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勇者になりたかった魔王  作者: ihana
【第二章】 霊魂の迷宮
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2 勇者一行

 リナたちがレレムの山を目指して再び出発したころ、時を同じくして、この山を目指している六名のパーティがあった。

 転生者カナトを筆頭とする勇者パーティである。


 彼らは人族であるため、魔族領内は移動をするだけでもリスクを伴うのだが、戦闘力で言えばこの六人はいずれもが非常に高い位置にある。

 仮に魔族集団に囲まれてしまったとしても、よほどの精鋭部隊でない限り、彼らを倒すことは不可能であろう。


 それに、たとえ魔族領内でなかったとしても、彼らは普段から夜盗や魔物の類を相手にしてきているのだ。

 ここが魔族領であるかどうかは彼らにとってさほど気にすべきことでもない。


 そんな彼らがなぜレレムの山を目指しているかというと――


「霊魂の迷宮はもうすぐだよっ。ちょっとワクワクするね」


 パーティの中で唯一亜人のリーリアが声を躍らせる。

 兎人と呼ばれる彼女は青みがかった長髪の間から兎の耳が顔をのぞかせており、お尻にも同じように尻尾がある。


「おいおい、遠足じゃないんだぜ、リーリア」


 これに答えたのは前衛職を務める大楯使いのレドルであった。

 巌のような体つきでありながら、その実、彼の性格は楽観的でユーモラスなもの。

 パーティのムードメーカーとしても活躍している。


「いいじゃない。だってレームマリナは七百年前の勇者様が立て籠もられた聖域なのよ。霊剣ズィルカが見つかるといいわね」


 今回わざわざ彼らが魔族領へと侵入した目的はレレムの山――レームマリナの山に祀られたと記される霊剣を回収することにある。


「今のレレムって名前はレームマリナのレームから来ているのよ。加えて、人族の首都ティエルマリナはティエル地方にマリナ――古語で『首都』って意味ね。これを移したからティエルマリナって名前になったの」


 リーリアが人差し指を立てながら得意気に語っていく。


 彼女はこういった歴史知識に非常に詳しく、勇者パーティに入っていなければ、十八という歳であろうとも、何らかの学者になれていたことであろう。

 その知識は彼らが行動をする上でも役に立っていて、こういった隠された武具や魔法知識の回収に貢献しているのだ。

 無意識の鼻にかかった態度だけが玉にきずではあるが。


「やっぱリーリアは詳しいよな。俺は勉学がからっきしだったからよ」

「よく勇者選定をクリアできたね。とくに三次が厳しいんじゃないの?」

「そこんとこはしごかれたからな。貴族はみんな選定に必死さ」


 この発言に返答をよこしたのは、魔女帽子をかぶる紺の瞳をしたイシュアからであった。


「天才のリーリアには無縁の話よ。あたしたちは家柄も見られているの」

「おいおいイシュア、暗い話はなしにしてくれよ。旅がつまんなくなるぜ」


 レドルのおちゃらけた態度にイシュアは相変わらずツンケンとし。


「あたしからしたら、常に元気のあり余ってるあなたたちの方こそ理解できないんだけどね。あたしたちは勇者一行なのよ?」

「そう気張んなって。魔族領っつったって、今は停戦中だ。いきなり斬りかかってくる輩は盗賊くらいだろうぜ。だいたい昨日山が噴火してんだ。その次の日から盗賊してくる奴がいたらむしろお目にかかりたいくらいだぜ」


 返事代わりにイシュアは鼻を鳴らしてきたものだから、レドルは肩を竦めてしまう。


「その七百年前の勇者というのはなんという名前なんだ?」


 今度は勇者本人――カナトから質問が飛ぶ。


「それがねぇ、記録が残ってないの。なんでなんだろうなぁ。他の勇者様は割と残ってるのに。でも霊剣の話はある程度信頼できると思ってるよ」

「精霊伝説、だったか?」


 リーリアがカナトの言葉に頷く。


「魔族たちの間では、精霊ラナの力を得た勇者が魔王を滅ぼしたって伝わってるけど、実はルーペロット大聖堂の禁書庫に記録が残っててね、当時の勇者様が創られたのは霊剣よ。ズィルカと名付けられているわ。あ、ちなみにルーペロットで情報を得たってことは絶対に秘密よ。片手で数えるほどの人しか知らないの」


 ここに六人いるから両手に増えたぜ、なんて茶々を入れるレドルを無視して、カナトは会話を続ける。


「霊剣か……。なんで霊剣なんだ? 普通の剣じゃダメなのか?」

「魂を媒介にする剣なんだよ。当時、人族は相当殺されちゃってたから、それらの死者の魂を使って魔族たちをなぎ倒したと伝えられているわ。まあ、死者の魂を使うってのがよくわからないんだけどね。そんな魔法今のところ知られてないし」


