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 私はベッドから降り、もう一度あの和室へと続いているはずの扉の前に立った。そしてドアノブに手をかける。一度深呼吸をしてからノブを回し、ゆっくりと扉を開いた。


 開けた先には、やっぱりあの和室が待っていた。


「消えてない……か」


 落胆した私は大きく溜息を吐き、また扉を閉めた。


 諦めたわけではない。中に入っていくのに一応の装備をしておこうと思ったのだ。あの男の子は無事に横断していたけれど、私の時も同じように行くとは限らない。

 私は机の脇にかけてあった懐中電灯を手に持った。今は夜だから、出た先の部屋が暗いかもしれないと思ったのだ。あとは――。


(そうだ! 忘れるところだった)


 あの男の子は自分の扉が閉まり切ってしまわないよう部屋の扉の前に何かを置いていた。あの男の子が自分の部屋に戻れたのはああやって扉が開いていることで和室がずっと元の部屋に繋がっていたからという可能性もある。


 私は本棚から重たい辞書を数冊取り出した。とても重たい国語辞典やら英語辞典やら、普段滅多に使うことはないけれど、意外なところで役に立ちそうだった。


 そして机に置いてあった携帯電話を手に取り、しばし眺める。


(携帯どうしよう……もし落としたら嫌だし……でも連絡手段になるかもだし)


 あの和室の中で携帯電話が使えるのかどうかは怪しかったけれど、あの部屋は渡るだけ、長居をするつもりは端からない。

 私は心の安寧のために携帯を持っていくことを選んだ。懐中電灯を手に持ち、小さなポシェットに携帯とお財布、そしておやつとして買ってあったチョコレートを入れる。


 これでもし出た先の部屋がどこか遠くだったとしても、同じ世界なら家に連絡できる。


 大真面目に「同じ世界なら」などと考えている自分に笑いがこみ上げてきた。しかしこんな非現実的なことが起っている以上、扉の向こうは別世界ということも大いにあり得るのではないかと私は思っていたのだ。


 あの男の子はどう見ても日本人だったし同じ言葉を喋っていたけれど、でも今度出た先はたとえ別世界ではなくとも別の国ということも考えられる。


 一瞬英語の辞書は持っていこうかと思ったけれど、さすがにそれはいらぬ心配だと考え直す。第一英語が通じる国じゃなかったら意味もない。とにかくまずはこの閉ざされた空間から脱出することだけに集中すればいいのだ。


 私は何度か深呼吸をしてからドアノブに手をかけた。そして今度は気合を入れて勢いよく扉を開く。眼前に現れた暗い踊り場と階段。そしてその先にある和室。やはりジーという電気音しか聞こえない。いや、何か音が聞こえるということが、あの部屋があそこに存在している証なのかも知れないとも思う。


 薄暗い。というより、やっぱりなんだか雰囲気が怖い。


 和室は六畳の私の部屋よりちょっと広めだった。天井には小さな白い笠の付いた電球。小さな窓が一窓。部屋全体が薄黄色いというか、薄い黄緑色をしているのは光源が少ないからかもしれない。


 私は用意していた辞書数冊を扉が閉まらないよう扉の内側に重ねて置いた。何かあってもこの扉さえ開いていれば自分の部屋には戻れるのだ。そう思えば、私の心も奮い立った。


 まあ、今の段階ではそれもただの予想だけれど。


 次に私は手に持った懐中電灯を暗い階段に向けた。階段は木製だった。見たところ割れているようなところはなさそうだったけれど、今更ながらに靴を履いていないことが悔やまれる。あの男の子のようにスリッパぐらい部屋でも履いておくべきだった。


 大丈夫。大丈夫。あの子だって無事通ったじゃない。


 そう自分を鼓舞して、私は恐る恐る一歩を踏み出した。片足に全体重がかかると、階段の板がギシリと音を立てて軋んだ。最後の一段になったところで、私は一度足を揃える。ここからは完全に和室へと足を踏み入れることになる。


 畳にそうっと足を乗せれば階段よりも幾分柔らかな感触が足裏に伝わった。


(畳……久しぶりかも)


 私はゆっくりと時間をかけて降りた階段の時とは逆に、足早で畳の上を歩いた。天井が低い。きっと成人男性の身長すれすれの高さだろう。なんだかこのまま天井が落ちて来て潰されるのではないかと錯覚してしまいそうだ。部屋の端まで辿り着いた私は、今度は上りの階段まで勢いよく駆けあがった。


 扉の前の踊り場に立った私は逸る気持ちを抑えて扉を開く。勢いよく開けてしまえば、外にいる相手が誰であっても驚かせてしまうと思ったからだ。


 しかし扉を数センチ開け中を覗いたところで、私はつい先ほど思ったことも忘れて扉を勢いよく開け放った。なぜなら開けた扉の隙間から、あの時男の子の部屋に貼ってあったサッカー選手のポスターが目に入ったからだ。


 しかし開き切った扉の向こうに、あの男の子はいなかった。


 帰れなかったのか。それとも、今は部屋にいないだけなのか。


 私はバッグの中から携帯を取り出し、今の時刻を確認する。現在の時刻は夜の七時半を過ぎている。今の時間なら夕食を食べるために部屋から出ている可能性が高い。最悪なのは、部屋が似ているだけでまったく別の人間の部屋であるという可能性。


 私はサッカーには興味がないから知らないけれど、有名なサッカー選手のポスターなら、部屋に貼っている人はあの男の子だけではないだろう。あの男の子の部屋の中をちゃんと見ていたのはほんの十数秒程度だったから、細部まではっきりとは覚えていなかった。


 それに、誰の部屋であっても部屋の主がいないのに勝手に上がり込むわけにはいかない。


 仕方がないので、私は扉をあけ放ったまま男の子の部屋と階段の踊り場の境に腰を降ろした。ちょうどここから見た正面に扉が見える。きっとあの扉を開いて彼はこの部屋へと入って来るはずだ。


(足がちょっと冷えるな……スカートじゃなくて良かった)


 今の私はジーパンと半袖のブラウス、その上に薄手のカーディガンという格好だ。もう少し暑い時期だったら、きっと私はホットパンツを着用していたことだろう。


 階段下にある和室は何となくだけれど温度が階段上よりも低い気がした。階段の上と下とでは空気に層が出来ているような、そんな感覚。


(まあ、寒さに耐えられないようだったら部屋に戻って着替えてくればいいだけなんだけど……)


 ただ部屋に戻っている間に何かが起きては困る。そう考えた私はこのまま自分の部屋には戻らずここの部屋の住人を待つことにした。


 そのまましばらく三十分くらい扉が開くのを体育座りをしたまま待っていると、ガチャリとドアノブを回す音が聞こえた。私はすぐに扉に顔を向ける。

 期待と不安がない交ぜになった心境で、私は扉をじっと見つめた。両手は自然と祈るような形で組み合わさっていた。


(お願い……どうか、あの彼でありますように……)




 はたして開かれた扉から顔を出したのは―――











―――あの時の男の子ではなかった。


今更ですが、部屋の間取りなどはお気になさらずに……。

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