リューゼン・ガルオス
事態が動いたのは、バルドさんが怪我をして一週間後のことだった。
ガルオス侯爵家と第一騎士団の精鋭が秘密裏に動き、行方がわからなかった第二騎士団の騎士達を見つけたのだ。
彼らは、トルッカ砦の隣の領地、ラウンドア子爵家にいた。あの、侍女試験で私の護衛騎士をほぼ務めないうえ、誘拐未遂の片棒まで担いだニルス・ラウンドア様のいた領地だ。
なぜか、レイモンド元騎士団長も一緒だった。
トルッカ砦の騎士達は、依然行方不明のままだ。
行方不明だった第二騎士団の彼らが見つかったことにより、新たな謎が増えた。
◆
勤務が終わり、私がいつものようにバルドさんの部屋に行くと、見慣れた金の髪の男性が椅子に座っていた。
一瞬バルドさんが目を覚ましたのかと思ったが、バルドさんはベッドに寝たままだ。
では、この男性は誰だろう?
「どちらさまでしょうか?」
私が声をかけると、その男性が振り向いた。
金色の髪は前髪をきっちりと上げ、冬の空を吸い込んだような青色の瞳に、スッと通った鼻筋、一見冷たく見える青年だった。
バルドさんより少し線が細く、雰囲気は違うものの、その顔立ちはバルドさんによく似ていた。
「私は、リューゼン・ガルオス。バルド・ガルオスの弟だ。あなたこそ、誰だ?」
やはり、バルドさんの弟さんだったようだ。声までよく似ていた。
「失礼いたしました。私はガルオス様の友人で、セシリアと申します」
私はカーテシーをとった。
「ああ、紛らわしいな。私のことはリューゼンでいい。お前が兄上の部屋に入り浸っている女か」
リューゼン様が尋ねた。
「……はい」
確かに私は、バルドさんの部屋に入り浸っていると言われれば、入り浸っていると言える。
「これみよがしに献身的に看病しているらしいが、残念だったな。兄上はガルオス侯爵家から廃嫡される」
私はその内容に思わず顔を上げた。
「どういうことですか?」
「ガルオス侯爵の嫡男の妾の座でも狙っていたのだろうが、生憎狙いが外れたようだな」
突き放すように言われたが、それどころではない。
「なぜ、ガルオス様が廃嫡されるのですか?彼は最後まで戦ったのですよ?」
「第二騎士団元団長の話では、兄上の判断ミスのせいでトルッカ砦が手薄になったのだそうだ。どちらにしても、こんな体では武のガルオス侯爵家を継げるわけがない。もう、兄上はガルオス侯爵家にはいらない。はじめから、私に嫡男の座を譲っておけばよかったんだ」
リューゼン様はギリと奥歯を噛み締めて、バルドさんを苦しげに睨んだ。
「廃嫡となった兄上は、もう価値はないだろう。兄上の世話は侯爵家の者がする。諦めてさっさと消えろ」
私は、リューゼン様を睨んだ。悔しかった。
こんなにボロボロになるまで戦ったバルドさんに対して、実の弟が価値がないなんて言うなんて……。
「バルドさんは、価値のない方ではありません。生きているだけで、そこにいてくれるだけで、大切な方です」
私はそれだけ言うと、レイモンド元騎士団長が話している内容を確認すべく、急いでドュークリフ様の元に向かった。
◆
「ドュークリフ様。お忙しいところ、申し訳ございません」
「いや、その様子だとセシリアもレイモンドが言っている内容を聞いたんだね?」
いつもはキラキラとした整った顔に、くっきりと隈を作って、ドュークリフ様は私の向かい側に座った。その隣には、厳しい表情をしたエリザベート様が座った。
「はい。一体、どういうことなのでしょうか?レイモンド元騎士団長は、バルドさんの判断ミスのせいでトルッカ砦が手薄になったとおっしゃっていると伺いました」
「誰から話を?」
エリザベート様が、厳しい表情で尋ねた。
「バルドさんの弟さんの、リューゼン・ガルオス様からです」
「そうか……」
エリザベート様が押し黙る。
「行方不明になっていた第二騎士団の騎士達は、ラウンドア子爵家にいたという話は知ってるよね?」
「はい」
「第一騎士団と僕で、レイモンドと騎士達から事情聴取をしたところ、みんなが口を揃えてバルドの判断ミスのせいで危機に陥った。そのために、やむなく撤退したと言うんだ」
レイモンド元騎士団長から、盗賊に扮してドルゴン王国の襲撃があるという情報があったにも関わらず、バルドさんは村に出没する盗賊を討伐するようにトルッカ砦にいた騎士達を送り出したというのだ。
そのせいで手薄になったところを盗賊に扮したドルゴン王国の騎士達に襲われた。そのため、撤退を余儀なくされ、ラウンドア子爵の領地で体制を立て直していたと証言しているのだそうだ。
「そんな!バルドさんがそんな判断ミスをするとは思えません!バルドさんは、最後の一人になっても命懸けで砦を守っていたのに……」
私はあんまりな話に憤った。彼は未だに意識も戻っていないのだ。
「うん。どう考えてもおかしな話なんだ。そもそも、レイモンドは王都に残っているはずだったんだ。それなのに、王都から行方不明になったと思ったら、トルッカ砦にいた」
ドュークリフ様が、考え込むように視線を伏せた。
「それに対して、レイモンドはとある筋から盗賊に扮したドルゴン王国の騎士がトルッカ砦を襲するという情報を掴んで、撃退すべくやって来たと言っている。なぜ誰かに相談しなかったのか聞いたら、相談する時間が惜しかったと言う」
そのとある筋というのが怪しすぎるが証拠はない。ラウンドア子爵の領地というのもどうにも引っかかる。
「しかも、そのとある筋については偶然たまたまと言ってぼかすんだ。ただ、盗賊がドルゴン王国の騎士というのはダザ将軍の証言とも合っているし、騎士達もレイモンドの言葉を肯定している。クソッ」
ドュークリフ様が、グシャと髪を手で荒々しく崩した。その仕草に、ドュークリフ様の、どうしようもない不満と憤りが感じられた。
「このままではどうなりますか?」
「バルドに処罰が下る可能性が高い。バルドの判断ミスでこれだけの死者が出たとなると、利き手を切り落とされ、退団させられる」
エリザベート様が厳しい表情で言った。
「そんな!」
惨すぎる処罰に、私は体が震えた。
「大丈夫。絶対にそんなことはさせない」
エリザベート様が、私の手をしっかり握った。
ドュークリフ様も、力強くと頷いた。
私は、やっと少し安堵した。
「あの、それと、リューゼン様がバルドさんは廃嫡されるとおっしゃっていました。こちらは本当でしょうか?」
「……そうか。それに関してはどうしようもない。ガルオス侯爵家は武の一門なんだ。片目を失ったバルドでは、当主としては難しい。廃嫡は免れない可能性が高い」
エリザベート様が、悔しそうに言った。
「廃嫡されるといっても、当主になれないだけで、貴族には変わりない。バルドの能力が活かされる仕事をちゃんと考えるから、セシリアは心配しないで」
「……はい」
私は返事をしながら、ある決意を固めた。
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