4 選択の意味
洞窟内では幾度も魔物の群れと遭遇したのだが、リナたちはそいつらを難なく屠っていった。
リナの状態が回復したというのも理由にあるが、
――やっぱり手練れの前衛がいると楽だなぁ。
なんて思ってしまう。
リナは本来魔法を主体に戦う中衛あるいは後衛向きの戦闘スタイルであるため、近接戦闘は補佐に近い。
しかし、普段行動を共にしているレイナは近接戦闘があまり得意ではないため、リナがそちらを担当することとなっているのだ。
「手練れの後衛がいると戦闘が楽だな。おまけにリュッカのゴーレムが攻撃を受けてくれるから俺はすることがほとんどない」
「え? あ、そ、そう」
「どうした? 何かおかしなことを言ったか?」
「いや、そうじゃなくて、ちょうど同じことを考えてたの。私、本来は距離を保って戦いたいんだけど、周りに前衛ができる人が少なくてね。……けど、あなたのパーティにだって優秀な後衛職がいるんじゃないの?」
「ああ。もちろんアージュやイシュアも強い。けど、君には敵わないだろうな」
そうなんだ……、と答えながら彼の言葉で心に棘が刺さってしまう。
自分は勇者選定を受けに行った経験があって、その際には一次試験で落とされてしまった。
でも、あるいは自分がそこに立っているという未来もあったんではなかろうか、と。
「私ね、実は勇者選定受けに行ってたんだ。まあ、一次で落とされちゃったけど」
カナトが宇宙人でも見つけたかのような顔となる。
「珍しいな。魔族なのに。……だが、一次で落とされたのは、たぶん普通だと思う」
そんな言葉を言われてしまったものだから、リナは立ち止まってしまう。
「そう、なの?」
「あの選定は純粋な実力勝負の試験じゃない。俺も転生したばかりでよくわかっていなかったが、あそこはたぶん、人族の派閥争いの場だと思う」
派閥争いという言葉に心の半分は納得してしまうも、もう半分で、実力勝負なら負けていなかったという、負け惜しみとも取れない感情が噴き出す。
そんな自分に嫌気がさしたからか、あるいはやはり受かりたかったという思いからか、リナは大嫌いな芽キャベツを口に放り込んだときのような顔となってしまった。
ただ……、これについてはよく考えずとも至極当然の話だ。
勇者一行になれたメンバーの家は人族の中で発言権を強めることができる。
そんな選定に公正なんて言葉が存在するわけない。
けど、試験に向けてリナが続けていた努力は知識や戦闘力に関するもの。
勢力争いに対する努力なんて、考えつきもしなかった。
今思えば、なんで自分はそんなに盲目的となっていたのであろうか。
「失望したか?」
「……ちょっとだけ、そうかも。でも、私はあなたのパーティに入りたかったんじゃなくて、正しい行為を行える人になりたかった。それは別に勇者一行じゃなくたってできるわ」
「リナは偉いな。仲間たちにも今の言葉は聞かせてやりたい」
「まるで彼らが間違えているみたいな言い方ね」
「間違っているとは思ってない。けど、賛同できない時がある。もし君が勇者一行になっていて、魔族と人族のどちらかを選ばなければならないというとき、君ならばどちらを選ぶ?」
「どちらも選びたくはないわ」
そう即答すると、やはりな、とカナトが微笑んでくる。
「俺も同意見だ。どちらかを選ぶような状況をつくってはならないと考えている。けど、彼らの考え方は違う。いま選ばずとも、いずれどちらかを選ばなければならなくなるから、最初から人族を選ぶと彼らは決めているんだ。俺はその考え方が正しくもあると思っている」
「それは……でも、そのいずれが来た時に選べばいいんじゃないの。そうなるまでは最後まで努力を続けるべきよ」
「俺の国に、二兎追うものは一兎も得ず、という言葉がある。二匹の兎を追うあまり、結局両方とも捕まえられないという意味だ」
「選べるようになった方が良いと言いたいの?」
「少し違うな。二者択一にならない方が当然いい。けど、選ばなければならない瞬間はいつか必ず訪れると俺も思っている。例えば、今この状況で俺が仲間たちと合流すれば、仲間は君を殺してその剣を奪えと言ってくるだろう。そのとき、俺は君と仲間を天秤にかけなければならなくなる。ならば、初めから君に同行しないという選択肢だってあったし、君をあの場で殺害しておくという選択肢もあった。だが、結局俺はどちらも選べなかった。答えを先送りにしているだけだ」
「カナト……。もしかして、あなたが私に剣を渡したのって――」
「そうだ。もし俺が剣を持ったまま、君がレイナと呼んでいた魔族と合流したら、彼女は俺を殺して剣を奪えと言って来るだろう。君にそんな選択をさせたくなかった」
彼は自身の胸へと問うていく。
「選択肢すらない者からすれば贅沢な悩みだと言われるが、選ぶというのは辛いことだ。必ず片方を捨てなければならない。……勇者とは、誰かに捨てさせずに済む未来を与える者のことを指すと俺は思っている」
「捨てさせずに?」
「ああ。選択肢を無くすということを言っているんじゃない。何かを選んだとしても何かを捨てずに済むような社会を実現する。それこそが勇者の役割なんじゃないかと思う」
捨てずに済むような社会、という言葉を口の中に貯め込みながら、ミコトの言葉を思い出してしまう。
『てめぇはどんな勇者になりてぇ?』
そう聞かれて、リナは即答することができなかったし、今でもそれに対する答えを持ち合わせているわけではない。