 それを聞き、カナトは複雑な悲しさを抱いてしまう。

 この話はつまり死者のおかげで魔族に勝利できたとも言えるが、それは綺麗ごとだ。

 それほどの死者を出す事態になってしまったのは悲しむべき事実と言えよう。


「だとすると、将来俺が魔族と戦う時は、霊剣が活躍しないといいな」


 追い詰められた状況になりたくないという意味を込めてカナトが述べていく。


「まあそうね。でも、力の一端を解明していくという意味では役に立つはずよ」

「たしかに。それで、入り口が隠されているんだったか?」

「うん。でもそっちはもう解読済みだよ。変え字式暗号で伝わってるんだけど、ちゃんと読み解いておいたわ」


 ほとんどの草木が焼け落ちた山のふもとにまで差し掛かり、リーリアが呪文を唱えるとカナトが再び質問する。


「何の魔法だ?」

「ん? 【コレクトタイム】だよ。時刻を知る魔法。霊魂の迷宮は入り口の場所と内部構造が常に変化していて、それが日付と時刻と魔素の濃度で決まるようになっているの。しかも入り口が見えないようにもなっているから、偶然にも見つけられない場所なんだ」

「いかにも隠しダンジョンって感じだな」

「だんじょん?」


 ああ、いや、こっちのことだ、とカナトは手を振る。


「でも不思議だよねぇ。時刻や月って大昔は十進数で数えてたのに、勇者たちの世界にあわせて今の十二進数に変えたらしいよ」

「……普通は変えないものなのか?」

「ああいや、そういうことじゃなくて、魔法でこれらの値を調べると、時刻はかつての十進数が示されるの。なのに、月は十二進数になってるんだよ。不思議だと思わない?」

「それはなんとも……混乱しそうだな。とくに時刻の方が」

「そうなんだよねぇ。だから時刻は十進数に戻そうって意見も学者たちの間ではあったりするわ。でも一番議論になってるのは、魔法が拾っている情報は何なのかってところなの」


 リーリアが魔法の深淵を楽し気に語っていく。


「大昔、魔法で出される月の値は十進数だったらしいの。だからそれに倣って人々は十進数を使っていた。けど、勇者たちがそれを十二進数に変えた後は魔法も変化したらしいわ」

「それを変えるような魔法があるってことか」


 リーリアは首を横に振る。


「そんな魔法は存在しない。人々はただ文化的な側面を変更させただけなの。カレンダーや冠婚葬祭の日取りを当時の統治者たちが勇者の常識に合わせた。それに市民たちが倣っただけよ」

「とすると、魔法が参照している値がどこから来ているのかが不明というわけだな」

「そうなの。月を調べる魔法【コレクトマンツ】は、大昔は十進数で数えられてたのに、今は十二進数の結果を返されるわ。なのに【コレクトタイム】は十進数のままなの。変だと思わない?」

