父さんとは手紙のやり取りだけしていた。
「おう。あいつ、十五年も前に結婚してやがったから、ちょっくらお祝いに行ってくる」
結婚!?
父さんが嬉しそうに笑った。
「だから、任せておけ」
力強く父さんが引き受けてくれた。
ご感想をありがとうございます。
嬉しくて何回も読み返してます!
⭐︎すみません…ジックの名前が、ジャックと混在してしまっていました…
ご指摘ありがとうございましたm(_ _)m