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勇者になりたかった魔王  作者: ihana
【第三部】 利用する者される者 【プロローグ】
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1 不遇の少女

 ~時はリナ・レーベラがこの世に赤子として誕生したころ~


 人族にはいくつかの国家が存在する。

 魔族と対抗することだけを考えれば一つの国としてまとまっていた方が効率的ではあるのだが、社会体制や主義主張、宗教などを総合的に勘案し、今の国家群に落ち着いている。


 その中でも、勇者転生は決まってペルート王国にて行われる。

 理由は立地や伝統、軍事力など様々あるが、一番は国力であろう。

 他の国々がいくつかの都市を有するのに対し、ペルート王国は二十を超える都市と広大な領土を保有している。

 魔族との戦争を行うともなれば、やはりこの国が旗頭となってもらわねば、他の国々では到底魔族に太刀打ちすることができないのである。


 そのペルート王国は国王の直轄領と貴族たちの領土で構成されており、国王を絶対支配者とする君主制を布きながら、貴族たちからも意見も求める合議制のような形態も採っていたのである。

 ペルート王国の貴族には四大貴族と呼ばれる者たちがおり、中でもトルスペイア家は強力な軍隊を保有する武人の家系であった。


 現当主シャロル・トルスペイアが当主となってからは、軍事以外にも交易、外交で飛躍的な成果をあげており、ペルート王国でのさらなる発言権を得ていたのである。


 彼はそれほどまでに秀でていたのだが、一つだけ問題があった。

 それは彼は子宝に恵まれなかったことである。

 シャロルは正室の女性をこよなく愛しており、側室を一切設けることなく跡取りを求めていたのだが、気付けば十三年の年月が過ぎてしまっていた。


 周囲からの圧力も強く、このまま家を絶やしてしまうわけにはいかないと考えたシャロルは渋々側室を設けて子どもを求めたのである。


 そんな日々が五年過ぎ、ようやく生まれてきたのは可愛らしい女の子であった。

 本当は男児を、それも正室からの子どもを求めていたのだが、シャロルの年齢を考えると、彼女を次の跡取りとして擁立すべきであろう。


 最後の奥の手として、すでに男児のいる女性を側室に迎えて、養子を跡取りにするという手もあるのだが、シャロルは迷った挙句、自身の血縁の者にこの家を継がせることに決めたのである。

 というのも、時期的に彼の子どもは勇者選定を受験する可能性が高い。

 ならば、シャロルの才覚を引き継いだ者こそが選定の合格率を高めてくれると彼は信じていたからである。


 そこから、彼女の英才教育が始まった。


 トルスペイア家の中庭にて、小さな幼子が必死に木刀をシャロルへと振るう。

 だが――


「何をやっている! この構えには必ずこちらで受けろと何回言えばわかるんだ!」


 木刀で打たれ、幼子の悲鳴が響く。


「立て! すぐ寝る奴はそれだけ上達が遅い! 戦場では真っ先に死ぬ!」


 少女が無理矢理立たされて訓練を継続させられる。


「もう一回! お前は女だ! 女は腕力で男には敵わない! 技量で勝つ以外に活路はない! 技量で圧倒しろ!」


 再び打ち合うも、二回も打ち合ったところで力負けして、再び打たれ、苦痛の叫びが鳴り響く。


「立て! まだ訓練は始まったばかりだ! そんなのでは勇者選定には到底太刀打ちできない! お前は絶対に勇者の一行にならなければならないんだ! このトルスペイア家のために!」


