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「それなんですけど……。ミノリさん、その風景に見覚えはなかったですか?」

「見覚え?」


 こんな摩訶不思議な現象に巻き込まれたのは初めてだったから見覚えなんてないと思うのだけれど、太一さんの表情は真剣だった。


「はい」

「どういうことだ?」


 お兄さんも訳が分からないというように太一さんを見つめている。


「兄貴が窓を開けた時の外の風景は国立競技場。俺が開けた時には宇宙空間。これって窓を開けた人間の心に、一番強く残っている風景なんじゃないか? 兄貴は憧れの国立競技場で、俺は小さい頃好きで何度も通ったプラネタリウム」

「プラネタリウム!」

「……なるほど。だから窓を開けても何ともなかったのか」


 あの宇宙空間そのものが作り物だったと言うわけだ。すごく良く出来ている。本物の宇宙かと思った。


「となると、ミノリさんが見たのもミノリさんにとって心に残っているような風景だったんじゃないかなって」


 二人の視線が私に集まった。


 思い返してみれば、確かにあの風景を見たとき、何だかちょっと懐かしいなとは思ったのだ。日本昔話のような、長閑な田舎の風景。青々とした田んぼに茅葺屋根の家。空を旋回する黒っぽい鳥。私が想像していたような古き良き日本のザ・田舎というような――。


「――あ」


 思い出した。


 あれはあそこだ。小さい頃に家族全員で行った田舎体験ツアーで見た風景。自然が豊かで、皆優しくて、すごく楽しくて。私はそこでお兄ちゃんと一緒に田んぼのあぜ道を追いかけっこしたことを思い出した。


「私が小さい頃、家族全員で田舎体験に行ったの。多分、そこの風景……」

「なるほど……」

「となると、前言撤回。やっぱおびき出す罠だな、ありゃ」

「そうなるな……」


 太一さんとお兄さんの会話に愕然となる。確かに私もお兄さんも一瞬出ようかなという気持ちになってしまった。


「知ってる風景だって思い出せば、追い詰められたら外に出ちまうよな。そこに出られれば助かると思うだろうし」

「となると、相手はここに入った人間の精神を覗き見ることが出来るかも知れないってことか」

「うわ! やだ!」


 閉じ込められただけでも最悪なのに、何を考えているか相手にまるわかりなんて怖すぎる。そして普通に太一さんが「相手」と言ったことに気付き、また鳥肌が立った。


「相手って誰⁉」

「あの和室のことだろ?」

「そういうニュアンスじゃなかったですよ⁉」


 怯える私を見た太一さんが、少しだけ申し訳なさそうに眉を下げた。


「まあ……やっぱりただの無機質な建造物がここまでするのかなって思って」

「付喪神じゃね?」

「そういう妖怪ちっくなのじゃないだろ、もう」

「妖怪じゃねーなら何だよ。そっちの方が怖いわ」


 太一さんの言うことにもお兄さんの言うことにも納得できる。というかもう妖怪だろうとなんだろうと構わないから家に返して欲しい。


「まあ、なんにせよ。この部屋もそいつのテリトリーってことになんのか?」

「いや……あくまでこの部屋の外なんじゃないか? こう……あの和室からミノリさんの部屋を取り囲むように亜空間が広がっているような感じで」

「んじゃ、その相手って奴が外側からミノリンの部屋に侵入してくることもあるわけか」

「うわ、もう! 侵入とか止めてくださいよ!」

「そうは言ってもな。そういう可能性が出てきたなら色々想定しとかなきゃなんねーだろ」


 それは戦うということだろうか。あるいは窓を板で塞ぐとか? そんなことを考えていた私は、太一さんの「そうだな。……外から窓割られたらまずいな」という言葉にまた鳥肌を立てた。


「うう……もうやだ……」

「すみません……。えっと……とりあえずもう一度あっちに戻るしかないですね……」

「だよなあ。この部屋に籠城するにももって三日だろ。トイレもねーもんな」


 お兄さんが今平然と言ったことは、私がなるべく考えないようにしていたことだった。


 私はトイレが近いほうではないし、こうなる前に何も飲んでいなかったからまだトイレには行きたくなってはいない。でも生きている以上いずれは避けては通れない問題だ。こうなったらもうあの和室にするしかないのかな――と思ったところで、これまで閉じ込められた人たちはどうしてたんだろうということに思い至った。


「これまでの人達ってどうしてたんですかね? ワンルームとかなら部屋にトイレがあったとか?」

「どこの扉もあの和室に繋がるなら無理だろ。トイレのドア開けっぱなしにしてたなら知らねーけど」


「そんで流した先がどこへ行くのか知らねーけど」とお兄さんが言った途端、太一さんが「そうか」と呟いた。


「なんだよ」

「もしあの扉が繋がった時に部屋の扉が開いてたならどうなると思う?」

「あ? どうなるって……普通に和室に繋がるんじゃねーの?」

「扉が開いているのにどうやって?」

「知らねーよ。てか扉が開いていたくらいでこんな滅茶苦茶な現象から助かるってのか?」 

「こういう一見滅茶苦茶に見える現象には何か法則があるんじゃなかったのか?」


 太一さんがそう言うとお兄さんは黙ってしまった。何か心当たりがあるのだろうか。


「……そりゃ物語とかゲームでの話だろ。あったとしてもことが起っちまったあとじゃ検証も出来ねーよ。それにこういう現象を起こしている奴を倒せば元に戻るっていう方が、定番だろ」

「倒そうにも部屋だしな」

「お前相手がいるって言っただろーが。……んじゃまあ、燃やしてみるか? 木造だし」

「……ミノリさんと俺たちの部屋まで燃えそうだけどな」

「だなあ」

「振出しか……」

「ふ、振出しって?」


 太一さんが私の顔をじっと見つめている。数秒後、太一さんは「戻りましょう」と言った。


「戻る?」

「もう一度、俺たちの部屋に戻って外に出られるか試してみましょう。もうそれしか打開策はありません」

「そういえば俺たちの部屋から出られるかまだ試してなかったよな」


 お兄さんの言う通り、てっきり出られない前提で考えていたから試していなかった。あとは別の世界なんていう疑惑が出てきてしまったせいで、部屋の外に出るという考え自体に至らなかったせいでもある。それに――。


「で、でもどこに出るかわからないよ? そうしたらまた別の人が犠牲になっちゃうかも……」

「その場合は誰かの部屋に出るんじゃなくて、またあの和室に繋がると思いますよ」

「あっ、そっか」


 私と太一さんたちの部屋はまだ繋がっている。なら太一さんの言う通り新たに別の部屋に繋がることは多分ないはずだ。

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