1946 12/24 南九州のクリスマス
昭和二十一年十二月二十四日 南九州某所
『チェストー!』
『キェェェ!』
『キェーーー!』
「くそったれ! チェスマンとキラースクリームが出やがった!」
「クソ! 三匹も居やがる」
クソったれのジャップ共が! こんなに開けた場所の何処に潜んで居やがった? また穴でも掘ってモグラの様に地下にでも居たか? それともあの崩れた家の隙間か? 家は丁寧に調べたんだぞ、それなのに……。
ふざけやがって、奴等は何なんだ? ジャップが猿? 誰だよ猿なんて言った奴は? 猿ならどれだけ良かったか……。いかん!
「おい、銃は使うな! 巻き込まれるぞ!」
「中尉第三小隊だけでは荷が重いかと。もう一個小隊を増援にすべきかと……」
「クソ! やっとだぞ! やっと補充が来て、中隊の体裁が整ったのに、それなのに!」
「中尉、気持ちは分かりますが抑えて下さい。今はあのクソッタレのジャップ共を駆除しないと、被害が増えます」
「すまん曹長。そうだな。第一小隊は第三小隊の援護に回れ! 銃は使うなよ、死にたくなかったらな。第四小隊! 周辺警戒にあたれ! まだ居やがるかも知れない。カーペンター少尉、頼むぞ」
「はっ! 第四小隊、周辺警戒にあたります」
クソッタレの気狂いジャップ共が! 本当に何なんだ? 俺の方が気が狂っちまう。
『キェェェェェェ!』
『チェスト~~~!』
「クソ! クソ! クソ! ブックワームの首が、首が……」
「おい、ホスト二等兵! ブックワーム…… トーマス・カーの奴は死んだ、それがクソッタレな現実だ。ボケっとしてると、お前もあのクソジャップ共に首をはねられて死んじまうぞ!」
「あっあっあっ…… 伍長、伍長…… ブックワームの奴は俺の幼なじみで、幼なじみで…… 大事な親友だったんです…… ブックワームの首が…… 首が……」
「クソっ! マーティン、ホストの奴を下がらせろ! もう使い物にならねえ、それに邪魔だ、連れて行け」
『チェスト!』
「あーーー! あーーー! 何だよ? 何なんだよ? 銃の台尻事切り抜きやがった! 俺の、俺の腕が、腕が、腕が~~」
「クソ! 軍曹がやられた。おい! 軍曹を下げる。誰か手伝ってくれ」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ…… もう嫌だ…… 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ……」
不味いな、あの三人のジャップ共も、かなり強い。白兵戦では分が悪すぎる。だが……。
「中尉、銃は不味いです。味方諸共吹き飛ばされてしまいます」
「分かってるよ曹長。もうあんな目に遭うのはゴメンだ。クソ! ガスさえ使えれば……」
「同感です。しかし毒ガスを使えば、ジャップ共はバルーンボムに毒ガスを積んで、本土に飛ばして来やがります。忌々しいですが……」
本当に現実はクソッタレだ。俺達がガスを使った報復に、奴等バルーンボムにガスを積んで飛ばして来やがった。
殆んどは落とすか、誰も居ない山の中に落ちたが、ジャップ共はバカみたいな数を飛ばしたからか、奴等にとっては奇跡的に、俺達にとっては不運な事に、街や市街地なんかに何発か落ちた。そのせいで本土ではかなりの被害が出た。
バルーンには数十キロしかガスは積んでいない。だがそれでもガスはガスだ、備えが無く、人の多い場所であるなら被害は相応に出てしまう。
確率は低いとは言え、バカみたいに、気が狂ったみたいにバルーンボムを飛ばせば、それなりの数が本土に、本土の内陸側まで届く。
本土では、怒りの声が当然上がったが、最初に使ったのは俺達だ。いくら隠そうと、人の口には戸は立てられ無い。
しかもジャップ共はご丁寧に、俺達がガスを使った報復だって世界中に放送し、自分達は報復しただけだと言って、今後ガスを使えば報復攻撃として、自分達もガス戦を行うと宣言しやがった。
そして頼りの原子力兵器ももう使えない。ジャップ共は巨人機に原子力兵器の素を、放射能とやらの出る物質を積んで、ニューヨークとシカゴにカミカゼを仕掛けて来た。
爆発こそしなかったし、そんな技術は無かったからか、その原子力兵器の素をニューヨークでそのままバラ撒き、かなりの被害が出てる。
あれだって原子力爆弾の使用に対する報復だ。