 何度も何度も打ち合って、その度に幼子の声が響き、たまらず母親が庇うように躍り出た。


「シャロル様、どうかこの辺りでお許しください。この子が死んでしまいます」


 母親の声もまた、涙にまみれており。


「まだだ! この程度で音を上げるようでは先が見えている!」

「で、ですが、もう剣を振るう気力すらありませんっ!」

「おいミルシュレト、俺がわざわざ三流貴族のお前を拾ってやったこと、まさか忘れたわけじゃあるまいな!」

「も、もちろん覚えております」

「だったら口を出すな! 貴様のような三流の血を入れた分、徹底的に教育しなければこいつは育たん! それとも、武官である我が家に泥を塗るつもりか!?」

「め、滅相もございません。そのようなことは」


 シャロルはミルシュレトと呼ばれた女性の頬を引っぱたいて、再び娘を無理矢理に立たせる。


「根性を見せろ! 武人がすぐにやられるような奴でどうする! 戦え! 相手を殺す気で攻めろ!」


 再び木刀を交えたが、結果は同じ。

 彼女は脳震盪を起こして、気絶してしまうのだった。


「この程度か……。くそっ。アローラに子どもさえできていれば……。貴様のような三流に子を孕ませずに済んだというのになっ!」


 当てつけのようにその言葉をミルシュレトへと投げつけて、シャロルは行ってしまう。

 残された彼女は、その子を大事に抱えて、頭を優しく撫で続けるのだった。


 *


 九つを迎えた日、彼女はこの日を心待ちにしていた。

 誕生日は唯一訓練を行わなくてよい日で、たくさんのご馳走やプレゼント、それに少ないながら友達に囲まれて楽しい一日を過ごすことができる。

 いつもの窮屈な軍服ではなく、可愛いドレスを着て、木刀に打たれるのを怯えなくともいい日なのだ。

 それだけでスキップしたくなってしまうというもの。


「お母様! おはようございます。今日が何の日か、ご存知ですか!?」


 分かっているくせに、彼女は大好きな母親へそんな問いかけをしてしまう。


「あなたの誕生日でしょ? おめでとう。大きくなったわね」

「今日はシュナも来るんですよ! とっても楽しみです」


 こうしてニコニコとしている彼女は九歳の女の子そのものだ。

 普段はシャロルの訓練が非常に厳しいため、悲壮感を漂わせた表情をしているが、そんな彼女にも今日だけは笑っていて欲しいとミルシュレトは思う。


 鼻歌でも歌い出しそうな彼女に、ミルシュレトは小さな箱を取り出して、それを優しく彼女に手渡していく。


「これ、プレゼントよ」


 箱にはかわいらしい真っ赤なリボンがつけてあり、それだけで彼女の顔は夏のひまわりのように輝いていくのだった。

 お礼を言うのも忘れて箱を開けていくと、そこには綺麗なハート型のネックレスが入っていた。


「うわぁぁ。きれぇ」

「気に入った?」

「はいっ! ありがとうございます、お母様!」

「いいのよ。いつも頑張っているから、そのご褒美よ」


 さっそくそのネックレスをつけて、二人して朝食をとるために食堂へと降りていく。


 だが、おかしい。


 誕生日であるのなら、そろそろ執事やメイドからも挨拶があって良いものだが、誰一人として現れない。

 それどころか、屋敷の中は通常の日であるかのごとく何の飾りつけもなされておらず、言いも知れぬ静けさが漂っていた。


 娘はさほど気にしていない様子だったが、ミルシュレトはこの辺りで変だと気付き始める。

 何か、彼女らの想定していないような悪しき未来が訪れるのを予感させるような言いも知れぬ不安が胸の中をよぎるのだった。


 階段を降り大広間へ行くと、そこにはシャロルが待ち構えていた。

 その顔には娘の誕生を祝う気持ちなど一切存在せず、それどころか、いつもの気難しさすらもないのであった。

 この段階でミルシュレトは最悪の事態を脳内に思い描いてしまうが、足を止めるわけにもいかなかったので、娘に連れられてそのまま彼の元へと向かう。


「お、お父様。おはようござ――」


 娘が挨拶しようとしたところで、その言葉は遮られる。


「ミルシュレト、お前たちは本日より我が家の人間ではない。どこへなりと行ってよいぞ」


 突然、二人に向かってそんな言葉を投げつけられ。

 何も知らされていなかったミルシュレトたちは当然ポカンとした表情となってしまった。


「……ぇ? シャロル、様? それは、一体……?」

「こいつの剣はどれだけやっても伸びない。勇者選定のクリアは不可能だと判断して養子をとることにした。もうお前たちに用はない。行っていいぞ」


 寝耳に水となった二人は言葉を発することもできず。

 ただただ茫然とする二人の元に警備兵がやって来る。


「ま、待って下さいシャロル様! そんな、あんまりです! 私たちだけでは生活できません!」

「だろうな。使えない娘に使えない側室。当然生きていくことなんてできないであろう。そのまま野垂れ死ぬがよい」


 警備兵に無理やり引きずられていく。


「シャロル様! どうか、どうかお待ちを! シャロル様!」


 そんな彼女の言葉など露知らず、シャロルはそのまま食堂へと向かっていくのだった。


 家を放り出された二人は途方にくれ、仕方はなしにミルシュレトはその日暮らしを始めていく。

 だが、貴族の家を追い出された母子に対する社会の風当たりは強く、ずいぶんとひもじい思いをすることとなった。


「もう少し我慢してね。あとちょっとお金が貯まれば、お母さんの実家に帰る馬車代が貯まるから」

「大丈夫ですよ、お母様。わたくしこれくらいへっちゃらです」


 母へと笑顔をつくり、彼女は暇な毎日を過ごす。

 父親の厳しい訓練がなくなったのは彼女にとって大変喜ばしいことだったのだが、寝る場所どころか三食にまで不安定な生活を送るというのは辛いことであった。



 ようやくお金が溜まって、母親の実家へと行くことができた。

 一度も行ったことのない場所だったが、辺境にある小さな家がそれで、とてもじゃないが屋敷とは呼べないようなところに祖父たちは住んでいた。


 大事な話があるからと、しばらく家の外で待つよう言われたが、自分の状況くらい知っておくべきだと考えた彼女は、外から窓越しに会話を盗み聞きすることにしたのである。


「そんな! お父さん、助けてくれないのっ!?」


 第一声でそんな言葉から始まり。


「トルスペイア家には借金があるんだ。それに、お前との婚姻で頂いた結納金まで返せと言われている。我が家にそんな余裕はない。もしお前を匿っていることがシャロル様にバレようものなら、我が家はおしまいだ」

