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勇者になりたかった魔王  作者: ihana
【第四章】 我が子の願いを
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2 違える再開

 あり得ない光景に絶句してしまう。

 当然想定された出血は起こっていない。


 むしろズィルカは彼女を透過してしまっている。


「なん……! どう、して……?!」


 イシュアも想定外の事態に動揺を隠しきれず。

 だが、この光景を見るのは今回が初めてではない。


 リナがズィルカをその手に戦った相手。

 リナはその相手を確かに斬りつけたはずのに、まるで空を斬るように切り裂くことができなかった。


 今となっては光の礫となって消え去った創造体。


「そんな……。リュッカ、あなたは……」



「【アストラル・羅刹】」



 リュッカが何かを言おうとする前に、第三者の声がその場に響いた。

 その声に呼応するように、ズィルカから目にも止まらぬ刃が放たれ、それがイシュアを襲い、彼女を血みどろに変えてしまう。


「イシュア!」


 すぐさまリーリアが駆け寄り彼女の様態を見ていく。


 声の主へと視線をやると、茶髪の彼女はイシュアが取り落した剣を拾い上げ、それを大切そうに撫でる。

 そしてリュッカへと物思いに沈んだ笑みを差し出していくのだった。


「なんだ。もう記憶は戻ってたのか。てっきりまだなのかと思ってたよ」

「ミコト……。背格好が全然違うんだもん。わかんなかったや」

「封印されてっからな。バチでも当たったんだよ。あーしには相応しい格好だ」


 二人で話す姿はどこかよそよそしくて、でもそれでいて、姉妹のような。


「創造魔法。だいぶ上達したんだな。回復魔法も」

「うん。ミコトほどじゃないけどね。練習したわけでもないのに強くなってたから、ズルした気分だや」


 小さくはにかむ彼女は甘えているかのようで。

 だが、その瞳は物悲しげにミコトの足元を見つめている。


「あーしはもう使えない。こんな体になっちまったからな」

「そっか……。鵺、死んじゃったんだね?」

「ああ。あいつはあーしが創った中でも最高の生き物だったよ。最後まで立派だった。首だけになっても魔王にくらいついていたぜ」


 何の話をしているのか分かりたくないのに、薄々わかってしまう。

 リナにはそれが海の底に溺れていくような感覚と映ってしまうのだった。

 もうこれ以上聞きたくない自分がいて、でも聞かなければならない自分もいて。


「ミコト、もうやめよう? レレムが被災してる」

「断る。あーしはもう、失いたくない」

「人が死んでるんだよ?」


 ミコトは天井へと視線をあげながら、大きく息を吐き出す。


「……ずっとなくしてきたんだ。地位も名誉も名前も。でも、んなもんどうでもよかった。あーしがずっと後悔してきたのはおまえだけだ」

「人族を守った勇者なんでしょう? 彼らがこうして未来を紡いで行けてるのは、ミコトのおかげだよ。自分で言ってたじゃん。その剣は使っちゃいけないって」

「ああ。使うつもりなんてない。何度も壊そうと思ってきた。けど、それが怖くて……、恐ろしくて……、どうしても、人を、世界を信じることができなくて、壊せなかった。意図せずお前がこうして現れたんだ。残してた甲斐があったってもんだぜ」


 涙をほろりと落としながら、悲哀に満ちた声色で述べていく。

 やがてその足は向こうの方を向いてしまうのだった。


「待って! ミコト!」

「【アストラル・堅環】」


 ズィルカが光ったと思ったらリュッカが何かバリアのようなものに閉じ込められてしまう。


「全部終わったら迎えに来る。それまで大人しくしていてくれ」

「全部!? 全部ってなに!? レレムはどうなるの! リナたちは!?」

「軽蔑してくれて構わない。そもそもあーしは、尊敬されるような人物じゃない」


 その言葉を残して、ミコトは立ち去っていく。


「待って、ミコト!」


 リナもそんな風に呼びかけるも、ミコトはこちらに視線すら送って来なかった。


 そのまま彼女を追うか迷ったが、リュッカは行動不能で、カナトは危機こそ脱したものの重傷、イシュアも同様となれば、こちらを放置するわけにも行かない。

 順番に問題を片付けていくことにする。


「リーリアさん、と呼んでいい? 彼女の様態は?」

「魔族に、心配、なんて……あぐぅ……」


 イシュアが嚙みついてこようとするも、傷は深そうだ。


「あたし一人で治せるわ。カナトも見ていられる」

「そう。ならいいわね」

「殺しに来ないの?」


 リーリアは座り込んでイシュアの治療を続けているが、その片手に槍を携えている。


「そんな無駄なことしないわ」

「はんっ、後悔するわよ」


 イシュアがなおも吠えるも、それを無視してリュッカの状態を確認していく。


「うーん。これは……解除が難しそうね。見たことない魔法だ。防御魔法、とはちょっと違うな……」

「リナ、ミコトを追いかけて、それで剣を壊して」

「その前に、どういうことか説明してくれるの?」

「うん。最初に謝らないといけないの。あたし、嘘ついてた」


 嘘……? と不安げな表情を浮かべるリナに、リュッカは笑顔を向けてくる。

 