もし俺達が使えば、ジャップは必ず又、報復の為に巨人機に、あの厄介な物を積んでカミカゼしてくるのは間違いない。クソが! そのせいでニューヨークは無茶苦茶だ。しかもシカゴそうだが、五大湖の一つ、ミシガン湖にもブチ込みやがったせいで、あの辺りは大パニックに陥った。
「忌々しい奴等です。せめて原子力兵器とやらが使えれば……。ですが、奴等はあの巨人機を数機チャイナに退避させていますからね。日本を完全占領したとしても、チャイナから片道でカミカゼされたら又、本土で損害が出てしまいます。本当に忌々しい奴等だ。上陸の時にあの景気の良い爆発は士気を上げたんですがね……」
「そうだな、あれは良い景気づけになった。だが奴等も侮れない、まさかあんな方法で本土を攻撃するとはな。しかもガスの時と同じで、世界中に報復の為に使用したと放送しやがった。本当に忌々しい奴等だよ曹長」
更に忌々しい事実として、ナチの奴等は、俺達の原子力爆弾と同じ物を持って居たと言う事だ。
モスクワはそれで吹き飛ばされたと三日前に聞いた。ナチの奴等がもう持っていない保証は無い。万が一本土で使われたら……。
モスクワが吹き飛ばされた事を知る奴は、今の所だが、そこまで多くは無い。だがそれも時間の問題だろうな。いずれ皆が知る事になる。
知っているのは、今の所は俺達将校だけだが、兵達が知るのも時間の問題だろう。
しかし共産主義者共もだらしない。やる事なす事裏目に出てやがる。未だ満州で足止めを、いや、樺太と千島って島でも足止めを食らっている。
ヨーロッパでも共産主義者共め、ポーランドの国境地帯で足踏み食らって、徒に損害を重ねてやがった。
あげく、ベルリンの手前で足止め食らってまた損害を重ねている。
ベルリンは年内に占領出来ると言っているが、あのチョビヒゲ野郎はベルリンから脱出し、南ドイツに逃れたって話だ。
ベルリンを占領しても、ドイツの降伏はまだ先になるだろう。
トミー共やエスカルゴ達も居るとは言え、主力は俺達。だがヨーロッパでも損害を重ねてる。前途多難だな……。
しかしジャップ共、俺達にも上陸の時にカミカゼを仕掛けて来やがったが、共産主義者共には更に苛烈に仕掛けて来やがったみたいだ。
残存艦艇のカミカゼで、共産主義者共の樺太、千島への第一次侵攻作戦は失敗。第二次は航空機のカミカゼで失敗。第三は辛うじて成功したが、増援や補給に対してカミカゼによる損害で、前線にろくに補給が来ない有り様だ。
満州も状況は良くないみたいだしな。共産主義者共は俺達に張り合って、無理して日本に宣戦布告し、無理に攻撃し結局は撃退されるなどと、何の為に攻め入ったのか全く分からん状態だ。全く頼りにならん奴等だ、あの玉無し野郎共が! 第二戦線が出来る? 何時出来るんだ?
『キェェェェェェーーー』
「クソ、クソ!」
「おい、銃は使うなよクソッタレ! 奴等は身体に爆薬を巻き付けてるんだぞ! 銃なんぞ使ったら俺達も吹き飛ばされちまうだろ!」
「でもこのままじゃ……」
「でももクソもねー! 銃剣で殺るんだよ!」
本当に忌々しいクソ共めが! 奴等ジャップのやり口だ。服で見えないが、奴等間違いなく身体に爆薬を巻き付けて居やがる。
そのクソ詐欺師みたいなやり方で、俺達が何人もあの世に送られた。
上陸してからはそんな事ばかりだ。このチェスマンやキラースクリーム共だけで無く、爆薬や手榴弾や竹で作った槍で、自らの身と命を以て俺達に突っ込んで来やがる。
ジャップのクソ正規兵だけでもタチが悪いのに、年端も行かないガキや死にかけの年寄り、男や女関係無くカミカゼ攻撃だ。本当に頭がどうにかなっちまうよ。
クソが! ここは何なんだよ? この日本の地より、多分地獄の方がまだマシだぜ。
『チェスト!』
「クソ! クソ! クソ! この気狂いの悪魔共めが! クソが! クソが! クソが!」
「来るな来るな来るなぁーーー!」
「隊列を崩すな! 死にたいのか? 分隊全員で相手をしろ! バラけたら狙われるぞ!」
「クソ! 何で、何で、何で……。こんなクソみたいな所で死にたくねーよ! クソ! クソ!」
『チェスト!』
「何なんだよコイツら? 銃の台尻事ヘルメットまで切り裂きやがったぞ? 何だよ? 何なんだよ? この悪魔共め! 地獄に帰れ! クソが」
不味いな。状況は最悪だ。どうする?
