4-2 いにしえの少女
「で? なんであたしも一緒なのよ?」
ご飯に行くとのことでレイナも誘ってみたのだが、ミコトに加えてリュッカの姿を見た彼女は嫌悪感を露わにする。
人族であるというのはレイナにとって大きなマイナスポイントとなるが、普段リナはレイナと一緒にご飯を食べているので誘わないというわけにもいかなかった。
「そ、その、ほら、普段一緒に食べてるし、レイナも一緒の方が、いいかなって思って」
尻すぼみになっていくリナの声にレイナは唇を尖らせるも、次なる言葉にリナは驚いてしまった。
「……はぁ。まあ、いいわ。リナと一緒なら。そっちの子の名前は?」
「え!? えっと、リュッカって名前だけど」
リナの紹介と共にリュッカが少しだけ緊張した面持ちでペコリと頭を下げる。
恐らくは魔族相手というのに戸惑っているのであろう。
だが――
「そう。よろしくね、リュッカ」
あのレイナがそんな風に挨拶を返したから、リナは仰天してしまった。
「レイ、ナ……?」
「ん? なによ? もう種族を気にするのをやめただけよ。まあ……そうはいってもすぐに変わるものでもないけどさ」
そっぽを向きながらそんなことを彼女が言ってきたものだから、自然と彼女の手を握ってしまった。
「どした? もしかして、惚れた~? ふっふっふ、今こそリナの愛を受け止めるときね!」
小さくほくそ笑むレイナへの返答は、
「うん! 惚れた!」
であり、そのままレイナへと抱き着く。
「のわぁぁ! 冗談だったのに本気か! よし! 今日こそ結婚だ!」
「結婚はしないけど好き! 大好きレイナ!」
ぶふっ! とレイナが鼻血を噴く。
そんな様子にリュッカはなんだかお祭りのように目を輝かせており、ミコトは早く終われと言わんばかりに天井を見上げていた。
「おい、夫婦漫才してねぇでさっさと行くぞ」
兵舎の食堂は魔族で溢れており、リュッカやミコトに向けられる視線は冷淡なものばかりであっただが、この二人には他ならないリナがついている。
リナは次期魔王と勝手に噂されている都合上、下手に彼女の連れへちょっかいを出す輩はいない。
レレムの街中ともなると、市民はそもそもリナの連れが誰であるかがわからないため危険を伴うが、この兵舎の中にいる限りは安全と言えよう。
食事を持ってきて、四人して机を囲む。
「その子のこと、なにかわかったの?」
口火を切ったレイナに対してリナは首を振る。
「ほとんどなにも。今のところレレムの山で倒れていた以外の情報がないわ」
「ふーん。じゃあ情報集め?」
「うん。でも、ミコトに何か心当たりがあるらしいわ」
彼女へと会話のバトンを渡してみる。
「心当たりはあんが、一人で行くつもりだぞ?」
「そんなの許可するわけないじゃない。あなた戦えないでしょ?」
彼女の魔法に関する知識はリナを凌駕しているが、扱いはほとんどできないと見える。
ミコトからは魔力を一切感じ取ることができない。
「だからなんだ? あーしは死なねぇから関係ねぇだろ」
「関係あるに決まってんでしょ。死ななくても死ぬほど痛い思いはするんじゃない。そんなのダメよ」
それは――、と反論しようとしたところで、リュッカから口が挟まれる。
「ミコトお姉ちゃんって死なないの!?」
あー……、それはー、などと口つなぎをしてしまうも、なんの言い訳も思いつかず。
リナたちはシュジュベルでその光景を一度目の当たりにしたのでそれが事実だとわかっているが、いきなり死なないなどと言われても、常人であれば訳のわからない話であろう。
「えーっと……。そうなんだ。っなんて言われても信じられないよね?」
だがリュッカの反応は
「そっか。そうなんだ」
と淡白なもので。
「その、言っといてなんだけど、死なないってあっさりと認めるのね」
「うーん、もしかしたら変かもしれないけど、そういうのもありかなって! 私ってほら、スケールが大きいの好きだし! 心の受け皿も大きいんだよ!」
