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私がこちらの世界に来てから、早二か月が経った。
私が元の世界に帰ることは、今のところ絶望的だ。最初の一週間くらいは常あるごとに泣いていたけれど、今では最早諦めつつある。自分でも驚くほど平常心を保てている理由。それは、きっと早瀬家の皆さんが私の心の支えとなってくれているからだろう。
お母様もお父様もお兄さんも太一さんも。いくらあの扉と和室の存在があったからといって、別の世界から来たなんていう人間のことを、信じてくれて、受け入れてくれて、とても大切にしてくれる。
夕食の後片づけを手伝っていた時に、お母様が「実はずっと娘が欲しかったのよ」と、内緒話でもするように話してくれた。
お父様は最初は私に遠慮してくれていたようで接し方がどこかぎこちなかったけれど、二か月経った今では、娘とは言わないまでも姪っ子ぐらいまでには砕けた態度で接してくれるようになった。
太一さんとお兄さんは初めて会った時から変わっていない。太一さんは今も私に敬語だけれどとても優しいし、お兄さんは本当の兄妹のように遠慮なく接してくれる。
柿崎さんはあれ以来ずっと早瀬家に入り浸り。授業があるのでその時だけは東京に帰り、授業が終わるとすぐにまた埼玉に戻って来る。一見あの扉と和室のことしか頭にないように見えるのに、私に会うたびに体調を気遣ってくれて、何か不安なことがあったらすぐに言って欲しいと微笑んでくれるのだ。
こんな感じで思っていたよりも順調な私のこちらでの生活は、けれど問題もあった。同じように見えたこの世界も、実は小さな事が色々と異なっていた。元号や電話番号の違いは知っていたけれど、お金も違った。主に印刷されている人物が。結局私が持っていたお金はこの世界では使えなかったということ。
歴史なんて特にそうだった。太一さんとお兄さんの教科書を見せて貰ったけれど、大まかな流れは同じ(多分)だったけれど聞いたことない歴史上の事件や人物の名前があった。今まで勉強してきたことがすべてパアになってしまったのだ。まあそこまで得意でも覚えてもいなかったから良いんだけれど。
そして何よりも一番の問題は、こっちの世界に私の戸籍がないということだった。
一応柿崎さんとお父様は探偵に頼んだり何だりして一か月の間私の伝えた情報と唯一無事だった一枚の家族写真を元に色々調べてくれたらしいのだけれど、やっぱり私と私の家族という存在をこの世界で確認することは出来なかったそうだ。
柿崎さんはこの世界が私のいた世界の並行世界なら、この世界のどこかに私とは別の私がいる可能性は残っていると言っている。ただし名前だけではなく姿も全く違うかもしれないと言われれば探す気も失せるというものだ。私がそうなら、きっと家族もそうなのだろうから。会ってみたい気もするけれど、会ってがっかりするのは怖い。
それにドッペルゲンガー問題を考えると、もし探し出せたとしても会っても良いのか迷うところだ。全く同じ私ではないなら会っても問題はないのかもしれない。けれど、やっぱりどんな顔をして良いのか分からないし、家族と一緒で羨ましいなと嫉んでしまいそうだ。
とにかく、まずは私のこの世界での戸籍を作ることが急務だった。
そこで皆で話しあった結果、やはりあの扉と和室の存在を国に知らせようということになった。国がバックについてくれれば、私のこの世界での戸籍もスムーズに取得することが出来るだろうと考えたからだ。
とはいえ、国も私たちの言い分を鵜呑みにするわけにはいかないらしい。それはそうだ。私が――私たちが扉や和室の現象に乗じて嘘を吐いている可能性だってあるのだから。だから国の方でもまずは柿崎さんやお父様と同じく私という存在が本当にこの世界にいないのかどうかを徹底的に調べたらしい。素人が調べるよりも国が調べる方が確実かつ迅速だ。けれど、結果は同じだった。
結果、二か月経った現在、新しく戸籍を取得した私は柿崎さんの養女になっている。
最初は早瀬家で迎え入れてくれるという話も出たのだけれど、お父様と柿崎さんが話し合った結果、経済的なことを考えれば柿崎さんに任せた方が良いと言うことになったらしい。しかしそれについてはお兄さんが意味ありげに笑っていたので、もしかしたら別の思惑があったのかもしれない。――実はやっぱりお父様が私のことを怖がっているとか。
そうだとしたらちょっとへこむなあ、なんて思っていたら――。嬉しいことに、本当に嬉しいことに、早瀬家の皆さんは私に戸籍上は他人でも自分たちのことは家族と思って欲しいと言ってくれたのだ。もちろんお父様も。私は本当に人に恵まれている。