「たしかに、変だな。そもそも人々の慣習を魔法が参照するというのも変な話だ。世界に参照情報があると考える方が普通だと思う」

「私もそう思うの。これ以外の魔法に照らしても、恐らく魔法は世界に定められた参照情報というのがあって、人々の文化的な側面は関係ないはずなんだ」

「たしかに不思議な話だな」


 そう感想を言うとレドルがカナトの肩を抱く。


「俺からするとそんな小難しいことに疑問を抱くリーリアの方が不思議だぜ。頭痛くなんねぇか?」

「レドルはもうちょっと世の中のつくりに興味を持った方がいいわ」

「おれぁそんなことより、うまい飯とうまい酒の方に興味を持ちたいぜ」


 レドルがその大きな体でガハハと笑ってくる。


「さ、そろそろ目的地に着くわよ」



 リーリアが霊魂の迷宮の入り口を発見し、六人して内部へと侵入していく。

 真っ暗な洞窟の中を複数の光魔法で照らしながら、念のためと隊列を組んで進んでいくと、大きな広間のような場所へと出た。


「もうそろそろか?」

「うん。そのはずなんだけど――」

「待て! 何かいる!」


 六人に緊張が走り、全員が武器を構える。

 すると、洞窟の奥の方から奇怪な生き物がその顔を覗かせた。


「なんだ、こいつは?!」


 様々な生き物を接合したような四足獣がじっくりとこちらを観察している。

 だがその瞳は、友好的とは言い難いもので。

 鋭い爪と牙は今にも飛び掛からんとするもの。


「散会して! 【モレキュラーシールド】!」


 リーリアの号令で、全員が一斉に行動開始。

 彼らのパーティは大楯、剣士、盗賊、僧侶、魔法使い、弓使いの非常にバランスが良い。


 大楯使いのレドルと剣士のカナトが前へと出ながら武器を交わしていく。

 だが、素早さは相手に分があり、洞窟内を三次元軌道で移動しながら、後衛職が狙われていく。


 この行動を見てリーリアが一瞬で判断。


「知恵を持つわ! 隊列解除!」


 相手が知性を持たないのであれば、魔獣相手に隊列はある程度効果を果たすが、知性がある上に素早さで彼らを圧倒しているともなれば各個に行動した方がより合理的となる。


 彼らとて人族の中から選ばれた選りすぐりの戦士だ。

 後衛職を言い訳に近接戦闘ができないことなどなく。


 中でもリーリアは僧侶という後衛職でありながら、槍を用いた近接戦闘力も非常に高い。

 魔法使いイシュアと弓使いアージュを守りながら支援魔法を次々に飛ばしていく。


「【サンダーストライク】!」


 イシュアの魔法と共に盗賊のシェナとカナトが背後から斬りかかる。

 避けた先にはリーリアの槍とアージュの矢が待ち伏せ。

 槍を一部に受けながらも、致命傷を避けながらそのまま距離を取っていく。


「リーリア、何の魔物だ!?」

「知らないわ、見たことがない! 【ホーリーレイ】!」


 光線系の魔法で迎撃していくも、素早さが異様に高くて当たる気配がない。

 六人して四方八方から隙を見つけては攻撃を仕掛けていく。


 それを見た魔獣は不利を悟ったのか強烈な咆哮を発する。

 すると、周囲に魔法陣が展開。

 そこから狼の魔物が出現してきた。


「創造魔法!? しかも複数だわ! かなり強い!」


 創造魔法は一体出すだけでもかなりの魔力を消費する。

 無数に現れたそいつらを剣と魔法で屠りながら、目標となる奴へと畳みかける。


「イシュア!」


 掛け声だけで息を合わせる。


「【サンダーストライク】」「【ホーリーレイ】」


 かすり傷しか与えられていないものの、相手に攻撃をする隙すら与えていないのは彼らの力量と言えよう。

 連携の取れたこの六人に攻撃を仕掛けるともなると、よほどの妙策を用意するか捨て身とならざるを得ない様子。


「アージュ合わせて! 【チェインファイヤ】!」


 イシュアの炎の鎖が奴を追尾し、矢弾が逃げ場を無くしていく。


 さらにそこへとリーリアの槍が追加――。


 三方から迫る攻撃に、イシュアの魔法を受けることに決めたようだ。

 炎の鎖に焼かれながらも気にせず空を翔けて攻め続ける。


 一進一退の攻防が続けながらも、勇者パーティの方がやや優勢。


「カナト!」

「任せろ!」


 レドルの盾を踏み台に大上段からの突貫。

 側面からはリーリアの槍とイシュアの魔法が迫り逃げ場はない。

 その瞬間――、



 地を揺るがす咆哮が鳴り響いた。



 鵺の尻尾が地面に突き立ち、地揺れで一同の行動が乱れていく。


 この中で打たれ弱いのは魔法使いのイシュアと弓使いのアージュだ。

 それがわかっているのであろう、崩れたところで魔獣は一直線にイシュアへと照準を定めて突っ込んでいく。


「【サンダーストライク】」


 雷弾を放つも、ダメージを厭わずそのまま突進。

 イシュアにとって、捨て身は今もっとも取ってほしくない選択肢だ。


 残るはその手に持つ杖での迎撃しかない。


 地揺れの中をカナトが駆ける。


 ひと振り目はなんと防いだ。

 だが、二振り目を左腕に受けて大出血。

 落石が起こる中に、イシュアのうめき声が混じる。


「イシュア!!」


 牙が迫る。

 カナトが必死に走るも、あと一歩届かない。


 致命傷の未来を見たのであろう。

 治療魔法も脳の損傷にだけは効果を果たさない。


 イシュアはふっと笑う。

 覚悟を決めたその笑いに、カナトは心臓が鷲掴みにされたような思いをしてしまった。


「ダメだ! イシュア!」

「カナト、さようなら。【ブラストエクス――】」



「【スパイラルレイ】!」



 六人とは異なる第三者の声が響き渡り、幾重もの曲光魔法が魔獣を襲った。


 寸でのところでイシュアを噛み切るには至らず。

 さすがにひとたまりもなかったのか魔獣は後退。


 地揺れも収まり、全員がイシュアの元へと集合する。

 声の主の方へと振り返ると、そこには――



 リナ・レーベラがいた。

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