「こんな片田舎にあいつが人をよこすわけないじゃない! 娘が生まれてからも一度だってうちには来なかった! あいつはトルスペイア家のことしか考えてないのよっ!」

「だがそれでもっ、万が一ということがあるっ!」

「じゃああなたは孫娘に野垂れ死ねって言うの!?」


 そう聞くと、祖父はしばらく黙った後、慎重に問いかけていく。


「ミルシュレト、あの子を手放す気はないか……?」

「なっ! なんてことを言うの!!」


 怒鳴りつける母親に対して、祖父の言葉はあくまで彼女を思ってのもの。


「お前一人であれば、私の力で何とかすることができる。だが、あの子もとなると、我が家で養うのは難しい。九つにもなるのに畑仕事すらわかっていない子どもであろう。手放すのが賢明だ」

「信じられないっ! なんてことを考えているの!?」


 祖父はさらに声を潜める。


「私には奴隷商の伝手がある。売ればお前の生活を立て直すことくらいはできる。その歳での再婚は難しいであろうが、幸いお前は容姿がいい。田舎貴族であれば、相手を工面することもあるいは可能であろう」

「……。話にならないわね。お父さん、失望したわ。もう帰らせてもらいます」


 部屋を後にしようとする母親に、祖父はそれでもとばかりに呼びかけ続ける。


「お前の家はここだ、ミルシュレト。母子だけで生きるというのは、今の世の中では本当に辛い。どうしようもなくなったら、帰って来い。お前だけであれば、私は何とか助けることができる」


 母親はそれを無視して部屋を出るのであった。



 彼女は大急ぎで窓から離れていき、自分がいるべき場所へと戻る。

 そして、家から出てきた母親に笑顔を差し出すのだった。


「お母様、どうでしたか?」

「……ごめんね。その、実家にお泊りするのはちょっと難しそうなの。お友達の家に行ってもいいかしら?」

「はい、お母様。楽しみです」


 気丈に振る舞って、何も知らない風を装った。



 その後、母親の友の家を転々としたのち、田舎では仕事が見つからなかったため、結局都市部へと戻ることになった。

 何回かは寒空の下で野宿することとなったが、父親の訓練と比べればさして辛いものとも思えず、むしろ母親の方がだいぶ参っているように見えた。


 目指した場所は中立都市ベベルだ。

 人族の都市を目指しても良かったのだが、距離的にここが一番現実的で、ベベルは人口の三割も人族であるため過ごしにくいわけでもない。


 中立都市についた最初のころは馬小屋生活となったが、しばらくしてようやく狭いオンボロの部屋へと引っ越すことができた。

 ただ、母親一人の稼ぎではどう考えても二人を賄いきれないため、彼女も職を探して歩き回ることとなったのである。



 そんな日々が過ぎたある日、彼女は帰宅途中の母親を見つけて駆け足でそちらへと向かっていく。

 母親は何やら店の前で足を止めているようだ。


「お母様。今日は早いんですね」

「あ、え、ええ。そ、そうね。……お母さん、また、仕事を変えなくちゃいけなくて……。あなたは元気にしてた?」

「ええ! 元気に遊んでおりましたよ」


 必死に笑顔をつくって母親を励まそうとする。

 ちなみに、九歳の子どもが就けるような仕事などそうそうないため、母親からはそんなことをせず家で遊んでいろと言われている。

 だが、少しでも役に立ちたいと考えていた彼女は職探しを続けていた。


「そう、よかったわ。あなたさえ幸せなら私は満足だから。さあ、帰ってご飯にしましょうか」

「はい、お母様」


 母親が眺めていた店をチラと見る。

 そこは質屋であった。


 小さなパンと水のようなスープを飲み、狭い部屋で母親に身を寄せて互いに暖を取る。

 こうしている時間が彼女にとっては一番の幸せだ。

 ふと、母親が問いかけてくる。


「その……九歳の誕生日にあなたにあげたネックレスなんだけど、少し貸してもらえないかしら? ほんの少しの間だけでいいの。お母さん、お仕事でネックレスが必要になっちゃって」


 ずっと肌身離さずつけてきた母親からのプレゼント。

 でも賢い彼女は自分たちにとって、いま何が一番大切であるかをわかっている。

 だから彼女は笑顔で、


「はい、お母様。お仕事頑張ってくださいね」


 と答えながら、ネックレスを()()のだった。

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