私にしてみれば早瀬家にこれ以上の負担を掛けなくて済んだという思いと、やっぱりちょっと寂しいという思いと、柿崎さんに申し訳ないという思いがごちゃ混ぜになって何とも複雑な気分だった。
けれど当の柿崎さんはといえば、自分はずっと研究馬鹿たったために独身だし、余計なお金を使わず貯金もあるから私一人養うくらいはお安い御用だと言って笑っていた。国の研究チームから外されなかったことも私の養父となったことが多少は関係しているだろうとのことなので、むしろ柿崎さんとしては有難く何も問題はないとのこと。
なぜ私の養父であることが関係しているのかといえば、まあ、この世界にとっては、私はいわゆる異世界人ということになるからだ。私もしばらくの間は月一の健康診断を受けることになっているし、国による聞き取り調査にも意欲的に協力している。少しでも研究の――そして柿崎さんの役に立てるように。
柿崎さんの養女となった私だけれど、実は今もまだ早瀬家でご厄介になっている。新しい家にまだ引っ越すことが出来ないからだ。
柿崎さんは東京に住んでいるので、柿崎さんの養女となった私は本来なら東京で暮らすのが普通なのかもしれない。けれどこの世界で最初にお世話になった早瀬家のいる埼玉で暮らした方が私の精神衛生上良いだろうということになり、こっちで物件を探すことになったのだ。そして探し始めて早々に、かなり良い物件が見つかった。
私(と柿崎さん)の住む予定のその家は、実は早瀬家の目と鼻の先。なんとお隣さんだった。早瀬家の右隣は仲の良い老夫婦が住んでいる。けれど、その反対側の家は空き家だった。その空き家の主に連絡を取り、格安で借りることが出来たのだ。
あと一週間ほどで完全に手続きが終わるため、そうなれば私は隣に引っ越すことになる。でも早瀬家のすぐ隣なので寂しくはない。本当に良い家が見つかって良かった。
あとは――。
そう。学校。
高校入学から半年もたたない内にこっちの世界へ来てしまった私は、こちらの高校へ通えることになった。戸籍を取得してからすぐに編入手続きをして、今はお兄さんと同じ高校に通っている。
向こうでやっていた授業とこちらの授業の内容には歴史以外大した差がなかったのは幸いだった。友達の誰もいない高校だったけれど、お兄さんがいてくれるからすごく心強い。お兄さんが現在三年生なので、私と一緒に高校に通えるのはあと半年とちょっとだけれど、まあそれは仕方ない。
お兄さんが三年生だったのは納得だけれど、太一さんが中学二年生だったことには驚いた。私より年下だろうとは思っていたけれど、せいぜい一歳違い、三年生くらいだと思っていたのだ。中学二年生って聞くと随分と私とは開きがあるように感じる。だって太一さんが高校に入学してくるのは私が三年生の時だ。
それでも、たった一年間だけれど、一緒の高校生活を送れることが今から楽しみでしかたない。まあ、今は一緒に暮らしているし、引っ越したあともお隣さんなのでいつでも会えるんだけれど。
太一さんは勉強が得意らしくて、私の編入試験の勉強も、お兄さんと一緒に見てくれた。中学二年生なのに高校の勉強が解るって純粋にすごいなと思う。お兄さんも「太一は昔から勉強出来たよな」と言いながら、私の勉強を見がてら、自分の大学受験の勉強を頑張っていた。
小学生の頃からやっているというサッカーの部活を引退したお兄さんは、今は受験勉強に精を出している。それはお父様もお母様も太一さんも驚くくらいの集中ぶりだった。時々柿崎さんを捕まえて何か聞いているので、もしかしたら理系の大学を目指しているのかもしれない。
そういえば先月、お兄さんの実質の引退試合を皆と一緒に応援に行った。
一生懸命皆で応援したけれど、残念ながらお兄さんの高校(今は私の高校でもある)は予選敗退してしまった。試合が終わったあとのお兄さんはちょっとだけ寂しそうで、でもそれ以上にとても晴れ晴れとした表情をしていた。
その日は残念会、そして三年間部活お疲れ会と称して、早瀬家の皆と一緒に焼肉を食べに行った。柿崎さんも一緒だった。
まるで向こうにいる本物の家族と一緒に過ごしているかのような、温かくて、どこか懐かしい時間だった。私は家族を失ったけれど、きっとこちらで新たな家族を得ることが出来たということだろう。
本当に二人に会えて良かったなと思っている。早瀬家の皆さんに会えて良かったって。ついでに柿崎さんにも。
大丈夫。私はきっと、こっちの世界でも上手くやっていける。
それに――柿崎さんの研究如何によっては、いつかまた向こうの家族にも会えるかもしれないのだ。希望はまだ残っている。
それがいつになるのかは分からない。けれどそれまでは精一杯、こっちの世界で幸せになる。それが私の今のところの、そして最大の目標だ。