――もしかしなくとも変だと思うが……。
「ねぇ、それよりレレムの山って何? あたしって遠くに来ちゃったの?」
「あそこにある山よ。この都市はあの山で取れる魔石を採掘して暮らしてるんだけど、何か記憶にあることはない?」
ちょうど窓際の席だったため、窓から見渡せる巨大なレレムの山を指差してみせる。
「え? あれってレームマリナ山じゃないの?」
リナはレイナとともに首をかしげてしまう。
だが、リナは記憶のどこかでその名を見た気がして、喉につっかえたような息苦しさを感じてしまう。
「レームマリナ……? 聞いたことのない名前だわ」
「いやいや、金髪のお姉ちゃん知らないの!? レームマリナって言ったら有名な山じゃん! 人族の首都が麓にある山だよ」
その言葉に、リナの中でピースがハマる。
「レームマリナ! そうだ! 思い出した! 大昔の人族の首都だ! 勇者選定のときに勉強した!」
「……大昔? でも今はレレムの山でしょ?」
「うん、そうだけど、えっと、リュッカちゃんはなんであれをレームマリナだって思ったの?」
「なんでって言われてもレームマリナはレームマリナだよ。人族が最期の希望をかけて立て籠もった霊峰の山……」
「最期の、希望……?」
一瞬沈黙が降り立つも、リナがすぐにそれを破る。
「……レイナは知らないと思うから教えておくわ。七百年前の勇者と魔王の争いの話。七百年前は魔族側が戦争を非常に優位に推し進めたと記録されてる。人族が絶滅するのではと言われたほどにね」
「あ、それ聞いた覚えがあるかも。精霊伝説でしょ? 魔族が人族をレレムの山に追い詰めたけど、精霊ラナと結託した勇者が牙を向いて、結局戦争に負けちゃったって話」
「ええ。精霊伝説では、精霊ラナが勇者に力を授けて、魔族たちを圧倒したっておとぎ話になってる。けど、実際にはいろいろな学説があるわ。精霊を隠語とした武器だとか、あるいは強力な魔法だとか」
「ふーん。まあ、精霊なんて実在しないもんね」
「ええ。事実としてわかっていることは、当時の勇者がこのレレムの山――当時のレームマリナ山に立て籠もって、魔族を撃退した上に、人族の勝利にまで導いたって話よ」
そういうとリュッカが身を乗り出してくる。
「勝ったの!? 人族は勝てたの!? お母さんは、ちゃんと、勝てたの!?」
「お母さん??」
話が途端にわからなくなってしまう。
今の話にリュッカのお母さんが関係する余地はあるのだろうか。
いつの間にかリナの直ぐ側にまで詰め寄っていたリュッカは、ハッとなって元の位置に戻る。
「あ、ごめん。その、なんかその話聞いてたら、居ても立っても居られなくなっちゃって……」
「別にいいわ。それでお母さんってどういうこと? さっきの話と関係あるの?」
「……わかんない。けど、何となく、私のお母さんがそれに関わってたと思うの」
彼女の言葉を聞きながらレイナと目を見合わせてしまう。
「つまりあなたは七百年前を生きていたってこと?」
「わからない」
リュッカが黙ってしまったので、皆が思考を重ねていると、レイナから質問が飛んできた。
「そもそも七百年前の子が現代にやってくるってあり得るものなの?」
「うーん、時空魔法はものすごく高位な魔法だし、そもそも未来へ行くっていうのも原理的に無理だと思う。もし彼女が七百年前を生きていたのが本当なら、一番ありうるのは――」
リナは人指し指を立てながら仮説を述べていく。
「封印魔法かな。彼女は実は七百年前に封印されてて、何かの拍子に現代でそれが解けて、たまたまそこを私達が救出したって感じ。長いこと封印されてたんなら、彼女の記憶が混濁してるのも納得できるわ」
「人って封印できるんだ……。なんかそれって怖いね」
「普通は無理よ。けど、時空魔法よりはよっぽど現実的かな」
