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彷徨うセカイとあなたと私  作者: 星河雷雨


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「……それじゃあ、ミノリさんの部屋からだけ外に出られなくなったことや、窓の外が亜空間だったのってどうしてですか?」


 太一さんの疑問に柿崎さんが「それは引っ掛かっていた和室の角度……接触していた範囲が変わったからじゃない?」と答えた。


「太一君がミノリさんの世界から持って帰ったキーホルダーが作用しているのかもしれないね。太一君の言う通り、あの扉は何もない空間にも出現する。最初はミノリさんの部屋に、次にこの部屋に現れている。あれってあの和室の位置がズレたか、接触している亜空間の範囲に変化があったから、お互いの部屋に繋がる位置も変わったんじゃないかな。それに、君たちはミノリさんの部屋の窓の外だけって言うけど……君たちは最初に扉が押入れに繋がったときには窓の外を見ていないんだろ? もしその時見ていたら窓の外はミノリさんの部屋と同じようになっていたかもしれないよ?」


 柿崎さんの言葉を聞いた太一さんは納得したような表情をして、お兄さんは「なるほどな」なんて感心している。


「てーかさ。あの和室って結局なんなんだよ。投影って言ってたけど、ようするに元があんだろ?」


 お兄さんに質問された柿崎さんは、ちょっと考えたあとに「それはー……いや、さすがにわかんない」と言った。お兄さんがガクリと肩を落としている。


「もしかしたら、僕達と同じように上の次元の人たちもあの和室のことを解明したくて、僕たちの次元に投影したのかもしれないよ。だからあの和室自体には特別な意図も意思もなくただ検証されるために彷徨っていただけであって、そしてミノリさんの世界とこっちの世界の間に引っ掛かり、さらにはお互いの部屋の扉を開けっぱなしにしたことによって両方の世界に引っ張られて空間が固定され、ここ以外の何処にも行けなくなってしまった。今のところの僕の見解はそれかな。それだってさんざん言っているようにただの僕の見解であって、真実じゃない」


「――……それに、そもそも世界中で起こっている怪異や心霊現象の数々って、実は異なる次元同士が接触したことによって起こる現象なのかもしれないって僕は思ってるんだよ」


 ちょっとだけ言い淀んだ柿崎さんの言葉に、お兄さんが「どういうことだ?」と反応した。


「幽霊ってようするに魂だろ? でも生きている人間は魂を見ることは出来ない――まあ、たまに見ることが出来る人間もいるけど、普通は見れない。それって魂が存在している次元が身体が存在している次元とは別だからじゃないのかと思ってさ。異界に行っちゃうお伽噺とか、神隠しとかも、別の次元――とか世界に行ってしまっただけなんじゃないかと思うんだ」

 

「浦島太郎とかか?」と、急に話題を変えてきた柿崎さんに、お兄さんが言った。


「そう。古来より現世とは異なる世界――異界という存在があることは認識されてきただろ? 黄泉にイザナミを連れ戻しに行くイザナギや、竜宮城へ行く浦島太郎などの異郷訪問譚がその例だね。あるいは、神隠し。神隠しにあった子どもや浦島太郎が行った世界こそが異界であるとするならば、昔から異界への扉は――まあこの場合の扉は単なる象徴だけど、存在していたということになる。それを物語という形にして残した人間がいたんじゃない?」


 それだけ一気に話した柿崎さんは、「さてと」と言って改めて私たちに向き直った。


「僕の言説はこれくらいだけど……まだ疑問はある?」


 柿崎さんがそう言うと「ああ、あと――」とお兄さんが挙手をした。何だか教師に質問する生徒みたいだ。


「引っ掛かったにしてもさ、なんで扉なんだ? あの和室が二つの世界の間に引っ掛かったんだとしても、元からある扉に繋がる時と、本来は扉がない場所に現れる時、違いはなんだよ。亜空間と接触した範囲云々じゃなくてさ、さっき象徴とは言ってたけどこっちはまんま扉だろ? なんで扉なのかって話。そもそも和室に西洋風の扉ってこと自体おかしいしな」


「和室に洋風の扉がおかしいなんて、僕たちの次元だけの常識かもしれないよ? あの和室が元は別の世界に付属していたものだというのなら、和室に洋風の扉をつけてもおかしくない世界なのかもしれないし、そもそも別の場所に繋がるというイメージの象徴が扉だっただけで、実際あの場所にああいった扉があったかどうかも怪しいよ。単に別の空間同士が接した面に僕達が勝手なイメージとして扉の姿を見ただけなのかもしれない。それに、あの和室が真実半地下で、太一君の言う通り誰かを閉じ込めていたのだとしたら、扉なんてあったとしても君の言う通りせいぜいどちらか一方でしょ。でも窓の外の景色が窓を開ける人の心象風景だったというのなら、扉もそうなんじゃないかな? こっち側とあっち側の扉両方とも本当は扉じゃないって可能性もあるよ。あるいはどちらかかな? あの位置なら納戸って可能性もあるかもね」


