瀕死のバルド
「ユリア様、楽しみですわね」
キャサリン様が、ウキウキとユリア様にお化粧をしながら話しかけた。
「ロイズは着いたらすぐに私に会いたいって、手紙に書いてあったの。すぐに会いに行っても大丈夫かしら?」
「きっと、ロイズアス殿下が待ちきれなくて王女宮に来てしまいますよ」
グラビス様が、ユリア様に髪飾りをつけながら言った。
「ユリア様、いつロイズアス殿下が来てもいいように準備しておきましょう」
私は、ユリア様の小さな爪を綺麗に整え、淡いピンクの色を塗りながら言うと、ユリア様がポッと頬を赤らめて微笑んだ。
それから数時間。
しかしどうしたことか、予定の到着時刻を過ぎてもアルロニア帝国の一行の姿が見えなかった。
ザワザワと王城内が、不安に揺れる。
ユリア様も、心配そうに外を見つめていた。
しかし、その空気が帝国の使者が一人先駆けて登城したことで一変した。
何かがあったのだ。
すぐさま、その使者は王様と宰相の元に通された。
私達にはまだその内容が知らされず、私達はじっと情報が入るのを待った。
「何かあったのかしら……ロイズは無事かしら」
その祈るように組んだ小さな手が、小刻みに震えていた。
元々好戦的なドルゴン王国に対抗するために結ばれる同盟だ。
ドルゴン王国から妨害があったとしてもおかしくない。
バルドさんは無事だろうか……。
ザワザワとした嫌な胸騒ぎに、私は唇を噛んだ。
「アルロニア帝国の一行が無事に到着しました!」
しばらく待った後、やっと知らせが入った。
しかし、私達は王女宮で待つように言われた。
慌ただしい空気だけが伝わってくる。
その時、ドュークリフ様がノックも碌にせず飛び込んで来た。
こんな無作法など、ドュークリフ様には珍しい。
しかも、その顔は真っ青で強張っていた。
「ドュークリフ様、一体何があったのですか?」
私が尋ねると、ドュークリフ様に痛いほど肩を握られた。
「セシリア、落ち着いて聞いてほしい。バルドが瀕死の重傷だ」
私はヒュッと息を詰めた。
私はドュークリフ様について王城の医務室に向かった。
道すがらのドュークリフ様の話によると、バルドさん達第二騎士団はトルッカ砦で、盗賊に急な襲撃を受けたのだそうだ。
アルロニア帝国が駆けつけた時には、第二騎士団の半数に満たない騎士達がすでに命を落とし、バルドさんが一人で戦っていたというのだ。
残りの第二騎士団の騎士達とトルッカ砦の騎士達の姿はなかったそうだ。
盗賊は結局、アルロニア帝国のダザ将軍をはじめ、その精鋭部隊を前にすぐさま逃げたという。
しかし、最後まで戦ったバルドさんの傷は酷かったそうだ。
アルロニア帝国の一行に随行していた医官がその場で治療し、何とか命を繋いだのだが、その翌日に何者かにバルドさんは殺されそうになったらしい。
幸いダザ将軍が未然に防いだが、アルロニア帝国としても、誰が敵か味方かわからない状況でバルドさんをどこかの貴族家に預けることもできず、瀕死のバルドさんに負担がかからないように細心の注意をはらって王城まで連れて来てくれたのだった。
「バルドさんは助かるのですよね?」
私は必死でドュークリフ様に尋ねた。
「わからない……。でも、ロイズアス殿下の話によると、意識のない中、セシリアの名前をうわごとのように呼んでいたらしい。それで、殿下が早くセシリアを呼ぶようにと命じてくださったんだ」
バルドさん……!
私は、今にも溢れそうな涙を我慢した。
王城の医務室では、すでに治療は終わり、バルドさんは包帯だらけの体でベッドに横になっていた。
顔の半分にも包帯が巻かれ、包帯にはところどころ血が赤く滲んでいた。
「あなたがセシリアさんですか?ガルオス様にお声をかけてあげてください」
医官に声をかけられ、私はバルドさんのそばに近づいた。
「……ア……セシ……セシリア」
バルドさんの唇が微かに動いていて、荒い息に混じって私の名前を呼んでいた。
私はすぐさまバルドさんの手を握った。
涙が出た。漏れそうになる嗚咽を懸命に堪えた。
「バルドさん。私はここです。もう大丈夫です」
バルドさんの、私を呼ぶ声が止まった。
微かに手を握り返され、バルドさんは安心したように眠った。
いつの間にか、ドュークリフ様と医官は医務室から消えていた。
私はその命が消えてしまわないよう、眠るバルドさんの手を握り続けた。
◆
予定されていた同盟の調印式は速やかに行われたものの、トルッカ砦では死傷者も出ているので、夜会は中止となった。
アルロニア帝国の一行は、不穏な気配のあるドルゴン王国を警戒し、予定を早めて調印式の次の日には帰途についた。
バルドさんはまだ予断を許さず、医務室の近くの部屋で様子を見ることになった。
ユリア様達からは、バルドさんについているように言われたので、バルドさんのそばでもできる書類仕事をさせてもらうようにした。
バルドさんは左目を失い、全身傷だらけだった。意識は戻らず、傷のせいで高熱が続いていた。
私は王城に泊まり込み、医官にやり方を教えてもらって、バルドさんの体を拭き、消毒液で傷口をきれいにして薬を塗りお世話をした。
夜はベッドのそばの椅子で眠り、バルドさんが痛みに呻くたびに体をさすり、額にのせた手巾をたらいの水で冷やしてはまた額にのせた。
やっと、熱が下がったのは襲撃から五日が経った頃だった。
その頃には随分呼吸も楽になっていて、もう峠は越したと診断された。
そして、ドュークリフ様の調査により、少しずつ襲撃の状況がわかってきた。
ダザ将軍の話によると、逃げた盗賊は盗賊にしてはその撤退が綺麗に揃いすぎていたのだそうだ。
多分、ドルゴン王国の騎士が盗賊の格好をして同盟を邪魔するために砦に潜み、アルロニア帝国の一行を待ち伏せして襲うつもりだったのではないかとのことだ。
しかし、急襲して速やかにトルッカ砦を占拠するつもりが、バルドさん達により思ったより粘られてしまった。
そのうえ、ユリア様に早く会いたいと道中を急がせたロイズアス殿下のおかげで、予定より大分早く砦に着いたダザ将軍とその精鋭部隊により、やむなく撤退したのではないかというのが見解だそうだ。
今回の襲撃は謎が多い。
トルッカ砦の第二騎士団の騎士の死体が少なすぎるのだ。
一体、第二騎士団の騎士達と、トルッカ砦の騎士達はどこに消えてしまったのか……。
それは未だに謎のままだった。
お読みくださり、ありがとうございます。
今回の投稿で100話です!
この作品をここまで続けることができたのも、
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