リナの仮説にミコトを除く全員がふーむという顔となる。
ミコトはもしかすると答えを知っているのかもしれないが、彼女は性格上、恐らく話してくれないであろう。
みなが沈黙しているところに、リュッカが手をパンと叩く。
「ま! 今はそんなことより、ご飯食べよう! すんごく美味しそうだし!」
「そうね。考えてもわからないことだわ。ミコトの調査とやらで答えに近づけることを祈ってるわよ」
当てつけのように彼女へと言葉を投げるも、ミコトはにべも無い様子。
「一人でやるっつってんだろ」
「だーめ! そんなの許可しないわ」
ミコトはこれに舌打ちで答えてくる。
「その間この子はどうするの? 兵舎預け?」
レイナから質問が飛ぶも、リュッカが真っ先に不満を述べてくる。
「えー、ヤダ。あたしも遊びに行きたい」
「あのねリュッカ、遊びに行くわけじゃないのよ」
「でも戦争はもう終わったんでしょ? だったらいっぱいいっぱいいっぱい遊びたい! あたし、ほとんど遊べなかったから!」
遊びに行くんじゃないって言ってるのになぁと思いながらも、彼女の言葉にどう答えるべきか迷ってしまう。
七百年前の彼女の状況がどんなものであったかはわからないが、少なくともかなり酷い状態だったのであろう。
記録によれば、人族は文明のほとんどを滅ぼされてしまっていたのだ。
ならば、ずっとこの兵舎に閉じ込めておくのも可哀想というもの。
「あたしね、世界が平和になったらやりたいこといっぱいあったんだ。遠足もしたいし、お菓子も食べたいし、お母さんとも遊びたい! だからここに残るなんて絶対ヤダからね!」
もはや這ってでもついてくると言わん様子で。
どう応えんのよ、という視線がレイナから飛んできて、やむを得ずリナはため息をつく。
「はぁ……わかった。まあちょっとくらいならいいけど、危ないことになったらすぐにレレムに返すからね」
「わーい! 大丈夫、あたしこう見えてもちょっとは魔法が使えるから!」
そう言って食事を始めようとした瞬間。
カタカタカタカタと食器が机の上で音を鳴らし始めた。
――縦揺れ?
何事かと辺りを見た瞬間、
視界が大きく揺れた。
巨大な横揺れが襲ってきて、思わず机にしがみつく。
リナはすぐさま防御魔法を展開。
揺れ自体に効果はないが、上から何かが降ってきてもこれならば耐えられる。
食器が次々に落ちていき、建物の骨格から鳴り響く悲鳴と、兵士たちの動揺の声が相まって、不協和音が満ちていく。
巨大地震だ。
「リュッカ、ミコト! 机の下に!」
そう声をかける前に、ミコトはリュッカの背中を押しながら、既にそこへと逃げ込んでいた。
天井に吊るしてあった魔法照明がいくつも降り注ぎ、家財という家財が床に散らばっていく。
しばらくそんな風に耐えていると、ようやくそれが収まった。
「レイナ! 大丈夫?!」
「え、ええ。大丈夫」
「リュッカ、ミコト?」
そう声をかけて机の下を覗くも、二人とも問題なさそうだ。
むしろリュッカはこの異常事態にワクワクしてる感もある。
四人して外へ逃げると、市民たちはだいぶ混乱気味であった。
レレムやカナルカにおいて地震は相当珍しい災害であるため、みな対応方法がわかっていないのであろう。
かく言うリナも、とりあえず外には出てみたものの、どうすればよいかわからずあたふたとしてしまう。
「リナ! 火事と倒壊が起きてないか兵士たちに見て回らせろ。建物の中には入んな! それと市民たちを広いところへ誘導しろ!」
ミコトから鋭い言葉が飛ぶ。
「え? あ、えっと、そ、そっか。わかったわ」
彼女の言葉に従って、兵士たちにも指示を飛ばしていく。
訓練兵は自分で考えて行動するよりも命令に従って動く方が効率的に機能する。
リナが指示を出し始めたことで兵士たちはすぐさま混乱から回復し、救助活動を開始するのだった。
 




