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視点が変わります。



 梅雨が明けた途端、急激に暑さが増した。そろそろ衣替えをするべきだろうと思った俺は、普段夏服を仕舞ってある押入れの扉を開けた。


 するとそこは押入れの中ではなかった。


「……はあ?」


 間の抜けた声をあげた俺は、茫然として目の間に現れた光景を見つめた。すぐ目の前には薄暗い空間、そしてその少し奥には妙に薄気味悪い和室が見えた。


「……何だこれ? 幻覚か?」


 俺は一度きつく目を瞑り、そして数秒待ってから開いた。しかし目の前の光景は変わらない。


「おいおい……。これが異世界へと通じる扉……じゃないよな。どう見てもホラーだよな、あの和室は」


 ジーという電気の音と薄暗い黄味がかった部屋の色彩。そこで過去殺人事件が起きたと言われても、妙に納得できるほどのその異様な雰囲気。


 これが心霊現象というやつだろうか。しかし部屋ごと何処かへ繋げる奴とかヤバそうな気配しかしない。


 目の前の現象が心霊現象と認識しておきながらもなぜ俺がこんなに冷静なのかといえば、こういうことに詳しい、というよりもこういうことが好きな兄がいるからだ。


「……兄貴に聞いてみるか?」


 高校でサッカー部に入っている兄貴は早朝から朝練に勤しみ、授業が終わったあとは夜まで部活に精を出している。その合間にホラーを供給しているのだ。そして仕入れた情報を勝手に俺に横流ししてくる。


 一度は兄貴が帰ってくるのを待とうと思っていたが、好奇心に負けた。普段兄貴からこういった心霊系に関することを聞いていた弊害だろう。心霊現象などこれまで一度も体験したことがなかったため、このチャンスを逃してはならないという変なスイッチが入ってしまった。


 兄貴が戻るまでこのままあの和室に繋がっているかどうかはわからない。ならばここはひとつ俺が部屋に入って確認してこようではないか。


 何を確認すればいいのかはわからなかったが、とりあえずあの部屋に足を踏み入れてみれば何かわかるだろうと、俺は括らなくていい腹を括った。


(……確か、別の空間に繋がったときは今いる空間と切り離されないようにしなくちゃ駄目なんだったか?)


 かなりあやふやだったが以前兄貴から聞いたことを思い出した俺は、扉に何か噛ませるためのものを探した。ドアストッパーがあれば一番良かったが、普段部屋の扉を開きっぱなしにすることなどないため持っていない。何か変わりのものを探さなくては。


 俺は床に積んであった漫画の週刊誌を手に取り扉に噛ませた。そして念のため扉を挟んだ両側にも何冊か雑誌を詰んでおく。


「……これで良し」


 和室自体は明るいため問題ない。あとはこのすぐ先にある薄暗闇だったが、さらに大きく開けた扉から差し込む部屋からの明かりで照らされたそこは、踊り場と階段だということがわかった。


「なんで階段だよ……。怪談とかけてんのか?」


 普段は言わないようなくだらない冗談が抵抗もなく口から出たことで、自分で思っているよりも結構動揺しているのかもしれないと思った。しかも扉を開けてすぐの和室ではなく、踊り場と階段と言うワンクッションがあるのは本当に謎だ。


 だがホラーに理由を求めてはいけないとは、常々兄貴に言われていることだ。多分その通りなのだろうと思った俺は、それ以上踊り場と階段について考えるのは止めた。


 両脇の薄暗闇に何も潜んでいないことを確認した俺は、階段を下りていく。段数は少なく、すぐに和室へと辿り着いた。


「なんか……半地下みたいだな」


 地面より少し低い位置にある部屋は、空気がひんやりとしていた。ジーと鳴る電球の下を些か緊張しながら通り抜ける。天井が低いのでかなりの圧迫感がある。向かって右側には天井すれすれの高い位置に小さな窓があったが、外の景色は暗くて見えなかった。

 部屋の反対側に辿り着くと、入口から見た時はただの暗闇にしか見えなかったがまた同じような階段と、そして扉があった。


「また扉かよ……」


 今度はどこに繋がっているのだろう。


 この扉を開けたら今度こそ異界が広がっているかもしれない。だが何かがあるならまだいい。何もない空間だった時の方が恐ろしく思えた。


 開けるか否か。


 一応自分に問いかけてはみたが、あまり迷うことはなかった。目の前に扉があるならば開けない手はない。俺は後ろをちらりと振り返った。自室へと続く扉は閉まっていない。部屋から漏れる光がちゃんと見えている。


 何かあれば部屋に逃げ込めばいい。


 心の決まった俺は階段を上がり、踊り場に立つ。そして目の前にある扉を開けようとして、ふと立ち止まった。


 和室には誰もいなかったが、今度もそうとは限らない。中にいる奴にいきなり引き込まれたら困るので、俺は扉から距離を取り、なおかつ身体を扉で隠しながら、慎重に、時間をかけて扉を開けた。