「曹長、どう思う? 第二小隊も増援に回すべきかな? 正直判断がつかん。曹長の意見を聞きたい」
「送るべきだと思いますが……。あまり密集すると、奴等自爆しますから……」
「だよな。しかしこのままでは損害が増えるだけだ。一旦後退し、安全圏まで退避した上で銃撃を加えられれば良いが、難しいな。奴等がそれを見過ごすなんて、そんな甘い奴等なら俺達も楽なんだが」
「同感です。そんな甘い奴等なら、もっと楽に戦えています。上陸以来、損害は増える一方です」
「頭が痛いな……。関東の上陸作戦が、カミカゼによる損害で一度失敗したのがなければもっと早く、もっと数が、増援がこちらに回って来たんだがな。あれさえ無ければ……」
「この前やっと補充兵が来ましたからね。先程の話ではありませんが、補充兵により中隊の再編が終わって、やっと一息つけましたが……。まさかこんな場所でチェスマンやキラースクリームに出会うとは……」
「やった! 一人殺ったぞ」
「良くやった! よし、直ぐ離れろ」
「はい! えっ、ぐぁああ、首に首に噛みついて、クソ、放せよ、ぐびがらばなせよ……」
「この野郎、バーニーから放れろ」
「ガッガッガ…… グファ……」
「クソったれのジャップ野郎! バーニー、バーニー、おい死ぬな、死ぬな!」
クソ! 又一人殺られたか。首に噛みついて道連れにするとか、あのチェスマンめ、同じ人間か? 人では無く獣ではないか。
『キェェェ!』
「ぐぞが…… お前も道連れだ、グゾジャッブ……」
「今だ、一斉に銃剣で刺せ!」
「しかし軍曹、少尉殿が」
「少尉殿の献身を無駄にするな! 命懸けであの悪魔を捕まえたんだ、行くぞ」
神よ…… カーペンター少尉の魂を、カーペンター少尉に安らかな眠りをお与え下さい。
嗚呼神よ。アナタは何故、我らにこの様な苦しみを与えるのですか? 我らをお救い下さい。
『ハァハァハァ…… キェェェ!』
「おっと、おい、このキラースクリーム、バテてるぞ。囲んで切り刻んでしまおう。このクソッタレの薄汚いジャップ野郎、楽には殺さんからな!」
危なかったな、寸での所でかわしたか。体力が尽きたか、で無ければ殺られて居ただろう。あの兵は運が良いな。
「良し! 滅多突きにしちまえ、このクソジャップが! 散々手こずらせやがって、地獄に落ちろこの悪魔が!」
終わったか、かなり殺られてしまった。どれだけの損害が出たのやら……。
「中尉どうやら終わった様です。負傷者の手当てと、後送の準備を」
「そうだな……。曹長、やっと補充兵が来て、再編が終わったのにまたコレだ…… 俺が中尉で中隊を率いている状態が当たり前になり、中隊の充足率が常に満たされる事の無いのも当たり前で、このクソみたいな戦いが終わりを見えず、頭がどうにかなっちまいそうなのも普通の事で……。ああすまん、俺は何を言っているんだろうな」
「中尉……」
「曹長すまなかった、忘れてくれ。どうやら俺は、イカれジャップ共に毒された様だ。さぁ、やる事やっちまおう」
クソッタレな現実だが、戦争はまだ終わっていない。今は只、ジャップ共を処理する事を考えれば良い。只それだけだ。
「中尉殿」
「アシュモフ少尉どうした? 損害報告か?」
「はっ! 報告します。戦死十八、負傷者三名です。負傷者の内二名は直ぐにでも後送しなければ、死にます。後送の許可を頂きたく!」
「勿論だ、すぐ大隊本部に連絡する」
ため息が出た。堪え様と思ったが堪えきれなかった。頭が痛い、たった三人にこんなにも損害を与えられるとは……。本来なら軍法会議物だ。
だが俺が軍法会議に掛けられるなら、軍からは、日本に上陸した将校は全て居なくなるだろう。何故ならそこら中でありふれた、当たり前の事であるからだ。
「通信兵、大隊本部に連絡だ」
報告するのが億劫だがしなければ。何故なら俺は将校で、中隊長なのだから。