みんなが幸せであればいいし、自分の身近にいる人たちが笑顔でいられる方がなお良いと考えているが、そうあらせられるための信念を自分は持ち合わせていない。
リナは今の社会システムに則って、何となく生き、何となく生活して、何となく人生を歩んでいる。
だが、ミコトやカナトの言っていることはその本質を問うているのであろう。
しばらく彼の言ったことを噛みしめていると、カナトから笑みを返される。
「すまない。会ったばかりの君にする話じゃなかったな。レドルに怒られそうだ」
リナが問い返そうとしたところに「そうだよ!」とリュッカが割り込んでくる。
「リナもカナトも真面目過ぎ! つまんない! 七百年前みたい! もっと楽しい話してよ!」
「七百年前?」
「七百年前もみんなそんな話ばっかりしてた。種の滅亡とか、人族を未来に残すためにとか、歴史を途絶えさせないためにもとか、文化を守るためにはとか。正直、息がつまりそうだったもん」
絶滅に瀕した者たちが考えること。
少なくとも、普段リナがレイナと話すような他愛もないことではなかったであろう。
「レレムの街は平和だよね。たぶん、他の街もそうなんでしょう?」
「ええ、そうよ。少なくとも今は魔族と人族が休戦しているから」
リュッカが目を細めながら俯く。
「人族のあたしを見ても、魔族たちは睨んでくるだけで殺しにきたりはしない。あたしがみんなを治してあげたら、それだけであたしのことを仲間だと受け入れてくれた」
「そんなこと?」
「そんなことでだよっ!」
リュッカが必死に訴えてくる。
「世界は平和になったんだよ。あたしがレレムの魔族と仲良くなれるように、カナトとリナも今日話しただけでお互い分かり合えるようになった。なら、それ以上に一体何を選ぶって言うの?」
その瞳には涙が浮かんでおり。
「あたし、ずっと願ってた。平和な世界。お母さんとただのんびり座ってるだけでいい世界。今は、そういう世界なんじゃないの?」
必死に訴えてくる彼女を抱き寄せて、その頭を撫でる。
多くの人が死ぬ戦争の世を生き抜いた彼女にとって、リナたちの悩みは贅沢なものなのかもしれない。
「……そうね。あなたの言う通りだわ。カナトさん、私の中にまだ答えがないわ。けど――」
自分の中にある朧げなその想いを大切に包み込む。
「私は必ず選ばなければならないほど、世界は不自由じゃないと思う」
カナトはその言葉に最初こそ訝し気な表情を浮かべていたが、やがて納得したようだ。
小さくこちらに微笑んでくれる。
「……ふっ。夢見がちだな。けど、応援している」
狭い道を進むと、以前見た覚えのある鍾乳洞のような場所に出た。
霊魂の迷宮は内部構造が変わるので前見た場所と同じかはわからないが、似たような段々畑状の岩棚がある。
「そう言えば、以前、君をスキャンしたことがあるんだ」
「私を? ……ああ、シュジュベルで会ったときね」
「そうだ。君は――」
そこでカナトが何かを言い淀んでしまう。
何かを確認したいけど、確認したくないかのようで。
「……いや、何でもない」
「思わせぶりなこと言って。気になるじゃない」
「ははっ。言っておいてすまない。忘れてくれ」
「あ! それって好きな人にやる振りじゃない!? カナトってリナのことが好きなの!?」
リュッカの指摘にカナトが目を丸くする。
「おいおい、勘弁してくれ、本当になんでもないんだ」
「ふーん。怪しぃなぁ。リナは結構モテるから、競争相手がたくさんいるんだよ」
「え? そうなの?」
自分のことながらツッコんでしまう。
「うん。リナにお近づきになりたいって人から何回か相談されたよ」
「いや、初耳なんだけど」
「そりゃだってリナにはレイナがいるもん。普段はレイナがガードしてるからそう言う奴らは近付けないんだよ」
なんだか複雑な思いをしてしまいながらも、レイナが陰ながらそんなことをしているというのは悪い気がしない。
「あ、リナがデレた」
なんて思っていたら、リュッカからこんなことを言われてしまうわけで。
「デ、デレてないわよ」
「リナのデレはわかりやすいもんねぇ。可愛いなぁ。レイナがいなかったらあたしが盗っちゃいたいくらいなのになぁ」
――あんた八つか九つだろ。
「いや、盗るって……。ミコトはいいの?」
「ミコトは別枠! あたしの大切な人だもん!」
リュッカの言葉を聞きながら、ミコトのことに想いを馳せてしまう。
ミコトは七百年前に彼女を見たと言っていた。
あの時は自身が勇者であることを隠していたが、もしそうなら、リュッカが戦後どうなったかは恐らく知っているはず。
恣意的に隠したのか、それとも何となく言いたくなかったのか。
ミコトの場合はどちらもあり得るため判別がつかない。
「七百年前にミコトを見た覚えはない?」
「うーん。でも今と背格好が違うんでしょ? どうだろうなぁ。そう言えば、精霊の祠にいたとき二人で話してたけど、あの時はなんて言ってたの?」
「それは、その……。あなたを、七百年前に見た覚えがあると言っていたわ」
隠すわけにもいかず素直に話すと、リュッカが目を細める。
「……なんでミコトはあたしにそれを言ってくれないの?」
「あなたが自然と思い出すのを待ちたいって言ってたわ。昔のようにあなたと接したいって」
そう言うと、リュッカはなんだか複雑そうな顔をしていた。
「何か思い当たる節がある?」
「……ううん。ない」
ツンとした表情の彼女はどこか怒っている風にも見えるのだった。