「閉じ込めててもそこで生活しているなら、さすがに押入れ無きゃ困るじゃない」と笑う柿崎さんに私も太一さんも言葉を失う。押入れ云々は冗談だとしても、確かに私の部屋に現れた扉と太一さんの部屋に現れた扉が、まったく同じものだと断言することは出来ない。そこまで詳細に観察していないし、お互いに特徴を言い合ったりもしていない。


 それに確かに柿崎さんの言う通り、別の世界へ行き来する入り口の象徴としては、扉はイメージにぴったりだ。


「じゃあ、もしかしてあの和室も真実の姿はまったく別って可能性もあんのか?」


 もし見えている扉が人それぞれなのだとしたら、和室も、ということだろうか。和室ということで意見は一致しているけれど、こちらも全く同じものを見ているとは断言できない。


 でも柿崎さんはそうではないと言う。


「あの和室の姿は変わらないはずだよ。僕たちの意見だって薄気味悪い和室で一致しているだろう? 全員が全員頭の中で想像している部屋の内観が一致することはほぼないだろうからね。あれがもし投影だとして、落としこんだ次元によって多少見た目は変化するだろうけれど、投影するものの姿そのものを変えたら意味ないだろうし。それに……あの和室こそ、あの部屋の住人の心象風景そのものなんじゃないのかな」


 柿崎さんの言葉を借りるとすれば、誰かがあの和室をこの次元に投影したのだとして、やっぱり元となった部屋はきっとあるだろう。誰かが住んでいた部屋。本物ではないけれど、本物を模した部屋。ちょうど今の私の部屋みたいに。


 もしかしたら……元の住人の意思さえすでに存在しない中、あの和室はかつての住人の想いをだけを投影して亜空間を彷徨っていたのかもしれない。世界と世界の間を旅していたのかもしれない。でも、そうだとしたらちょっと哀れだ。


 部屋に哀れだなんておかしな感情かもしれないし、表現かもしれないけれど。それでも、なんだかもの悲しさを感じてしまう。


 解明したいような、それでいてしてしまうのは恐ろしいような(そしてちょっと野暮のような)、複雑な気分だ。けれどどちらにしろ、今は柿崎さんの言う通り放っておくしかないのだろう。


「結局ホラーな結末じゃないか! お前科学者だろうが!」


 お父様が「適当だな」と言って、胡乱な目つきで柿崎さんを見つめているけれど、そこまでホラーではないような気がする。むしろちょっと悲しい。そしてそんなお父様に対して、「科学だってこの世のすべてを解き明かせるわけじゃないんだよ?」と柿崎さんが答えた。


「まあ、それでも……いつかは解明できると良いよね」


 そう言った柿崎さんの視線は扉に注がれていた。その視線を追って、私も扉をじっと見つめる。


――そう。いつかは。


 今は無理かもしれない。数十年後でも無理かもしれない。でも百年後なら。数百年後なら。今の常識は覆され、全く新しい常識が生まれているかもしれない。


 だから今は、この現象を放っておくしかないのだろう。


 お父様の「いつまでもここにいても仕方ない」という言葉に全員が頷き、各々座っていた場所から立ち上がる。


 柿崎さんはこれからすぐに東京へと帰り、これからのことを大学に相談するらしい。明日もう一度、今度は他の人間も一緒に来るけど良いかとお父様に確認を取っている。お母様は「夕飯の支度しなきゃ」と実に現実的なことを呟き、そんなお母様にお兄さんが「から揚げ食いたい」なんてリクエストをしていた。


「行きましょう、ミノリさん」


 太一さんに促され部屋から出るべく移動しはじめた私は、部屋から出る直前もう一度扉を振り返った。


 この扉から離れるのが、何となく名残惜しい。


 そんな風に感じている自分の気持ちを、とても不思議に思う。――ううん。不思議ではないのかもしれない。だってあの扉と和室の向こうには、生まれてからこれまで私が生きて来た世界が広がっているのだ。


――それでも。


 若干後ろ髪を引かれつつも、いつかあの謎を解明できることを祈り私は開かずの間を後にした。


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