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 扉を塞ぐと言ったお父様を止めたのは太一さんだった。


「何でだ! もしあいつが扉を開けてやってきたらどうするんだ!」

「両方の部屋の扉を閉めたら、この部屋からも出られなくなるかもしれないんだよ」


 太一さんがそう言うと、お父様は黙ってしまった。


 かなり荒唐無稽な話だとは思うけれど、あんなものを見てしまったあとだから信じるほかはないのだろう。


 私の部屋に出現した扉が消えたのは、両方の部屋の扉を閉めたから――というのが今のところの私たちの見解だった。太一さんは私の部屋から出る時にお兄さんに扉を閉めるなと言っていた。だから向こうの扉は開いたまま。

 でも何かでちゃんと固定してきたわけではなく、前と同じまま扉の前に辞書を置いてきただけなので、いつかまた閉まってしまうかもしれない。その時にこちらの扉も閉まっていたら、この部屋からも出られなくなってしまう恐れがあるのだ。


 太一さんがそう説明すると、お父様は一度腕を組んで目を瞑った。そして目を開いたと思ったら、「じゃあ……」と言って扉のノブを回した。


「……こっちも完全には閉めとかない方がいいな」


 お父様はほんの数センチ程扉を開け、お兄さんに「何か噛ませるものもってきてくれ」と頼んだ。お兄さんが持って来たのは何とトロフィーだった。


「え? トロフィーですよ? いいんですか?」

「いんだよ。小学校ん時のサッカークラブで貰ったもんだし。硬いし丁度いいだろ」


 お兄さんはお父様が開けた時よりもさらに数センチ扉を開き、そのトロフィーを扉と枠の間に差し込んだ。


「でもなあ。これじゃ安心はできないよな」


 お父様が半眼で扉の中を見つめている。しっかりと覗く勇気はないみたいだけれど、気にもなるようだ。


「あとでちゃんとしたストッパー買って来て、そんで部屋の中のもん移動して、ここは開かずの間にするか? 廊下側の扉なら塞いでも大丈夫だろ」

「ここに封印するってことか……」

「お札でも貼っとくか?」


「それとも住職さんに来てもらう?」というお母様の言葉に、私はその手があったかと目から鱗の思いだった。プロだったらこの状況をどうにか出来るかもしれない。


「あのおっちゃんかあ……。どうにか出来んのかよ」


 お兄さんの眉が顰められている。これはあまり期待できないのかもしれない。


「わからないけど……だってこういうことってお寺か神社の管轄じゃないの?」

「またあっちに行くのか?」

「そうよねえ。住職さんに何かあったら申し訳ないわよね」

「ああまあ……つーかさ。そっちは最終的には専門に任せるとしてもだ。ミノリンの問題はどうするよ」


 和室を見せれば怪奇現象は信じて貰えるだろうけれど、別の世界から来たなんて話はきっと信じてもらえないだろう。というより、証明しようがない。今のところはだけど。


「それなんだが……。今日は皆で外出しないか?」


 お父様のあまりにも暢気な発言に、お父様を除く全員が目を丸くした。


「こんな時にどこへだよ」

「もちろん、ミノリさんの家だ」

「だから……!」


 お兄さんがお父様に食って掛かろうとした瞬間、太一さんがお兄さんを止めた。


「どのみち一度は確認しなきゃだろ? ミノリさん。家は神奈川の葉山って言ってましたよね」


 太一さんからの確認に、私は「うん」と頷いた。


「住所教えて貰っていいですか」

「ええと、神奈川県三浦郡葉山……――」


 私は太一さんに住所と、そしてもう一度電話番号も教えた。念のため私の携帯に入っている色々な人たちの携帯番号をお父様とお母様にも見て貰ったけれど、やっぱりこちらの番号とは違っているようだった。