「おいホスト? どうした? 大丈夫なのか?」
「・・・」
「おい、ホスト?」
「ブックワームは…… 奴はガキの時から一緒に居た。ずーっと一緒だった。奴は、学校も、軍に入ってからも一緒だった。奴は、奴は、ブックワームは、トーマスは俺のダチ…… 親友だったんだ。それなのに…… それなのに何でこんなクソみたいな所で…… 何でこんな死にかけのじじいに殺られなければならない? 何でだよ? 何でこんな薄汚いジャップのクソじじいに首を、首をはねられなければならない? 何でだよ? 何なんだよこの国は? 何なんだよこのクソジャップ共は? ガキから年寄りまで…… 男も女も死ぬために突っ込んで来やがる。クソが! お前達の自殺に俺達を巻き込むな! クソ、クソ…… ブックワームのおふくろに何て言えば良いんだ? ブックワームの親父に…… 妹に何て言えば良いんだ? 汚い薄汚れたじじいに首をはねられて殺されたって? そんな事言えるかよ! クソが、地獄に落ちろ!」
「おい止めろ! 銃は使うな! コイツはもう死んでるんだぞ」
「クソが! これでも食らえ!」
ダメだ、何をしてる? 何をしようとしてる?
撃つな、撃つんじゃない、止めろ。
神よ、アナタはまだ我等に試練を与えるのですか? 何故? 何故?
引き金に手が掛かるのが見えた。軽快な音と共に銃弾が、キラースクリームのじいさんに当たるのが見えた。
四発めが発射されると共に、爆発が起きるのも確認した。爆風に吹き飛ばされるのを自覚した。自覚はした……。
「中…… 大事…… 中尉…… 中尉…… しっかりし…… 中尉」
「ん? 曹長? どうした? もう朝か?」
「中尉、しっかりして下さい、今は昼過ぎですよ? 頭を打たれたみたいですね? 中尉? ご自分の状況は分かりますか?」
「・・・状況? 状況か?……。そうだ! どうなった曹長? 確かあの新兵がキラースクリームに銃を撃ったな?」
「ええ、あの新兵、ダチが殺られて気が狂っちまったみたいです。死体に銃弾を弾倉分の八発撃ち込もうとして、と言っても四発目で爆薬に当たったみたいでね、大爆発ですよ。中尉はその爆風に巻き込まれて吹き飛ばされました。肝を冷やしましたよ……。結果的に無事で良かったですが」
「そうか…… あのキラースクリームはどれだけの爆薬を身体に身に付けて居たんだ? それであの動きか? 人間か? やはり悪魔だろう?」
「同感ですね。ジャップ共は人間ではないってのは、正しいのかも知れません。あれは白髪のじじいの動きではありません。まぁ途中でバテてましたから、倒せは出来ましたが」
あんな年寄りがあれだけ動き回り、挙げ句、首を簡単にはねていて、同じ人間だとは到底信じられん。
それよりも何をすべきだ? いかんな、頭がまだ上手く回らない。そうだ、損害の確認と、後送の準備をしなくては。
「曹長、損害の確認と負傷者の……」
ドーンと言う音と共に爆風が身体を襲った。
何だ、どうした? また誰かが死体に銃弾をブチ込んだのか? いや、音が又している。更にもう一度。
「曹長! 曹長? おい、冗談だろ? 何で曹長が倒れて居る? 胸が赤いのは何でだ? おい、起きろ曹長!」
「中尉殿! 曹長はもう……」
「嘘だろ? 何故だ?」
「多分奴等のバズーカが爆発し、破片が……」
「おいデイモン軍曹、下らない冗談はよせ! バズーカは破片による殺傷が重視された兵器では無いんだぞ」
「全く破片が出ない訳ではありません。曹長は、クライン曹長は残念ながら運が悪かったのです。只それだけの事です……。それよりも中尉殿、指示を。指揮を執って下さい。中隊は混乱しています。直、ジャップのバンブーアタックが始まります。どうか……」
「運が悪かった?・・・」
「ええそうです、戦場では極ありふれた事です。残念ですが、死んだ者より、今は生きている者達の為にも指揮を執って下さい」
