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 今私の目の前にいるのは太一さんとお兄さんのご両親。お母様は目に涙を浮かべ、お父様はぷるぷると震えている。その二人の正面に座った私たちも含め、誰もが無言だった。


 太一さんと一緒に二階から現れた私を見て、お父様は読んでいた新聞を落とし、お母様は言葉もなく立ち尽くした。お兄さんが「母さん、父さん。こいつミノリン」と場違いな紹介をしてくれなければ、誰もがそのまま時が止まったかのように動けなかったに違いない。




「……話はわかった。ようするに、お前たちのどちらかが俺たちに無断で付き合っている彼女を部屋に泊めたわけだな?」


 お父様が太一さんとお兄さんの説明を聞いた後、真剣な表情でそう言った。


「何もわかってねーじゃんかよ!」

「そういうことだろうが!」

「そりゃ泊めたけどさ!」


 お兄さんとお父様が立ち上がって今にも互いに掴みかかりそうになっているのを見た私も慌てて立ち上がる。太一さんは自己紹介だけで良いと言っていたけれど、私のせいでお兄さんとお父様がしなくていい喧嘩をしているのをただ見ているわけにはいかない。


「あ、あの……ご挨拶もせずに勝手に泊まってしまい申し訳ありませんでした! 家に帰れなくて困っていたので、ついお二人のご厚意に甘えてしまいました」


 本当にすみませんでした。と私はご両親に頭を下げる。


「ミノリンは悪くねーだろ」

「そうだよ。元はといえば俺のせいだ」


 お兄さんと太一さんが庇ってくれたけど、それでもやっぱりご両親にしてみたら勝手に他人が家に泊まったなんて、いい気持ちではないだろう。当事者である私が知らんぷりは出来ない。


「……家に帰れないの?」


 それまで黙っていたお母様がぽつりと零した。その表情は何だか悲壮な感じだ。何らかの事情があって家に帰れない、家出少女とでも思われたのかもしれない。


「言った通りだよ。……見て貰えばわかると思う」


 太一さんの言葉を聞いたご両親が顔を見合わせた。ここに来てようやくいくらかは信じてくれる気になったようだ。もし私たちの言っていることが嘘だったなら、いくら証拠を出せと言われても出せないのだから。


 ご両親は半信半疑という気持ちが顔に出ていたけれど、それでも黙って二階の太一さんとお兄さんの部屋に付いてきてくれた。一瞬これであの扉が消えていたらどうしようかと思ったけれど、念のため開けておいた部屋の中には、今朝見た時のままに、本来あるはずのない壁に扉が存在を主張していた。


「……おい。何だこの扉は」


 お父様がわなわなと唇を震わせながら扉を凝視している。お母様はよろりと一歩後ろに下がった。そんなお母様をお兄さんが支えている。


 壁の扉は開いているのだ。閉じていたなら壁紙を貼ったか、壁にペイントしたと思われたかも知れないが、全開の扉の向こうにはちゃんとあの薄暗い踊り場が見えている。


「ちょっとしゃがんでよ。奥に和室が見えるだろ? あの和室が最初に俺たちの部屋の押し入れに現れたんだよ」


 太一さんに言われるままご両親が腰を低くした。私たちも同じように見てみれば、昨日と寸分変わらないあの薄気味悪い和室が見えた。


「なんか……気味悪い部屋ね」とお母様が言った。


 やっぱり皆そう思うのだなと思っていたら、お父様が頭を抱えて唸り出した。


「……どう見たって幻覚だろこれ。俺昨日酒飲んでないのに……歳か? 歳のせいなのか?」

「幻覚でも歳のせいでもねーよ、父さん。あの中入れるんだぜ?」

「入ったのか⁉」


 ぎょっとしたようにお父様がお兄さんを見つめている。


「入ったっつったろーが! 聞いてなかったのかよ!」

「嘘だと思ってたんだ!」

「んな手の込んだ嘘つかねーよ!」

「ちょっと、落ち着きなさい二人とも!」


 お兄さんとお父様の言い争いをお母様が一喝した。どうやらどっちかと言えばお兄さんはお父様似、太一さんはお母様似のようだ。


「……で? あの和室を通った向こう側にミノリさんの部屋があるのね?」


 お母様は私たち三人を振り返り確認を取った。


「そう。ミノリさんがこっちに来てから俺たち三人でもう一度ミノリさんの部屋に戻ってる。でもやっぱりミノリさんの部屋からはあの和室以外には出られなかったんだ」


 厳密に言えば窓の外には出られるのだろうけど、あれを数の内に入れては多分いけない。


「行ってみましょう」

「行くのか⁉」


 凛々しく言ったお母様にお父様が驚いている。


「行かなければ確認のしようがないでしょう?」

「……そうだな」


 お母様に諭されてお父様はしぶしぶ頷いた。行きたくない気持ちは非常によく分かる。けれどお父様は気持ちの切り替えが早いらしくすぐに「よしっ! 行くか!」と己の頬を両手で打ち気合を入れ、最初に扉の中へと足を踏み入れた。


「まあ、この扉がある時点で俺たちが嘘ついてたかどうかの確認は済んでると思うけどな」

 

 実は私もそう思ったのだけれど、お父様はお兄さんの言葉にすぐに反論した。


「本当に帰れなかったかどうかはわからないだろうが!」

「そっちかよ!」

「当たり前だ! 未成年のお嬢さんを息子が勝手に部屋に泊めたなんて事態、見過ごせるものか!」

「まあまあ、早く行ってちょうだい。あとが閊えているのよ」


 私たちはあの薄気味悪い和室を通り私の部屋に出た。いつも通りだ。当たり前なんだろうけれど何も変わった形跡はない。和室から来た扉が今の私の部屋にある唯一の扉なので、部屋がどうにも殺風景に感じる。


「ここがミノリさんのお部屋なのね……可愛いわね。娘がいたらこんな感じだったのかしら」


 お母様に可愛い部屋と言われ、私はちょっとだけ照れた。太一さんとお兄さんの時は気が回らなかったけれど、まさかご両親にまで部屋を見られることになるなんて昨日までは思ってもみなかった。


(片づけておいて良かった……)


「本当にどこか別の場所に繋がっているんだな……。確か窓からは……出られないんだったか?」


 お父様が窓の外を訝し気に眺めている。窓の外に見えるのは多少薄暗いが私の家の裏庭だ。普通ならここから外に出ればいいと思うだろうけど、それが出来たら苦労しない。


 お父様の疑問には太一さんが答えた。


「今朝は詳しく言わなかったけど……開けてみればわかるよ」


 お父様が「わかった」と言って窓の鍵を開けた。そして躊躇なく全開にした窓の外には―――











―――見たこともない化け物がいた。

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