 その彼女は清々しい表情で




「あたし、もう死んでるや」




 なんて。


「死んでる……? 死んでるってどういうこと? だってあなたはここにいるじゃない」

「さっき見たでしょ? ズィルカはあたしを斬ることができない。創造魔法の基本にあるじゃん。創造主は創造体を攻撃できないって」

「でも、だってそんなの変よ。だってあなたは……」


 再び地震が起こる。

 揺れそのものは小さいが問題は――


「地震……!? なんで!」


 鵺を倒したはずなのに、どうして地震が起こるのか。

 その理由が、リナには薄々わかってしまう。


「リナ、レレムが今どういう状況かわからない?」

「どうしてそんなことを。だって鵺は倒したわ」


 溶岩流や魔物が鵺の創造物であるのなら、創造主が倒れればそれは消えるはず。


「たぶん切迫してると思う」


 彼女の言葉に半信半疑となりながら、連絡魔法のパスを再びレイナへとつなぐ。

 幸いなことにまだパスは生きていた。


「レイナ、無事? そっちはどう? 鵺を倒したんだけど」

『リナ! よかった! またつながれた!』

「レイナ、レレムは今どうなっている? 溶岩はおさまった?」

『全然収まってないよ! 第一壁と第二壁はもう突破されてて、最後の城壁内にみんなで立て籠もってる!』

「そんなっ! だって鵺は――」


 リナの中ですべてのピースが繋がっていく。

 七百年前を生きていた創造体の鵺とリュッカ。

 魔素の溢れる山。

 そこに眠り、魔力が溢れ続ける七百年前の勇者が創った霊剣。


 この山は元々魔石なんて採れなかった。

 魔素の溢れる場所なんかではなかったからだ。

 ではその魔力はどこからやってきているのか。

 

 すべての根源は――


「ズィルカが元凶ってこと……」

『リナ?』

「あ、ごめん。待ってて。必ず助けに行くから。それまで持ちこたえて!」

『わかったわ。信じてるからっ!』


 連絡魔法を切って、リュッカを改めてみる。


「さっきね、本当は剣を壊せたんだけど、怖くてできなかったや。ミコトと、もうちょっと話してたかったんだ。あたしの大切な人だから」

「あなたとミコトの関係って……」


 答えがわかってしまうだけに、それを口にすることができない。

 なぜなら彼女らは――。


「ずっとあの創造魔法を見て育ったんだ。すっごく上手なんだよ。ペガサスって言うの? 馬から羽の生えた生き物なんて見たことない。異世界ってすごいんだなぁって夢見てた。だからあたしも、創れるようになりたいって思ってたんだ」


 後ろ手を組みながら、独り言のように述べていく。

 その視線はリナを優しく見上げてきた。


「剣の壊し方、教えるね。あなたがやって?」

「でも、剣が壊れたらあなたはどうなっちゃうの」

「さっき自分で言ってたじゃん。鵺を倒したら、溶岩とか魔物はどうなると思ってたの? 一緒だよ」

「そんなっ。そんなのって!」

「術式はこうだよ【アストラル・――――】」


 リュッカが静かに耳打ちしてくる。


「行って。レレムを――レイナや魔族を守って。平和な世界を生きるあの人を救ってあげて、リナ」

「でも、そんな……っ! だって――!」


 今ここで立ち止まっても何も解決しない。

 なのに、足が動こうとしてくれない。


 ミコトのところへ行って、私はどうするつもりなのだろうか

 その結果、目の前にいる翠眼の少女がどうなってしまうと思っているのだろうか。


「リナ、行って?」

「できないよ! 選べるわけ、ないでしょう! だって……っ! だって……」

「けど、選ばなきゃ選ぶことになる。みんなの事、救ってあげて?」

「リュッカはどうなるのよっ!」


 悲痛な叫びが洞窟内に響く。


「あたしね。すごく好きだったんだ。いっつも誰かの盾になって、いっつもみんなを守ろうとして。人族をあそこまで追い詰めたから無能の勇者って呼ぶ人もいるけど、あたしはそうは思わない。ずっと理想を追い求めて、最後まで戦い抜いた真の勇者だよ。……あたしも、なりたいと思ってた」


 そんなのリナだって一緒だ。

 何かを選ばなければならないというのは残酷であるというのに、その選択肢は次々やってくるのだ。

 今だって、レレムを生きる二十万人の命と、目の前にいる少女が天秤にかかっている。


 どちらも救いたいと思うのなんて、ごく普通のことなはずなのに、それを可能にする選択肢が自分には用意されていない。


 今ほど自分のことを恨めしく思わずにはいられない。

 だって私は次期魔王なんでしょう?

 こんな局面、片手で解決してみせてよ。

 なんでこんなとき、私は何もできないの。


 なんで世界は、こんなにも理不尽な選択肢を与えてくるの……。


「リナ、迷ってる時間はもうない。レイナのこと好きなんでしょう」

「でも、あなたのことだって――」

「行って! じゃなきゃあなたは大切なものを失う! 七百年前の勇者と同じ後悔をしないでっ!」


 泣き叫ぶその言葉には、リュッカの願いが込められており。

 ミコトとて、かつては何かを選択して、それを後悔しているのであろう。


 ならば、自分は正しく選ぶことができるのであろうか。


 それでも、立ち止まっているわけにはいかない。

 鉛を括られたような足をどうにか動かし、リナはもがくようにその場から走り去るのだった。

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