3 一行との出会い
思わぬ事態に、リナはどうするべきかと頭を高速で回転させてしまう。
鵺とミコトを探していたら、目的の片方とは出会えたのだが、戦闘中でしかも相手はリナが全く知らないわけでもない者たちだ。
その仲間と思われる者が危険な状態にあったため、思わず援護の魔法を飛ばしてしまったが、この後の展開に関してはプランがない。
リナたち、冒険者たち、鵺の三者の間で目の見張り合いが始まるも、やがて鵺は逃げていく。
残された彼らは互いに言葉を発さず武器だけをその手に持つという状況。
最初にこの沈黙を破ったのはリナであった。
「あなたたち、ここで何をしているの?」
六人の冒険者たちはそれぞれ目配せしている。
このままリナたちと戦闘するかを迷っているのであろう。
なぜならここは魔族領で、彼らはリナ・レーベラが魔族の兵士であることを知っているはず。
リュッカの身元を調べた際に、この都市に入国している人族のリストを見せてもらったが、そこに冒険者のものと思われる名前はなかった。
つまり彼らは不法入国者で、法律へ律儀に基づくのであれば処罰の対象となる。
ただ――、とリナは思う。
国境には検問こそあれど、入国審査なんてザルのようなもので、人族も魔族も特段入国を厳しく制限などしていない。
そもそも互いに敵視している国同士であるので、人の往来はほとんどが商人だ。
なので、よほどのスパイ行為でもしてない限り、だいたいは黙認されるものである。
どうすべきかを目で語り合う彼らであったが、やがてこの前シュジュベルでリナが話した男性が剣を納めて一歩前に出てきた。
この行為に魔女帽子をかぶった少女が咎めの言葉を飛ばすも、気にしていない様子だ。
「シュジュベルで会ったな。あの時は助かった。君の言う通りだったよ」
「……あなた、名前は?」
「カナ――」
「やめなさい!」
彼が名乗ろうとした途端、魔法使いの女性の声が洞窟内に鳴り響く。
「あなた、自分が何をしようとしているのかわかっているの?」
その声色は、信じられないというようなもので。
仲間たちの顔色もこの少女に同調している。
「ああ、わかっている」
「だったら――」
「イシュアに言いたいことがあるのはわかっている。けど、俺はそういうのは嫌いだ。君の命を助けてくれた相手に感謝を述べる。これは人として普通のことだと思う」
「それとこれとは関係ないわ!」
「君がそう思っているのなら、なおさら俺はここで黙っているわけにはいかない」
「あり得ないわ、そんなのっ!」
彼女の言葉を無視して、彼は改めてリナの方を向き直って来る。
「名前はカナト・サクラだ。仲間を救ってくれてありがとう。感謝する」
その名を聞いて、彼らが何を言い争っていたのかに合点がいった。
カナト・サクラ。その名はよく知っている。
彼は今代の勇者だ。
勇者は人族の旗頭となるため、その殺害は魔族にとって喉から手が出るほど欲しいものとなる。
それを危惧して、仲間たちは彼が名乗るのを咎めていたのであろう。
隣でレイナが敵意を剥き出しにしているが、この場で彼らと戦うのはリスクが大きい。
そしてそれは先方も同じ考えであろう。
ならば、こう言っておくのがもっとも最適だ。
「……あなた、今代の勇者なのね。安心して。私はこの場であなたたちに何かをするつもりはないわ」
「信じられるわけないでしょうが!」
イシュアと呼ばれていた女性が杖を向けながら叫ぶ。
対して、こちらもレイナが剣を引き抜きながら殺意の眼差しで彼女をねめつけていた。
「魔族だから、か?」
カナトと名乗った男がイシュアに問うと、彼女は鼻で答える。
「あなたもあなたね。全然状況がわかってない。夢を見過ぎよ」
「彼女は信用できる」
「彼女の信用なんて問題じゃない」
イシュアが氷のような表情で答える。
