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売られた喧嘩

 トボトボと試験会場に帰って来て、会場を眺める。

 第二次試験の迷宮から戻ってきている者はまだ数名しかおらず、メイリスさんもまだのようだ。


 端っこの方で小さくなって、先ほどのことを思案し続ける。

 自分はどうすればよかったのだろうか。

 全然思ったようにうまくやれなかった。


 はぁ……やっぱりエルガさんはすごい人だったんだなぁ……。


 そんなことをウジウジと考えていたら、いきなり受験生の一人が私に話しかけてきた。


「おい、そこのお前」

「……ひゃい? な、なんでしょうか?」


 まさか話しかけられるとは思っていなかったため、小さな悲鳴を上げてしまう。


「お前どこの出身だ? 家の名前は?」

「え゛?」


 な、なんでそんなことを答えなければならないのだろうか。


「え、えっと、な、名前はミュリナ・ミハルド、です」

「ミハルド? 聞いたことねぇな。で? 出身は?」

「あぅ」


 私は人族の地名をあまり知らない。

 下手な回答をすると魔族であることがバレてしまう。


「ななな、なんで答えなければいけないのでしょうか?」


 小声で問い返す。


「俺様が聞いてんだから黙って答えろや!」

「ひぃぃぃ!! だだだ、黙っていては、ここここ、答え、られま、せん」

「あんだとぉ!!」


「やめなさい!!」


 掴まれそうになったところで、救いの声が響く。


「メ、メイリスさん……っ!」


 ちょうど攻略を終えて来た彼女の元へと駆け寄り、その影に隠れる。


「てめぇは……メイリスか。はんっ! なんだ、あのド田舎のリベルティア領のやろうかよ」

「グレド。ミュリナを虐めないで」


 名前同士で呼び合っている、ってことは顔見知りなのだろうか。


「てめぇのペットかよ。ちゃんと躾けておけ。俺の事すら知らなかったぞ」

「ミュリナはペットじゃないわ! 友達よ!」


 メイリスさんがグレドさんを睨みつける。


「友達だと……? そいつ平民だろ。てめぇ平民の友達がいんのかよ? 平民なんて家畜以下だって昔言ってただろうが」

「……ぇ?」


 メイリスさんが……言ってた?

 でもそんなのおかしい。

 彼女はすごく優しくて、少なくとも私が見た限り、リベルティア領では人々に慕われていた。


「はんっ。なるほどな。おいミュリナ・ミハルド、良く聞きな。こいつは――」

「やめて!」

「……おいおい、隠すことかよ、いずれバレんだろ。家畜はどうせクズばっかりだ。魔族にも魔物にも俺たち貴族がいなけりゃ立ち向かわねぇ。なのに文句だけはいっちょ前に言ってくる。家畜以下だろうが」

「そ、それは――」


 何か思い当たる節でもあったのだろうか。

 メイリスさんがこれでもかと顔をしかめる。


「なのにてめぇらのことを、やれ守れ、やれ税を少なくしろ、しまいにゃ犯罪まで犯して減刑しろとか言ってくる。そんなんばっかりだろうが? 黙って飯だけ食ってる家畜の方がマシじゃねぇか」


 そのとき私は、メイリスさんの握りしめる拳に、爪が食い込んでいくのを見てしまったからであろう。

 彼女の影に隠れながら、それでも口が勝手に動いてしまった。


「それ、違います」

「あん? あんだとてめぇ」


 自分は9歳まで奴隷同然の生活をしてきた。

 けど、エルガさんとビーゼルさんという正しい教育者に出会えたからこそ、ここまで変わることができたのだ。

 問題は奴隷や平民であるかじゃなくて環境の方だ。


「わ、私は確かに、き、貴族じゃありませんが、ま、魔物になんて、負けたりは、しません」

「ほぉ」


 グレドさんが剣の柄に手をかけていく。


「んじゃあここで試してみるか」

「やめな――」


「こらー! 何をしているー!」


 騒ぎを聞きつけた教師がこちらへと走り寄って来た。

 第一次試験と同様、この建物内における戦闘行為は禁止されているし、そもそも第二次試験では受験生同士での戦闘が許可されていない。

 そのため、私たちは教師から軽いお説教を受けることとなった。

 グレドさんからずっと睨まれ続けながら。


 *


 第二次試験が終わりを迎え、残ったメンバーは100名ほどであろうか。


「勇者学園は毎年だいたい50名ほどを入学させているわ。第三次試験ではこの中の半分に残れれば合格ね」

「そうなんですね。私そういった情報にはだいぶ疎くて……」


 というか入学試験の日程もだいぶ怪しかった。

 メイリスさんと同行していなかったら、ミストカーナについたころには試験が終わっていたかもしれない。


「しかし、ちょっとミュリナのことを見直したわ」

「え? えっと、何がでしょうか」

「まさかグレドに反論するなんて思ってなかったもの。あなたいっつも他人にびくびくしてるのに、意外と度胸あるのね」

「うぅぅ、そ、それは、その、何というか。か、体が勝手に動いたっていうか……」

「そんなにうつむかないで」


 そう言って、私の肩を抱いてい来る。


「すごいことよっ! 強きに立ち向かうのは誰でもできることじゃないのわ。勇者に一番必要な要素ねっ」


 そう言ってもらえると悪い気はしない。


「あれ、ちょっと待って下さい、グレドさんってそんなに強いんですか?」

「当たり前でしょう。彼、殲滅のグレドって呼ばれているの。間違いなく勇者一行の候補って言われているわ」



 そんな会話をしていたら、試験官が台座に上がって第三試験の説明を開始する。


「さあ、それではっ! いよいよ最終試験となります。最終試験の内容は――」


 掲示板が掲げられていく。


「決闘! です!」


 その対戦表を見た瞬間、私は背筋が凍ってしまった。

 ちょっと待って、これって――。


「対戦相手と一対一の戦闘をしていただき、その戦闘様相の評価結果より合否を判定いたします。今回も例にもれず死んでしまう可能性がありますので、試験を辞退される方は職員に申し出いただきますよう、よろしくお願いします」


 私の対戦相手。

 グレドさんの視線がちょうどこちらに向いて邪悪に笑って来た。

 まるで、さっきの決着をこの決闘でつけようと言わんばかりに。

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