「・・・そうだな、すまなかった軍曹。中隊! 敵の民兵のバンブーアタックが来るぞ! 散開し迎え撃て! 第一小隊は後方に備えろ! 第二、第三…… 第二小隊と第三小隊は正面から迎え撃つ。第四小隊以外の各小隊は五名づつ抽出し、俺の所に送れ! その兵達で側面を固めるぞ! 第四小隊は正面と後方に備える予備兵力とする! 第四小隊は中央に来い、急げ!」
クソ! 多分先程のバズーカはジャップご自慢の使い捨てバズーカか? 奴等に残数がどれだけあるかで、中隊の戦死者が増減するな……。
頬に冷たい物を感じた。思わず空を見上げると、雪が舞っている。ああそうか、もう冬なんだ、雪も降るか。
「クソジャップ共め! とんだクリスマスプレゼントだぜ」
「クリスマスは明日だろ?」
「このクソジャップの地ではもう二十四日だ。日付変更線の違いだよ。お前何時までステーツに居るつもりだ? ここはジャップ共の巣だぞ」
「ああ分かってるさ、分かりたくないがな。クソ! 美女のキスがプレゼントなら嬉しかったのに!」
「へっ!…… ジャップにも女は混じってるさ。但しプレゼントはバンブーアタックだがな」
「クソ!」
そうか、今日はクリスマスか…… いや、イブか? あいつらは間違ってる。
俺は、俺達は、来年のクリスマスを祝う事が出来るのだろうか?
各小隊で機関銃を撃てと命令する声が聞こえる。
バタバタと奴等が倒れていく。突っ込んで来たジャップ達の総数は、百二十から百五十人位だろうか? それらがバタバタと倒れていく。
テンノウヘイカバンザイと叫びながら、こちらに向かって来るジャップが見えた。
男か女か分からないが、ハチマキをし、皆が竹で作った槍を持ち突っ込んで来ている。
時折妙な槍、ナギナタと言われているらしいそれを持っている者も、それらが混じった集団が、こちらに向かって来ているのを、何処か他人事の様に見ている。
あの男か女かは分からない集団。分かっているのは男、女どっちでも良いが、子供の集団だと言う事は分かる。
テンノウヘイカバンザイと、又聞こえて来た。
あれはエンペラーを称える言葉だと、前に聞いた事をふと思い出した。
「中隊! 弾をムダ撃ちするな! 残弾は命に関わる、気を付けろ! それと爆薬や手榴弾らしき物や、ジャップバズーカを持っている奴を優先的に狙え! 中隊! もう一度銃の着剣状態を確認しろ! 良いな? 良し、撃て!」
雪がさっきより、更に舞っている気がした。
春はまだ来ない。
1946 12/24
昭和二十一年 十二月二十四日 松代大本営
そうか、ベルリンが陥落したか……。
ヒトラーの説得は成功、南ドイツに脱出した。
これでまだヨーロッパ戦線は維持される。その分此方に対する圧力は減る。
モスクワは原爆で壊滅、スターリンは生死不明。悪くないな。それにモスクワはソビエトの全ての中心部。政治や経済だけで無く、交通の要所だ。特に鉄道網はモスクワを中心に、ソビエト全土に繋がっている。
鉄道はモスクワを、必ず通ると言っても過言ではない。その位重要な地でもある。
そこが壊滅したとなると、ソビエトの混乱は簡単には収束しないだろう。
ましてやスターリンが生死不明となれば、後継者争いで、混乱に拍車が掛かる。
是非あの男には、生死不明の行方不明のままで居て貰いたい物だ。
しかし結局はこうなったか……。
俺を始め、幾人もの転生者がこの様な事態になるのを避けるべく努力を重ねてきた、だが結局はアメリカとの争いは避けられなかった。挙げ句本土決戦と来た。
まさか、まさか桂ハリマン協定が破棄に至らず、協定が、予備交渉が成されたのに……。
あの時は喜んだ物だ。これで日本は救われる、日本が破滅せず済む、そう思ったのに……。
俺も甘いよ。アメリカの強欲さと欲望を甘く見て居たんだからな。そう考えると、ツケが回って来たって事か。歴史を変えよう等と、神にでもなったと思い上がって居たのかも知れない。
