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勇者になりたかった魔王  作者: ihana
【第四章】 我が子の願いを
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エピローグ

 すべての焼け落ちたレレムの街。


 第三城壁も石壁表面も高温溶融したのであろう、組成が変わって結晶のようなものが析出している。

 そこよりも外側は言葉通り焼け野原となっており、この元兵舎跡地も石でできた部分が少し残っているくらいである。


 そんな青空の下で、茶髪の少女は腰の高さくらいの大きさの瓦礫の上に座っていた。

 枯れ果てた涙はもうその瞳になく、空を浮かぶ雲をぼんやりと眺めながら、少女は届くことのないそこへと手を伸ばしてしまう。

 その瞳に映るのは雲のさらにその先にある、どこか遠く世界へと続いており。


「ここにいたの。また山へ行っちゃったのかと心配したわ」


 そんな彼女に、魔族の少女から、哀れみとも同情とも取れない声がかけられるのだった。


「……もういかねぇよ。用もなくなっちまったからな」

「勝手に出て行かないでよ。心配するじゃない」

「てめぇはあーしのかーちゃんかよ。年頃の娘は縛るもんじゃねぇぜ?」


 少女は、言葉尻こそ必死に強がるも、その声に覇気はない。


「いちおう、法的にはあなたのお義母さんってことになってるんだけどね」


 肩を竦めるながら答える。


「すでにてめぇの身長を超えてんじゃねぇか」


 茶髪の少女はついこの前まで八つか九つくらいの容姿であったというのに、封印の部分解除により姿格好が元のものへと戻ったのである。


 童顔で身長が低めのリナに対して、彼女はレイナ同様スタイルがよい。

 レイナと違う点を挙げるとすれば、女性としてのでっぱりが控えめだというところであろうか。

 一言で言うなら洗練された肉体だ。

 顔つきもリナよりはだいぶ大人染みている。


「あら、我が子が自分の身長を追い抜いていくなんて、嬉しいことなんじゃないの?」

「……そうだな。あーしも……そうなるのを見たかった」


 そんな風に俯いてしまったものだから、リナは話題の振り方を間違えたなと反省する。


「あなた、最初から気づいてたの?」

「気付かないわけねぇだろ。我が子を見間違う母親なんていねぇよ」


 ……そう、と静かに答えて、リナも彼女と同じように空に浮かぶ雲を眺める。


 本当はミコトだって素直にあの子を抱きしめたかったであろうに、それができなかった親心とはなんなのであろうか。

 それは、母親だと気づきながら、素直に母親へ甘えることなく、誰かを守ろうとするリュッカの子心と似たものだったのかもしれない。


「七百年前、何があったの?」


 藪から棒にそう問いかけると、ミコトはより一層に悲しい表情となってしまう。

 彼女の心情を考えれば聞くべきではないことだが、このあと話したいことを鑑みるに、これはどうしても聞いておかなければならないことだ。


 やがて彼女は、目の前に広がる巨大な山に向かって語り出すのだった。


「……同じさ。ズィルカが魔力暴走を起こして、魔物があふれ、天変地異が続いた。精霊ラナから力を得た勇者が魔族を圧倒したなんて、生き残った奴らが都合よくそう記しただけさ。実際にはラナを生贄にした勇者が、世界を天変地異で破壊して回っただけさ」


 ――やっぱり、そうだったんだ……。


 ズィルカが制御可能な武器であったのなら、魔族をも絶滅に瀕するほど死滅させる必要はなかったはず。

 双方の文明が百年経っても修復できないほどの傷を負ったのであれば、それは制御不可能な力だったと考える方が自然だ。


「このままでは人族も魔族も死滅してしまうと危惧した当時の魔王が、その命と引き換えにあーしとズィルカを封じたんだ。真なる勇者は自らの命を犠牲に人族を守ろうとしたあの子と当時の魔王だったってわけさ。ざまぁねぇな」


 七百年前の魔王ディルノピラスはその名を歴史書に残しているというのに、勇者ミコトの名前はどこにも残っていない。


「あなたが名前を残していないのって――」

「滅亡に瀕した人族を救ったなんて綺麗事さ。あーしは負け続けた。人族を絶滅に追いやり、おまけにズィルカで世界へ厄災を振りまいて……。悪魔のような存在さ。だからあーしは名を残せなかった」


 伝承なんてそんなものだ。

 都合の悪いことは書かれないことが多い。

 けど、そこから一つだけ教訓として残されていることがある。


「『戦争に勝ちすぎてはならない』。この教訓のおかげで、七百年前の戦争以降の戦いは節度を持って行われるようになった。人族も魔族も戦争を感情ではなく、外交手段と捉えるようになってる」

