手がかり
次の日、早めに王城に行き、そっとバルドさんのいる部屋を覗くと今は誰もいなかった。
私はホッと息を吐き、バルドさんの包帯を取り、傷の消毒を始めた。
浅い傷は、ほとんどがかさぶたになって治りかけていた。
あとは、深い傷だけだ。
化膿することがないように、一つ一つ丁寧に薬を塗って、新しい包帯を巻いた。
それから、最後にバルドさんの顔の包帯を取る。
昨日の夜は、髪を洗ってあげられなかったので、少しごわついていたので、お湯をもらって髪を拭った。
それから、髭を剃る。
髭のあるバルドさんも、ないバルドさんもどちらも素敵だが、今は剃っておいた方が衛生的だ。
そして、バルドさんの左目のガーゼを外した。
ざっくりと切られた左目の上から頬にかけて、生々しい傷がある。
眼球まで傷ついてしまったそうだ。
そっと瞼を開けて、化膿止めの薬を垂らす。
綺麗な青い瞳が、今は濁っていた。
それでも、彼は生きている。私はそれだけで、充分だった。
それから、薬を塗って新しいガーゼと替え、包帯を巻いていった。
最後にシーツを剥がし、新しいシーツと交換して、剥がしたシーツは洗い場に持って行った。
それから私は王太子妃宮を訪れた。
昨日のスミスさんの話をドュークリフ様に相談したかった。
エリザベート様とドュークリフ様に、早速スミスさんから聞いた内容を伝えると、ドュークリフ様は舌打ちし、エリザベート様も険しい表情をなさった。
「間違いなく貴族至上主義の連中が絡んでいるな」
私も頷いた。
「今回の襲撃にレイモンドが絡んでいたとなると、もう王太后に後はないんだ。そういう約束だからね」
「はい」
レイモンド元団長は、ミーア様を勝手に訓練場に通したことが発端で、王太子殿下が襲撃された。その責任で騎士団をクビになるところを、王太后殿下は今後レイモンドが何かやらかしたら自身が責任をとって隠居すると言って助けた。
「貴族至上主義は、何としてもレイモンドのやらかしを隠したいんだ。きっとバルドを悪者にして、この一件をさっさと終わらせるつもりだ。そのために、新聞社を使って民衆を煽ろうとしている」
一体彼らは何を隠そうとしているのか……。
「あの、第二騎士団の騎士の方々に会うことはできませんか?」
何ができるかはわからない。
でも、動かずにはいられなかった。
ドュークリフ様は、少し考えたあと頷いた。
「わかった。頼んでみよう」
「ありがとうございます」
◆
私はその夜遅くに、ドュークリフ様に第二騎士団の騎士達が入れられている牢に案内された。
牢といっても、犯罪者が入れられる牢とは別で、鍵のかかる質素な部屋だ。
入り口には、第一騎士団の騎士が見張りに立っており、第二騎士団の騎士達は、取り調べのためにずっとその部屋に入れられていた。
レイモンド元騎士団長は、高位の貴族用の豪華な牢にいるそうだ。
見張りの騎士が不快げに私に目をやったが、ドュークリフ様に睨まれると視線を逸らした。
「じゃあ、中に入ろう」
「いえ、中には私一人で行きます」
ドュークリフ様が、一緒に中に入ろうとするのを私は断った。平民の女一人の方が警戒されないはずだ。
「女性が一人で中に入るなんて危険だ」
「大丈夫です。平民の女性だけの方が、彼らも何か話してくれるかもしれません。何かあればすぐに声をあげます」
私は心配するドュークリフ様を説得して、五分以上経っても部屋から出てこなかったら、ドュークリフ様も中に入るということを約束して中に入った。
中に入ると、すし詰め状態で騎士達が雑魚寝をしていた。
みんな不精髭を生やし、くたびれている様子だった。
「お休みのところすみません。お話を聞かせて下さいませんか?」
寝ているところ申し訳ないが、私はそっと声をかけた。
「ん?誰だ?」
ドア側で寝ていた騎士がむくりと起き上がると、ザワザワとみんなが起き上がった。
持って来たランプをテーブルに置かせてもらった。
「私はセシリアと申します。ガルオス様の友人です。どうか、お話を聞かせてください」
「もう話すことは全て話してある。それ以上言うことはない」
そうだそうだと同意して、さっさと話を切り上げようとする騎士達に、私は大きく息を吸った。
「それは、あなた達が騎士の誇りをかけて言った言葉でしょうか?」
さほど大きな声を出したわけでもないが、ザワザワとした部屋がシンと静まった。
「ガルオス様は最後まで勇敢に戦い、砦を守り切りましたが片目を失いました。まだ意識が戻っていません。この戦いで、尊い命が失われました。あなた達は、この先も騎士だと胸を張れますか?」
みんなが一様に黙り込んだ。もどかしげな空気が滲む。その空気にやはり何かが隠されているのを感じた。
しかし、みんな頑なに口を閉ざしていた。
「あ!あんたセシリアさんじゃないか?」
急に声をかけられて、その顔を見ると見覚えがあった。
「ロッズさんですか?」
「ああ!」
前に青い薔薇の染料をもらいにナックス村に行った時に、バルドさんと一緒にいた若い騎士の方だ。
「セシリア……?あ!あんた、四年前に訓練場でさぼってたメイドの貴族令嬢達を叱り飛ばしたメイドさんじゃないか?」
他の騎士が私を指差した。
私は急に昔のことを言われて、目をパチクリさせた。
「はい。私です」
「ああ、あの伝説の!」
伝説の……?
なぜか、他の騎士達が口々に伝説のと口にした。
私は意味不明の言葉に小首を傾げたが、俄かに騎士達に安堵のような、ホッとした空気になったのを感じた。
「あんたなら、信頼できる。誰にもばれないように、俺の女房のオーリーを訪ねてくれ。それ以上は、俺達からは何も言えねえ」
騎士達がわざと大声を出して帰れ帰れと騒ぐ中、ロッズさんがそっと私に耳打ちした。
騎士達が、縋るような目で私を見ていた。
何かがあるのだ。
私はしっかりと頷いた。
「お休みのところ、申し訳ありませんでした。帰ります」
「もう来るな!話すことは何もない!」
騎士達が、わざと声を張り上げた。
私が部屋から出ると、ドュークリフ様が心配そうに私を見た。
「セシリア、大丈夫?」
「はい。でも、残念ながら何も聞けませんでした」
王城では、どこに耳があるかわからない。私はドュークリフ様にも隠すことにして、悲しげな表情を作った。
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