4-2 死闘
ちょうど話の区切りで、またも正面から狼の魔物集団がやってきて戦いに没頭する。
遭遇頻度が非常に高い。
外まであぶれていなければよいが。
「リナ、リュッカ、気をつけろ! 数が多い!」
「わざわざお気遣いありがとう。けど、このくらい朝飯前よ! 【アイスランス】」
氷槍の雨を降らせながら、範囲攻撃を多用して魔物たちを屠っていく。
この程度の相手であれば、正確な照準をつける必要もない。
魔法を抜けた者が次々に牙を突き出すも、それがリナへと届くことはなく。
光剣が次々に狼たちを切り払い、ようやく数が減って来たと思ったところで、突然耳元に声が響いた。
『リナ!? リナ!? リナ!?』
「うわぁ、レイナか。無事?」
突然レイナとの連絡魔法のパスが繋がり、彼女の声が聞こえてきた。
これまで霊魂の迷宮内では連絡魔法がつながらなかったので、もしかすると近くにいるのかもしれない。
『リナ! やっとつながった! 大丈夫? 無事? 誰かと一緒?』
「ええ、無事よ。今は――」
カナトの方へと視線を送るも、余計なことを言う必要はないと判断する。
「リュッカと二人で魔物と戦ってるわ」
『そうなんだ。そうだ、レレムが大変なの!』
レイナの切羽詰まった声に、こちらも心臓を縮めてしまう。
「何があったの? あなたは無事なの」
『うん、あたしは大丈夫。けど、外は魔物が溢れ返っていて、おまけに溶岩流がまた街に押し寄せているの!』
「なんですって!?」
先の地震はより一層強力なものであった。
あれをトリガーに、再びマグマが溢れてきたのかもしれない。
『今はレレム軍が何とか抑えてるけど、いつまでもつかわからないわ。あたしもこのあと加勢しに行く』
「わかったわ。他に何か気になったことはある?」
『あるわ。あたし、さっきの地震で山の山頂近くに移動してたの。それで、上から状況を見渡してたんだけど、山のどこにもマグマの噴出口がないの』
「噴出口がない……? どういうこと?」
『あたし、リナみたいにうまく調べることができないから自信がないんだけど、たぶんこのマグマ、本物じゃなくて魔法だと思う』
その言葉を聞いて、瞬時に否定を返してしまう。
「ありないわ。魔法で街を飲み込むほどのマグマを用意なんてできるわけが――」
視線が自然と周囲に残っている魔物たちへと行った。
創造魔法は元々高位の魔法だ。
一体呼び出すだけでもかなりの魔力を消耗する。
鵺はそれを同時に何体も呼び出し、おまけに体に周囲にマグマまでまとうことができる。
迷宮で溶岩から逃げる際も、鵺はリナたちの行く手で待ち伏せしていた。
もしかして、あれも奴が生み出したマグマなのではないだろうか。
だとすると、街を飲み込む量の溶岩流を創り出せたとしても不思議はない。
そしてその源泉は――
視線を洞窟の天井へと移してしまう。
「山の……精霊……?!」
茫然とその声が漏れ出たとき、カナトの叫び声。
「リナ! 鵺だ!」
振り返ると、狼たちの後方にヤツの姿があった。
「レイナ、今ちょっと手が離せない! また後で」
『え!? ちょっとリナ? リナ!?』
連絡魔法を遮断して戦闘に集中する。
こいつは片手間で相手にできるほど強さではない。
リナが尻尾を斬り飛ばしたことに相当恨みを抱いているのか、その姿や殺意の塊のようなもので。
リュッカやカナトの方など一切見ておらず、リナを睨み続けている。
この挙動もよく考えたらおかしい。
創造体は知性こそ持てるが感情は持ち合わせていない。