自重して居た。自分は神では無い。そう思って居たが、そんな事は結果だけ見れば言い訳にしかならない。結局はこの様だ。
史実より国力は約四倍増し。兵器にしても、パンツァーファーストやパンツァーシュレック、フリガーファーストにネーベルヴェルファー等の噴進兵器の開発、配備。それに跳躍地雷や指向性地雷や、グレネードランチャーだって開発、配備もした。
戦車だってあの憂鬱な戦車より、かなりマシな物を配備する事が出来たし、十二センチ高射砲や十五センチ高射砲の早期配備に、アハトアハトのライセンス生産だってやった。
だがそれだけだ。そう、それだけの事。
富嶽が後一年早く配備出来ていれば…… 原爆の早期開発に成功していれば……。
だがもしそうであったとしても、結局はアメリカとの戦争は防げなかった。嗚呼……。連合国との戦争を防げなかったら、どれだけ優れた兵器を開発しようが、配備しようが関係無い。
だが俺達のやった事、努力は全く無駄では無かった。それだけが唯一の慰めだ。
もし原爆開発が史実より進んでいなければ……。
もし富嶽が史実の様に完成していなければ、原爆の開発に失敗していれば、もしそうならもっと酷い事になっていたはずだ。
捕虜からの聞き取りによると、奴等は原爆が不完全爆発だと思っているみたいだが、アメリカの情報統制でしかない。ちゃんと炸裂している。
それに完成した原爆はまだ数発あるし、現在も製造中の物が幾つかある。最悪本当に不完全爆発させてでもアメリカにバラ撒く。
とは言えガンバレル型だ、そんな事をせずとも爆発させる事は出来るだろう。俺達がやった事は無駄では無い。
そうだ、風船爆弾だってそうだ。史実より遥かに作り、遥かに飛ばす事が出来たんだ。あれだって史実を知っているからこそ、だからこそゴリ押しであれだけ生産する事が出来たんだ。
でなければ、そうであれば、日本は原爆と毒ガスで壊滅していた。
あれ等があるからこそ、だからこそまだ辛うじて帝国は国が残っている。そうだ、富嶽だって生産数が少ないが、あれがあるからこそ何とか国家として保っている。
秘密基地に富嶽はまだ隠蔽して日本全土にある。数は少ないが、特攻機として使用する分には十分だ。それに中国にだって数機避難させた。
誇れ、まだこの国は終わっていない。アカ共の軍靴で踏み荒らされていないのはそのお陰だ。
クソ! 言い訳、そして自分で自分を慰めてるだけではないか! だが……。帝国が、日本が、民族が生き残る方法はまだある。いや、必ず国と日本人を残す!
どんな手を使っても日本と、そして日本人を、民族は生き残らせる! まずは次の関東進攻を何とか阻止しなければならない。
前回は特攻と台風で奇跡的に撃退出来た。だが次はどれだけの犠牲が出ようと、奴等は、アメリカは必ず上陸してくるだろう……。
俺は歴史に名が残るだろうな…… それも悪名として残るだろう……。
所詮は血塗られた道か…… あの作品で言っていたな? もう随分昔の事なのに、未だに覚えているもんだな。ん? ノックの音?
「どうした? 入れ」
「お休みの所申し訳ありません」
「どうした? 何かあったか?」
「はっ! 陛下が総参謀長閣下にお話があるとの事で、お呼びに参りました」
「陛下がか? 分かった、直ぐに行く」
さて、何のお話かな? 内々の話だろうか? まぁ良い、行ってみれば分かるか。
ふと、カレンダーが見えた。そうか、今日はクリスマスイブか? 前世であれば、酒にチキン、それにケーキで楽しくはしゃいで居たな……。もう遥か昔の事だが、何故かハッキリ覚えている。妙に懐かしくもあるが、遥か彼方の昔の事なのに何でなんだろうな?
「閣下?」
「すまん、少し昔の事を思い出して居た。いかんな、陛下がお待ちだ急ごう」
「はっ!」
俺は来年もクリスマスイブのこの日に、昔の事を思い出す事が出来るのであろうか?