「勇者は絶対に死んではならない。この霊峰の山に立て籠もった勇者も、最後の最後まで自分の命を犠牲にはしなかった。自身を盾にして死んでしまったら、それがひいては人族の全滅を意味するとわかっていたからよ」
「彼女が敵でないのなら問題ない」
対するカナトは必死に彼女を説得しようとするもの。
「敵であるという前提で行動するべきよ。わざわざ正体を明かしてリスクを取るなんて愚策に決まってるじゃない」
「彼女はああして自身の安全性を説明している!」
「言葉なんて何の信用にもならないわ。言葉を交わせば分かり合えるのは物語の中だけよ。実際には互いの利害で関係が決まる。あなたを殺した方が魔族にメリットがあるのであれば、口先で甘いことを言いながら、あなたを殺すだけよ。なぜなら、将来戦争となったとき、あなたが多くの魔族を殺すからよ」
「そんな! その理屈に則ったら俺はいかなる魔族も信用できないということになる。俺はそんな勇者にはなりたくない!」
イシュアが呆れた風にわざとらしくため息をついてくる。
「あなたはどこまでもわかっていないわね。私はあなたの人間性の話をしているんじゃない。勇者が社会と戦争に与える影響の話をしている。それは人族の生命と生活に直結する問題なのよ」
「だが――」
「ストップ!」
カナトが反論しようとしたところで、兎人の青髪女性が止めに入る。
「言い合うなら今じゃなくて後にして。魔族たちにも呆れられている。二人は黙ってて。私が話す」
そうあしらって、今度は彼女が前に出てくる。
「訳あって私たちはこの洞窟を探索しているわ。理由は言えない。良ければ見逃して欲しいわ。あなたたちと戦闘は――」
兎人が仲間たちに目で確認を送る。
「――したくないと思っている」
それを聞き、リナはレイナの手を握って、下がってほしいと合図する。
レイナは素直に剣を納めてくれるようだ。
「こちらは構わないわ。ただ、少しだけ情報交換をさせて欲しい」
「情報交換……?」
疑いの目を向けられるが、構わずリナは聞いていく。
「シュジュベルで私が保護した人族の女の子――ミコトを見ていない? たぶんこの山に来ているはずなの。私たちはあの子が行方不明になってしまったからここへと探索に来ている」
「シュジュベルで保護した……? ああ、あの子ね。見てないわ」
「もし見つけたら保護して欲しい」
「……善処するわ。こっちからも質問していいかしら?」
どうぞとリナは促す。
「その人族の子とあなたたちはどういう関係?」
リュッカのことを指して言ってくる。
「この山で行き倒れているのを保護したわ。レレムに来ている人族の商隊の子かとも思ったんだけど、違ったわ。身元がわからないからこちらで保護しているけど、もしよければそちらで保――」
「やだよ!」
言いかけたら当の本人から否定の言葉を投げられる。
「私リナたちの方がいいもん! あっちなんかギスギスしてそうだし!」
――いや、本人たちの前で言わなくとも……。
「……。後程、何らかの方法で人族の領地へと届けるつもりよ」
「どうして連れ回しているの? ここはそれほど安全な山かしら?」
通常であれば鉱夫たちが頻繁に出入りする安全な場所なのだが、今は鵺がいるからそうとも言い難く。
それにここは霊魂の迷宮であって鉱山とは別の場所なのであろう。
「私もそう思ってついてくるなとかなり強く言ったわ」
肩を竦める私に、リュッカは依然として文句を言ってくる。
「大丈夫だよ! あたし強いもん! 鵺にも負けないもん!」
「鵺……?」
「あの魔物の名称らしいわ。この子は知っているみたいなの。知っている理由は……できれば聞かないで欲しい。長くなる」
「そう。……そしたら、私たちは行くわ。できればついてこないで欲しい」
「あなたたちがそちらの道を見てくれるんなら、ミコトを探す手間が省けるわ」
そのまま彼らは黙って行ってしまった。
ただ一人、カナトだけはリナに対して一度も敵意を向けないのであった。