リナに恨みを抱くというのは、なんとも生物的ではないか。
「【ファイヤーレイン】! カナトさん! あなたまで無理に戦わなくていいわ! こいつは強い!」
狼集団へ適当に炎の雨を降らせて、光剣を出現させながら鵺の方へと駆ける。
「今更そんな冷たいことを言うな! 【聖光剣】」
二人して鵺を追い詰めていくも、依然として素早さは奴に分があり。
魔法を打ち消す尻尾こそ失っているが、だからと言って戦闘力が衰えたわけではない。
リュッカはゴーレムと雷鳥を呼び出して周囲の雑魚が邪魔に入らないようにしている。
「【サンダーランス】」「【裂空斬】」
リナたちの攻撃を軽く避けながら、マグマを体の周囲にまとい、それらを幾度もこちらへと飛ばしてくる。
周囲の狼たちも巻き込んでいるというのに一切お構いなしだ。
「突っ込むわ! 合わせて! 【アクセルバースト】!」
突撃しながら光剣を片手に魔法を連打。
振り下ろしては弾き、刺しこんでは追いかけ。
ギリギリに受け止められた光剣だったが――
「ギェェアアア」
鵺の痛痒な鳴き声が響く。
受け止めたはずの剣が体へと突き立っていたからだ。
「この剣、少しなら伸縮できるの。わざと短いのに慣れさせといたわ」
不敵に笑いながら、そんなことを言い放ってやる。
短いリーチに慣れたところで、急にそれが伸びると対応できなくなる。
急所に当たったのか、鵺がもがき苦しみながら暴れていた。
「リナ!」
「こいつは魔物発生や溶岩流の原因になっているわ。絶対にここで仕留める!」
そのまま踏み込もうとした瞬間――
地面が浮かび上がった……!
鵺の体が発火をはじめ、紫色の炎をまとっていく。
それと共に、周囲の岩が溶岩とともに浮かび上がって、
「なに……こいつ……!?」
固唾を呑むリナたちに、鵺が再び咆哮。
刹那、
炎に岩に溶岩にと、それが次々に襲い掛かって来た。
恐ろしいまでの速さと物量に、思わず防御を固めてしまうも、それらと共に鵺までもが突っ込んできて、
バリィン!
防御魔法が砕かれる音にまみれながら、リナの血液が吹き散る。
飛ばしてくるものだけならまだしも、鵺の爪による斬り裂きを防御魔法で受け止めるなど、竿竹で星を打つも同然。
「くそがっ! 【アイスクラスト】」
とにかく奴から逃げ回りながら、冷凍魔法を撃ちこんでいく。
これならばマグマを鎮火できるかとも思ったが、そこまで簡単ではないようだ。
直撃させてもなお、マグマは煌々と照り続けている。
逃げた先にはカナトが待ち構えていて、二人して鵺の投擲物処理しながら、奴との打ち合いも行っていく。
手数がとにかく多くて、処理しきれなかった分は全て生傷へ。
尻尾の切断面が光輝く。
――あれは危険だっ!
「避けて!」
すぐ目の前で爆破が起こって土煙にまみれる。
リナは直撃を回避したが、カナトは左肩口を負傷。
腕をだらりと垂らすその顔は苦痛に歪んでいた。
「カナトさん、下がって!」
「この程度よくある! 【聖天の祝福】」
治療をかけて再び斬りかかるも、相手の戦闘力がこちらを圧倒している。
戦えば戦うほどにボロボロとなっていくばかりで活路が見いだせない。
「リナ、俺が死ぬ気で動きを止めて見せる! その隙に奴を仕留めてくれ!」
「でもあなたがっ!」
「行くぞ! 【流星連撃】」
剣戟波動が流星のごとく彼の剣から放たれて行き、周囲を舞っていたものたちがすべて破壊されていく。
だが肝心の鵺には当たらず。
その牙がカナトの右肩に……!