「はんっ。戦争に節度もクソもねーさ」

「……そうね」


 しばらくそうやって黄昏ながら、彼女への本題を振っていくことにする。


「諦めないで」


 リナの言葉に、ミコトはいきなりなんだと言わん表情で顔をしかめる。


「魂は存在するわ。じゃなきゃリュッカが現れた理由が説明できない」

「おいおい、いつも理屈で話すてめぇが何を言うかと思ったら、槍でも降んのか?」


 リナはこれを無視して会話を続ける。


「教えてほしいんだけど、七百年前って子どもは学校に行くものだったの?」

「学校……? 何の話だ?」

「いいから答えて」


 眉を寄せながらも、否定を述べてくる。


「いや、学校なんて片手で数えるほどしかなかった。貴族共は家庭教師を取るし、教育の体制なんてなかったな」

「やっぱりね、今もそうよ。人族も魔族も、首都では子どもの基礎教育にようやく力を入れ始めてるらしいけど、普通こどもは学校に行かないで畑を手伝うものよ」

「それがどうした?」

「リュッカが見てた夢の世界の話、変だと思わない? 彼女の記憶を頼りに夢を見るんなら、普通学生にはならないと思う」

「夢の世界の話だろ? そんなんなんでもありじゃねぇか」


 ミコトが面倒くさ気に答える。


「私ね、一つ気になっていることがあるの。勇者の転生について」

「転生……? いい加減話が見えねぇんだが」

「ミコトは転生ってどんな事象だと思う」

「知らん。転生の経験者だが、それが何かって聞かれてもわかんねぇよ」

「私は情報の移動だと思ってるわ。脳にある記憶や経験って、つまるところ情報の集合体でしょ? なら肉体を移動させるんじゃなくて、こちらの世界に肉体を用意して情報だけを移動させた方が合理的じゃない?」

「ラナが向こうの世界に行ったって言いてぇのか? それは宇宙のはてに行ったってのと大差ないことを言ってるぜ?」

「そんなことないわ。こちらに来れるんだもの。向こうにだって行く方法はあるはずよ」


 根拠に乏しい話だな、とミコトは天を仰ぐ。


「ズィルカは封じられていたんでしょう? なんで封印が解けたの?」

「わかんねぇな。けど、七百年も経ってんだ。勝手に解けたんじゃねぇのか?」

「変よ。あなたの封印には綻びが一切なかったのに、なんで剣は解けるのよ。だれかが封印を解いたのよ。その犯人がリュッカをこちらへ呼び寄せたに違いないわ」


 ミコトが肩をすくめながらため息をついてくる。


「勝手に封印が解けたって可能性だってあんじゃねぇか」

「それじゃあリュッカがこちらへ来た理由が説明できないわ」

「まだ向こうから来たと決まったわけじゃねぇし、あーしだってズィルカのすべてを理解できてるわけじゃねぇ」

「レレムで最初の被害者が出たとき、一人は死亡しちゃったんだけど、もう一人は生き残ってるわ。逃げ延びたわけでも、隠れていたわけでもない。傷を追った状態で発見されてる。たぶん鵺にやられたんだけど、最後の瞬間に女性の声を聞いた気がすると言っていたわ。私はその人が関係していると思うの」

「女性、ね……。世界の半分は女だからな。なんにもわかってねぇのと、ほとんど同義だな」

「それでも諦めないで!」


 ミコトの肩を両手で掴んで、おでこを彼女へとつける。


「あなたは両方を救える真なる勇者は存在しないと言っていたわ! けど、レレムの街はちゃんと救えてるわ。逆だったら取り返しがつかない!」


 残された最後の都市壁を指しながら言う。


「あとはリュッカ――ラナをこちらに呼ぶだけよ。それかあなたがあちらへ行ってもいい。それだけのことじゃない」

「簡単に言ってくれる」

「世界で一番かっこいい勇者なんでしょう! だったらそんな簡単に捨てないで!」


 ミコトは再び空へと視線を向ける。

 そこに映る雲を再び掴もうとするのか、それとも――。


 小さくため息をついたと思ったらリナの手を払ってそっぽを向いてしまう。


「ミコト! 私は――」

「関連してそうな情報に心当たりがいくつかある。けど、あーし一人じゃ手と頭が足りねぇ。だから……」


 ミコトが顔を赤らめながら頭を下げてきた。


「協力してくれ」


 そんな彼女の珍しい態度に、温かみを感じたのか、あるいはラナの言っていた『つんでれ』という言葉の意味がわかったからか、リナは小さく微笑みながら、こう答えるのだった。


「もちろん! 自称勇者になりたい、他称魔王を舐めないでよねっ!」



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作者より(2024年1月21日)


ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回更新は2月1日となります。

今後も『勇者になりたかった魔王』をよろしくお願いいたします。

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