マダム・リンダへのお願い
私は、リューゼン様に言われたばかりでバルドさんのそばに行けないので、久しぶりに下宿屋に帰ることにした。
手紙でバルドさんの様子は知らせてはいたが、みんな心配していたことだろう。
私は、まずマダム・リンダの部屋にお邪魔した。
「セシリア!バルドは!?バルドは大丈夫なのかい?」
マダム・リンダが、必死の顔で私に縋りついた。
「はい。手紙にも書きましたが、もう峠は越して命の心配はありません。あとは、意識が戻るのを待つだけです」
私は安心させるように言った。
マダム・リンダの力が緩んだ。
「そうかい。全く、バルドはこんな年寄りに心配かけて。帰って来たらお説教だ」
「はい。ぜひ、そうしてください」
いつもの調子に戻ったマダム・リンダに、私も微笑んだ。
「そうだ!セシリアがチューでもすれば起きるんじゃないかい?バルドは、あんたにホの字だろ?」
「マダム・リンダ!」
ヒョッヒョッと笑うマダム・リンダに私は顔を真っ赤にした。
しかし、バルドさんが私を好き?本当だろうか。
確かにあの別れの夜、もしかしたらバルドさんは私を好きかもしれないかもと思った。
でも、好きも愛してるも言われていないのに、そうと思って大丈夫なのだろうか?
いまいち、確証が持てずにいた。
「マダム・リンダ。バルドさんは、私を好きなのでしょうか?」
「は!?あんた、あんなにあからさまだったのに、気づかなかったのかい?」
マダム・リンダが、呆れたように私を見た。
「いえ、もしかしたら、お別れする前夜に、そうかもしれないと思ったりもしたのですが、はっきりと好きと言葉をいただいたわけではないので……その……」
最後は、ゴニョゴニョとした自分でもよくわからない言葉になってしまった。
だって、自信がないのだ。
シュリガンさんが、以前に私を好きだと言ってくれた。その経験がなかったら、きっと、バルドさんがもしかしたら私を好いてくれているかもしれないなんて、欠片も思いもしなかっただろう。
「間違いなく、バルドはあんたを愛してるよ。あたしが保証する」
マダム・リンダが優しく目を細めて言い切った。
私はしっかりと頷いた。嬉しかった。
そして、改めて決心を固めた。
「はい。ありがとうございます。それでは、マダム・リンダにお願いがあります」
「ん?セシリアが頼み事なんて珍しいね。何だい?」
「はい。実は――」
私の頼み事を聞いて、マダム・リンダは目を丸くしたあと、大爆笑した。
「ヒョ〜ッヒョッヒョッ、いいよ。わかった。任せときな」
マダム・リンダが快く引き受けてくれて、ホッと安堵の息を吐いた。
「よろしくお願いします」
◆
マダム・リンダの部屋を出たあとは、アーリヤさん達の部屋を訪ねた。
「セシリアちゃん!ああ、よかった。どうにか連絡取れないかと思ってたところなんだ」
私がアーリヤさん達の部屋に訪れると、アーリヤさんとスミスさん、ジャックル君も迎えてくれた。
しかし、三人の表情は厳しい。
何かあったのだろうか。
「あのね、セシリアちゃん、スミスが新聞社に勤めているのは知っているよね?」
「はい」
「どうやら新聞社に、バルドのことを載せろってラウンドア前子爵と現子爵が回っているみたいなんだ」
「え?」
私は意味がわからず、眉を顰めた。
なぜ、ラウンドア子爵達がバルドさんの記事を載せろというのか?
三人の表情を見るに、いい内容ではないようだ。
嫌な予感がした。
「どんな内容なんですか?」
「バルドが判断ミスをしたせいで、第二騎士団の騎士達に大勢の死者が出たと。バルドのせいで、危うくアルロニア帝国との同盟が駄目になるところだった。それを救ったのは、レイモンド元騎士団長だと記事を載せろと言って来ているんだ」
いつも軽い印象を受けるスミスさんが、眉間に皺を寄せ話した。
「それはまだ調査中のことです。ましてや、レイモンド元騎士団長は、敵を前に逃げただけです。事実と違います」
「うん。僕も真実とは思えないから、上には王城に確認してから記事にするべきだと止めている。他の新聞社にも声をかけてもらっている。上としても、いくら貴族が言って来たことだとしても、載せる相手も貴族だから慎重に動くはずだ」
私はスミスさんの言葉に安堵した。
一体、これはどういうことなのだろうか。
いいしれない不安が胸に広がった。
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