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 私の部屋の場合、私が廊下へと続く扉を開けた瞬間、それまで存在していた扉が消えた。まあ、私はその瞬間を見ていないから恐らくだけど。


「とは言っても、窓の外を確認するしかないのか……」


 太一さんの言う通り。私の部屋から出る唯一の扉はすでにあの和室へと繋がっているので、今この部屋に他の扉は存在しない。窓は一度私が開けて確認しているけれど、あの時から時間が経っているし、二人にも直に確認して貰ったほうが良い。


 窓の外にはいつもの通り、青、白、ピンクの紫陽花が綺麗に咲いている。


「んじゃ、俺が開けてみる」


 窓の前に立ったお兄さんが思い切りよく窓を開けた。開いた窓の外に広がっていたのは―――








――長閑な田舎の風景ではなく、どこかのサッカースタジアムだった。








「何でーー!」


 私たち三人は茫然とその風景を見つめていた。


 なぜここに来てサッカースタジアムなのか訳が分からない。お兄さんも「は? 何だこれ」と目を大きく見開いている。ただ何故か太一さんだけはじっとサッカースタジアムを見つめていた。


「……兄貴。このサッカースタジアム見覚えないか?」

「は? ……あっ、これ! 国立競技場! は? 何でだ?」


 国立競技場は私の知っている限り東京都新宿区にあったはず。もしこのサッカースタジアムが本当に国立競技場なら、ここに出れば私は家に帰れることになる。


「マジか……。って、国立競技場なら出てもいんじゃね?」


 お兄さんも私と同じことを考えたようだ。けれど太一さんはそんなお兄さんに対して首を振った。


「本物かどうかわからないだろ」

「……まあ、な」


 一同しんと静まり返る。


 確かにそんなに簡単に外に出られるのでは、あの和室が存在する意味が分からない。

 

 けれどお兄さんの気持ちはわかる。私だって窓から長閑な風景が見えた時は外に出ようかと思ったのだから。


 なんだか懐かしささえ感じたのだ、あの風景には。


「それよりも、一度閉めてもいいか? 今度は俺が開けてみる」

「お? おお。いいけど……」


 太一さんが窓を閉めると、窓の外にはやっぱり先ほどと同じように裏庭の紫陽花が映っているだけだった。

 太一さんは無言で数秒待ってから、もう一度窓をゆっくりと開いた。あまりにゆっくりだったから何かあるのかなと思って覗き込んだ私は――それはもう何度目かっていうくらいに心底驚いた。


「う、宇宙――!」


 私が叫んだ瞬間、太一さんがまだ全開にしていなかった窓をピシャリと閉めてしまった。


 宇宙だ。本物なんて見たことないけど、どう見ても宇宙だった。ちなみに窓はすでに太一さんによって閉められているので私たちが今見ているのは再びうちの裏庭だ。


「宇宙って……マジかよ」


 私同様窓の外を覗き込んでいたお兄さんが、信じられないというように呟いた。私も信じられない。


「……本当の宇宙じゃないかもしれない」

「え? でも……銀河とかあったよ?」


 星々の散る黒い宇宙を背景に、青白い渦が巻いていた。


「ミノリさん、叫んでたけど息苦しくなかったですか?」

「え? 別に……」


 私には何で太一さんがそんなことを聞いて来るのかわからなかったけれど、どうやらお兄さんには合点がいったようだ。


「ああ……。本当の宇宙ならこの部屋の空気がなくなるかもってことか?」

「え? 何で?」

「宇宙は真空……では実はないらしいけど、ほら、宇宙船とかの窓が割れて宇宙船の中の空気が漏れ出てクルーが窒息するってよく映画なんかでもあるじゃないですか。窓の外が本当に宇宙なら、同じようになるのかなって」

「え? あ、そういうこと⁉」

「太一の言う通り本当の宇宙空間だったら、窓開けた瞬間に多分やばかったよな」

「吸い出されていたかも」

「うええ⁉」


 もしさっきの宇宙が本物の宇宙だったとしたら、罠にしても酷すぎる。だったら私の部屋の窓の外にあったあの長閑な昔話風の場所へ出た方が何倍も良い。少なくとも出た瞬間に死ぬことはないだろうから。


「まあ窓の外が亜空間だって言うのなら、常識は通じないのかもしんねーけど……」

「亜空間……」


 私の呟きを聞きつけた太一さんが、丁寧に説明をしてくれた。


「簡単に言えば俺たちが存在している空間とは全く別の想像上の空間、常識の通用しないような空間ですね」

「し、知ってる」


 本当はなんか変な空間くらいに思っていただけで、そこまで具体的には知らなかったけれど。


「亜空間か……」


 そう言ったきり何か考えごとをするように黙り込んでしまった太一さんを、お兄さんが覗きこんでいる。


「どうした?」

「いや……今更だけど、あの和室ってどういう仕組みなんだろうと思って」

「仕組みって……まあなあ」

「この部屋から出るための扉を開けるとあの和室に繋がるのに、何で窓を開けた時はまったく別の空間に繋がるんだろう。しかもミノリさんが開けた時とも繋がる場所が違っていたようだし……」


 もう一度考え込むように目を伏せ俯いた太一さんは、しばらくして顔を上げた。


「……やっぱ窓の外の風景は偽物の可能性が高いんじゃないか? 外に出たとしても見えたままの場所には多分行けないと思う」

「やっぱ罠……⁉」


 やはり窓の外におびき寄せるための罠だったのだろうか。そう言えば「おびき寄せるためじゃねーだろ」とお兄さんに否定された。


「宇宙空間に出ようなんて奴はいねーよ。窒息することくらいわかるだろ。むしろ外に出られなくするためのもんだろ」


「で、でも……私の時は長閑な風景でしたよ? 私一瞬外に出ようと思いましたもん」

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