 ギイイという音を立てて開いた扉の向こうには―――














 どう見ても女の子の部屋と思しき光景が広がっていた。






「……あれ?」



 俺は想像もしていなかった事態に動揺した。今俺が見ている部屋はどうみても年頃の女子の部屋だ。暖色系で纏められた部屋の配色。ぬいぐるみの置かれたベッドの上は少しだけ乱れていて、毛布が床に落ちている。そのことが何だか妙に現実的で気恥しいなどと場違いなことを思った。


 そして俺は部屋の隅に扉を背にして立つ、一人の女の子を見つけた。誰かがいるかもしれないとは思っていたが、それがまさか女の子だとは思わなかった俺は間抜けなことを口走っていた。


「え? ひとん家?」


「え?」と、俺の言葉に応えて、女の子が喋った。しかしそれきり固まっている。そこで俺はようやく、女の子にとっての俺はただの不審者であることに気が付いた。


「す、すみません俺! まさかひとん家に続いているだなんて思わなくて!」

「いや……ひとの家に決まっているでしょう?」と女の子が眉を顰める。


 自分でも馬鹿なことを言っている自覚はあるが、先ほど言った言葉には嘘も誤魔化しもない。本当に誰かが住んでいる部屋に繋がるとは思っていなかったのだ。


「ええ? いえ、でも……どうやって繋がっているのか全然わかんなくて」

「繋がっている?」

「えっと……俺家の中からここまで一歩も外に出てないんですが……」

「え?」

「俺んちが他人の家に繋がっているなんて、ありえないし」


 俺の家は別に二世帯住宅ではない。隣の家ともちゃんと距離がある。そもそも隣の家にはこんなかわいい子は住んでいない。こちら側とは反対側の隣は空き家なのでまだ可能性はあったが、俺の押し入れ側の方向に住んでいるのは仲の良い老夫婦だけだ。


「は?」


 それでもまだ女の子は訝しげだったが、気持ちはわかる。


「……ああ、見て貰った方が早いかも?」

 

 俺は女の子に扉の内側を見るよう促した。女の子は一瞬躊躇ったようだけれど、結局は恐る恐るこちらに近づき、扉の中を覗き込んだ。


 女の子はじっと扉の奥を見つめていたが、俺は一緒に部屋の中を見ることはせずにずっと女の子の横顔を見ていた。遠目で見ていた時から思っていたけれど、この女の子はかなり可愛い。落ち着いた雰囲気は俺よりちょっと年上に見えるけれど、むしろ綺麗なお姉さんは大好きだから問題ない。


 背中まで伸びている艶々サラサラの柔らかそうな髪。潤んでキラキラと輝く瞳が綺麗で見惚れてしまう。もしかしたら潤んでいるのは涙ぐんでいるせいかもしれない。脅かしてしまって、ちょっと申し訳ないなと思う。

 顔の造りも全体的にこぢんまりとしていて、整っているし、スタイルも良い。今まで見た誰よりも可愛いと思った。


「え……部屋……がある?」


 女の子に見蕩れていた俺の耳に、女の子の囁き声が届いた。


「はい。あっ。でも今見えているあの部屋は俺の部屋じゃありませんよ?」


 あんな不気味な部屋が俺の部屋だとは思われたくはない。


「え? どういうこと?」

「詳しく言うとですね……俺は自分の部屋の押し入れの扉を開けたつもりだったんですけど……開けたら階段の下にあの部屋がありまして……。ちょっと、俺も最初は気が動転してたんですけど、好奇心が勝ったというか。んで、入ってみたらまた扉があったんで開けてみたんですよ。そしたら……ねえ」


 俺だって、まさかあなたの部屋に出るとは思わなかったんですよ、という意味を込めて言ってみる。すると女の子は急に眉をキッと吊り上げた。何故か怒ったみたいだ。でもそんな顔も可愛い。


「……入っちゃ駄目でしょ!」 

「ええ⁉」

「そんなわけわかんない扉の中! 帰れなくなったらどうするつもりだったの!」

「え? 帰れないんすか、俺」


 多分帰れるとは思うけれど、他人に言われると急に不安になってくる。


「わかんないけど!」


 女の子にもはっきりとはわからないらしい。やけに堂々と言ったから帰れないと知っているのかと思った。


「ええ~、ヤバいな。帰れるかな」


 扉を開けて来たから大丈夫だとは思う。けれどもし閉まっていたらアウトかもしれない。完全に元いた場所の空間とは断絶されたことになる。

 けれど見た限りではこの女の子は普通の人間に見えるので、もしかしたらここから俺の家まで普通に帰れるのかもしれない、とも思っていた。徒歩で帰れるかどうかはまた別だけれど。


「わかんないけど今すぐ帰んなよ!」

「ええ、でも……」

「ほら、閉めるよ!」


 いきなり扉を閉めようとする女の子に俺は慌てる。閉めるのは向こうの扉が開いているか確認してからでなければ。この扉も閉められて向こうの扉も閉まっていたら、さすがにまずい気がする。


「いや、まだ閉めないでくださいよ! せめて俺が向こう側行って扉の向こう戻れるか確認するまで開けといてください! ここから見えるから」


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