――っ。
雨のように血が降り、肉を割く音に背筋が凍ってしまうも、カナトの瞳には未だに炎が宿ったまま。
「【雷鳴剣】! 今だ! リナ!」
天撃が二人に降り注ぎ、鵺の牙はカナトを、カナトの剣は鵺へと突き立って。
だが、彼がつくり出した隙、無駄にはしない。
「【スパイラルレイ】」
十五の曲光線がすべて鵺へと命中し、奴の体が穴だらけとなる。
さすがにダメージが多かったのかカナトは引き剥がされ、鵺はそのまま後退。
重傷を負っているカナトにはすぐさま治療魔法を施していく。
「カナトさん! しっかりして!」
リュッカも雑魚を狩り終えてこちらの回復に加わる。
「……っ。はぁ、はぁ……。死んで、ない。大丈夫、だ」
大丈夫なわけがない。
右肩が大きく抉られていて、肋骨や肺まで見えている。
左だったら心臓をやられて即死だっただろうに、よくもまあこんな捨て身をこなしたものだ。
「今治すわ。大丈夫、これなら死なないから――」
「後ろだっ!」
刹那、収差演算が疎かになっていたリナに奴の牙が迫るも、寸でのところで防御魔法が間に合う。
「くそっ! 離れろ! 【アトミックブラスト】」
強衝撃波により無理矢理距離をこじ開け、カナトを守るように立ち塞がる。
――まだ、死んでない……っ!
奴は身体中に風穴を開けてなお、こちらを殺人的に睨みつけていた。
チラとカナトの状態を確認する。
危険だ。
あの傷は治療が遅れれば致命傷になるし、出血も酷いため、いつ多臓器不全を起こしてもおかしくはない。
リュッカがついてはいるが、リュッカの回復魔法はあれほどの重傷を治せない。
彼の死を直感してしまい、心臓が高鳴る。
今日はじめてまともに会話した種族の異なる彼。
関係ないのに、命を張って私を守り、
関係ないのに、今回の事件のことを一緒に考えてくれて、
関係ないのに、命を懸けて鵺と戦い、
そして今、急速に死へと向かっている。
そんな彼を私はどう思っているの?
「……絶対に。ぜったい、助けるっ! できなきゃ私は勇者になんてなれないっ!」
殺意を纏って奴を睨みつける。
彼を今救えるのはリナだけ。
彼は時間と共に死が近づく。
ならば時間こそがリナにとっての最大の敵。
――だったらっ!
殺す。
何があっても
殺す!
できる限り早く
「殺すっ!! 【アクセルバースト】!」
光剣を二つ生成して両の手に。
そのまま突っ込んで激しく打ち合う。
――もっと速く、もっと奴を殺すようにっ!
やけに心臓の鼓動がうるさくて、なのに全神経が解放されたかのような状態となっていく。
コイツを殺すために私がしなければならないこと。
収差演算が全空間領域を支配していき、未来の演算までを開始。
ヤツよりも速く。
ヤツよりも先へ。
速さはあちらが上回っているはずであるというのに、逃げ回る鵺の体に傷が増える。
「逃げるな! 【スパイラルレイ】【スパイラルレイ】【スパイラルレイ】」
リキャストタイムがあるはずの曲光追尾魔法を連打して、奴の逃げ道を塞いでいく。
追い詰められるは洞窟の隅。
「さあ鵺、今度こそ終わりにしましょう。あなたはただ七百年前から現れただけなのかもしれないけど、レレムに厄災を為す以上、放置はできない!」
さらにその少ない逃走路が塞がれて行き、鵺は逃げ場がないが、尻尾を輝かせて、あの強攻撃で迎撃の構え。
だが――
瞬時に、空間中の魔力が消え失せた。
鵺もそれを感知したのであろう、明らかに不自然な現象に視線を動かす。
そして鵺は瞠目した。
魔力漏洩により光輝くリナの姿を目にして。
物質の根幹を成すは素粒子。
飛び回りて、ぶつかりて、崩壊す。
物を成し、生き物を成し、宇宙を成すは次元の構成。
ゆえに、万物の根源となりて、破壊の一つなり
輝くその名は――!
「雷光天撃魔法【エレメント・ディ・エレクティア】」
瞬きをする間もなかった。
気付いたときには、すべてが終わっていて、
光りが舞い、
鈍い音と、痛みを感じる暇すら与えない。
大きな風穴が鵺に。
その穴は鵺にとどまらず、その後ろ側にあった壁のすべてをぶち抜き、向こう側の山肌まで続く、外へとつながる穴ができあがるのであった。
鵺は頭から全身を大穴で貫かれており、さすがに活動不可能となったのであろう。
そのまま光の礫となって消えていくのであった。




