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彷徨うセカイとあなたと私  作者: 星河雷雨


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 父さんの学生時代の悪友だったという柿崎さんと兄貴と一緒に、俺は再びあの部屋へと入った。幸いなことにあの化け物の姿はない。ほっとした俺は兄貴と顔を見合わせた。


「本当、気持ち悪いねここ」


 そうは言いながらも柿崎さんは和室の至る所を観察している。よくそんな気になれるなと思う。俺たちは気持ち悪さが先に立ってあまりこの部屋の観察をしなかった。けれど柿崎さんはこの部屋のことを解明するために呼ばれたのだから部屋をよく観察するのは当然なのかもしれない。


 感嘆の声をあげながら部屋を見て回っている柿崎さんに、俺は声をかける。


「あの……ここって、もしかして半地下じゃないですかね?」


 俺がそう言うと、「半地下?」と兄貴が反応した。柿崎さんはというと、「ああ、なるほど……」と感心したように頷いている。


「半地下ってさ、今作っている家って多分少ないよな」

「……そうだな。まあ、なんとなく古い部屋なんだろうなとは思ってたけどな。でもそれがどうした?」

「ここの住人って、……もしかしたらここに閉じ込められてたんじゃないかなって思って」


 俺の言葉に兄貴が息を飲み、「開かずの間……」と小さく呟いた。


「今そんなことしたら虐待だけど……いや、昔だって虐待だけどさ。あの半地下だったら、見られたくない人間を隠すのに丁度良いんだろうなって、思ってさ……」


 だから閉じ込めるのだろうかと思ったのだ。部屋にやって来た人間を、仲間にするためか、あるいは同じ目に合わせるためか、どちらかは分からないけれど。


「そういや、江戸時代辺りまでは、半地下も結構普通に使われてたって何かで読んだことがあるな。でもあんな整った和室じゃなくて、石積みとか、ただの土に穴を掘ったものとか、あるいは既存のものを保存室に利用しただけってあったけどな」


 兄貴がそう言えば、柿崎さんが「この部屋江戸時代ほど古くはないと思うよ?」と言った。確かに古い部屋だなとは思ったが、一見してこの部屋を江戸時代の部屋とは俺も思わなかった。どちらかといえば、昭和っぽいなとは思っていたが。


 柿崎さんは少し上の位置に作られた窓を見つめている。俺は一瞬、またあいつが現れたんじゃないかと思って身構えたが、そうではなかった。


「あのガラス窓。はっきりとはわからないけど、あれ大正時代くらいじゃない? ガラスが歪んでるだろ? 昔のガラスってああやって歪んでるんだよね。ま、昭和のガラスも歪んでいるし僕の感覚で言っているだけだけどさ。窓枠の感じも何となく和風だけどモダンぽく無い?」


 そう言われればなるほどと思う。けれど、どのみち時代がいつであろうと他人の家は小さな異界なんだなとも、俺は思っていた。扉の向こう側でそこの住人が何をしているかなんて、外の人間には分からないのだから。



 先へ進もうという柿崎さんに続いて、俺たちは階段を上り、扉の前に立った。扉は全開ではないが半分ほど開けられている。少しだけミノリさんの部屋の中が見えていた。


「この扉の向こう側が別の世界の人間……ミノリさんの部屋に繋がるわけだね?」

「そうです」

「ん~」


 柿崎さんが首を傾げながらドアノブを掴む。「信じられませんか」と俺が聞くと、「いいや」と柿崎さんが答えた。


「まあ、すでに空中の筈の場所にこの和室があるんだから疑いはしないけどさ……それにもう部屋の中半分見えてるし。ただ……どういう仕組みなのかなと考えてた」


 それはきっとこの部屋に入った誰もが考えることだろう。


「この扉が半分開いているのは、こっちの部屋と君たちの部屋、両方の扉を閉めたら繋がりが切れちゃうから、ってことだったよね」

「はい」

「ふうん」


 柿崎さんがゆっくりと扉を開ける。すると扉の向こうには今朝見たばかりのミノリさんの部屋があった。


「……まだあったな」


 俺は兄貴の言葉に頷く。また来られて嬉しいけれど、いつまでもここに取り残されている主のいない部屋が何だか哀れだ。


「うわあ。女の子の部屋だね」


 柿崎さんがおやじ臭いことを言っている間、俺と兄貴はあいつを警戒していた。だがどうやら部屋の中にあいつが潜んでいる形跡はない。和室にもいなかったことだし、もしかしたらあいつは部屋の中には入れないのかもしれない。


「窓開けたら化け物がいたんだって?」


 柿崎さんが窓際にいるのを発見した俺は慌てた。


「開けないでくださいよ⁉」」

「でも君たちの話だと、その化け物が現れる前は、窓を開けたら今見えている風景とはまったく別の風景が見えたんだろ? それも窓を開けた人間の心象風景に深く関わっているだろうものが」

「ただの憶測ですが……」

「いや、多分そうだと思うよ」


 柿崎さんは「僕の心象風景見てみたかったな」とぼやいている。この状況を楽しんでいるのではないだろうか、この人は。


「おい、太一。ミノリンの服持ってくぞ」


 兄貴に言われてミノリさんとの約束を思い出した俺は、箪笥の引き出しを開けようとしている兄貴の傍に寄った。

 

 まずは一段目を開けた俺たちはすぐに引き出しを閉めた。下着が入っていたからだ。


「……二段目行くぞ」

「……おう」


 兄貴の顔色は変わっていないが、いつになく真面目な表情をしている。ちなみに俺は真っ赤だろう。


 俺たちが三段目、四段目と引き出しを開けて行き、持って来た袋に詰め込めるだけの服を入れている間、柿崎さんはミノリさんの部屋をあの和室のように観察していた。事前にミノリさんの許可はとっていたので問題はないはずだったが、見るからに不審者だ。ミノリさんの部屋にいきなり現れた俺が言えたことではないのだが。


「へー、こっちの元号は令和っていうんだ」


 柿崎さんは母さんが見たという卓上カレンダーを見つめていた。そして次に机の上に重ねてあった教科書を一冊手に取り、パラパラと頁を捲りながら「……ふうん」と声を漏らし何やら真剣な表情で見つめている。


 教科書をパタンと閉じた柿崎さんは、机の上に乗っていた他の教科書類をすべて手に持った。確かに教科書は公式なものなので向こうとの違いがよく分かるだろう。


「柿崎さん。こっちは終わりました」


 俺が声をかけると柿崎さんは「了解。こっちももういいよ」と言って俺たちと合流した。「何かわかりましたか」と聞くと、「そんなすぐにはわからないよ」と肩を竦める。まあ、初見でわかるほどの異常がこの部屋の中にあるとは思えないので仕方ないだろう。柿崎さんは別に霊能力者というわけではないのだから。


 扉に向かう途中、俺はベッドの上に本が開いたままうつぶせて置いてあるのに気が付いた。俺が最初にミノリさんの部屋に出た時、ミノリさんは扉を背にしていた。きっと逃げる準備をしていたのだろう。けれどそれまではもしかしたらベッドの上でこの本を読んでいたのかもしれない。そう思った俺はその本を持っていくことにした。


 部屋から出る直前、俺はミノリさんの部屋を振り返った。ここは俺とミノリさんがはじめて会った部屋だ。そしてミノリさんにとっては、きっと長い間生活をしていただろう、己の城でもある。


 温かみのある優しい色合いで纏められた部屋を見渡し、どうか、もう一度ミノリさんがここに安心して戻って来られますようにと、俺は祈った。

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