「携帯は十一桁……固定電話は十桁か。固定電話の桁数は一緒だな」


 ここは携帯が九桁だと言っていたけれど固定電話の桁数は同じようだ。固定電話の桁数だけ同じなのが、何だか余計にただの勘違いなんじゃないかと思わせる。まあ、平成と令和の違いがどこから来るのかはまだわかっていないけれど。


「この番号にかけても繋がらないんです……」


 私の言葉を聞いたお父様が溜息を吐いた。


「今聞いた住所に行ってみて、それで確認しよう」






 朝食を食べたあと急遽埼玉の浦和から神奈川の葉山へ行くことになった私たちは、現在お父様の運転する車に乗っている。浦和から葉山までは高速を使って約一時間半。お父様にとっては初めて通る道であることを考えると、余裕を持って二時間くらいだろうか。


 外出する際には、万が一あの化け物が扉から出てきた時のために部屋へと入る扉の前に荷物を詰み上げて封印してきたし、太一さんとお兄さんは封印する前に一応自分たちの部屋にある大切なものとか必要なものなどをリビングに移していた。


「そう言えば、結構近いのに葉山って行った事なかったわね」


 助手席に座るお母様がそう言えば、お父様が「横浜や箱根には行ったんだけどな」と答えている。なんだか家族全員でドライブしているみたいだ。


 でも一時間以上経過した段階で、私は段々と不安になってきた。もうそろそろ何度も通ったことのある道路に入っている頃だと言うのに、周囲の風景に見覚えがないのだ。


(ううん……。ほら、私って道覚えないし、きっとそのせいだよ)


 私は遠出をした場合、何度同じ道を通ってもぜんぜん道順や目印となる周囲の建物などを覚えることが出来ない。自分で運転したら絶対に迷うタイプだ。

 でも、さすがに何度か通ったことがあれば何となく見たことある風景だな、くらいはわかる。生活圏内の道路に関してはすぐにわかる。でも何かが違うのだ。


 お父様はずっとナビを見ながら運転をしている。道を間違えたなんてことは考えられない。


「あの……今ってどの辺りですか?」

「今? もう葉山町に入っているよ?」


 すでに町に入っていると聞かされた私の心臓がどくんと脈打った。


「……あと五分くらいでナビに入れた住所に着くよ」


 私の様子から何かを感じ取ったらしいお父様の声も、少し重くなった。


 家から車で五分の距離の道ならば、さすがに見ればすぐにわかる。でもやっぱり何かが違っている。太一さんとお兄さんがそれぞれ私に声をかけてくれているけれど、今の私には答えている余裕がなかった。いっぱいいっぱいだった。私は心のどこかで、もしかしたらこのまま普通に家に帰れるのかも、なんて甘いことを考えていたのだ。

 

 だから、お父様の車が全然見知らぬ家の前で停まった時、私の中にあった微かな希望は粉々に打ち砕かれてしまった。


 車が停まったのは、青い屋根にベージュ色の壁の、ちょっと古めかしい洋風の家。でも私の家はただの古い木造建築だ。こんな家は知らない。見たこともない。けれど家の裏側には、見慣れた石垣が見える。教会へと続く石垣だ。


「……ミノリさん。この場所で合ってますか?」

「うん……。合ってるよ。家の裏手に石垣が見えるでしょ? あれ、坂の上にある教会まで続いてるんだ。私の部屋の窓から見えていたのは、あの石垣を背負って咲いていた紫陽花だよ」


 太一さんにそう答えた瞬間、私の目から涙が零れてきた。


「やっぱり……こっちは違う世界なのかな? 私の家族はこっちにはいないのかな?」

「ミノリさん……」

「……ここに来るまでにもね、通って来た道に全然見覚えがないの。私、道とか風景とか覚えるの苦手だから私の勘違いかなと思ったんだけど、家の近所の道はさすがの私も間違えないよ」


 涙は止めどなく溢れて来た。現実を突きつけられ打ちひしがれた私は、太一さんに手を握られ、お兄さんに頭を撫でられても、泣き止むことが出来なかった。


 帰りの車の中で、私はずっと泣いていた。


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