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勇者になりたかった魔王  作者: ihana
【第二部】 選択の代価は 【第一章】 古の精霊 
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3 ミコトの鍛練

 人口二十万人の鉱山都市レレム。

 ここはレレムの山から魔石を採ってくる採掘業と、その魔石を加工する魔法細工が主な産業となっていた。


 掘り出された魔石は家の照明から大型動力に至るまで様々なエネルギーとして活用されており、魔族のみならず、人族たちにとっても欠かせない資源となっていたのである。


 ゆえにこの都市は、人口の割に防衛設備が充実しており、都市は三重の外壁に囲われていて、城塞兵器も多数備え付けられている。


 そんなレレムの街並みは一言で言うのなら豪華だ。

 家一つとっても一般的な魔族の都市のものよりワンランク上のものとなっており、それほどまでにレレムの魔石というのは高値に取引されていたのである。


 街を歩く者はほとんどが魔族で、稀に亜人がおり、ごくわずかに人族を見ることもできる。

 人族がこの街にいるのは商いが主な目的となり、魔族の都市であるため彼らへと向けられる視線は忌諱の意思を込めたものが多い。


 そんなレレムの街において、リナは運び込んだ少女の回復を兵舎に併設されている広間のベンチで待っていたのである。


 別に彼女の関係者というわけでもないので待つ必要性はないのだが、何となくあの少女は特別な存在のように見えてならなかった。


 今回の魔獣駆除への関連性も含めて注視すべきと考え、今も任務を一旦休止している。


「いい御身分だな。昼間っから呑気ボーっとして」


 そんな風に声をかけてきたのは、リナが保護しているもう一人の特別な存在、人族の少女ミコトからであった。


 シュジュベルで保護して以降、結局彼女の面倒はリナが見ている。

 というのも、人族の領地に返そうにも、シュジュベルで奴隷となっていた彼女をどういった名目で返せばよいかに妙案がなく。

 一方で、魔族社会で面倒を見ていくにも普通の魔族たちは嫌がり。

 おまけに本人はリナの傍にいさせろと言ってくる始末で、彼女のことを守ると約束した手前、そう言われてしまうとリナも無下に扱うことができなかったため、今はリナの養子という扱いになっているのである。


「ミコト……。あの子が目覚めたか知ってる?」

「あの子?」

「この前私が運び込んだ子よ。救護室でまだ眠りについているはずよ」

「知らん。見てねぇ。興味もない」


 あらそ、と素っ気ない返事をする。

 彼女は基本的に外界に興味がなく、何が起こっても動揺もなく、すべてをつまらなそうなことのように見ている。

 リナが運び込んだ少女のことも、今日の天気が晴れかどうかくらいの感覚なのであろう。


 ただ、出会った時と比べれば、これでもだいぶマシになった方だ。

 シュジュベルで彼女を保護した際には、まるで壁にでも話しかけているかのような感覚になったものである。


「それで? 何か用があって来たんでしょう?」


 むしろ何の用もなく彼女が話しかけてこようものなら、槍でも降るのかと驚いてしまう。


「暇なんだろ? てめぇに訓練をつけにきた」


 訓練……? と眉を寄せてしまう。


「言っとくけど、あたしこれでも結構強いわよ」

「知ってる。普通の魔族よりはな。だが全然足りてねぇ」

「何に?」

「勇者になんのにだ」


 そんなことを彼女の口から聞いてしまったものだから、リナは宇宙人でも目撃したのかと錯覚してしまう。


「……そう言えば、結局あなたの事情を聞けてないわ。勇者と何か関係があるの?」

「知るか。んなことどうでもいいからさっさと始めんぞ。あの金髪の魔族も呼んで来い」


 ちょ、ちょっと待ちなさいよ! と呼び止めるも、ミコトは無視して訓練場の方へスタスタと行ってしまう。

 横暴な態度の彼女にイラッとしてしまうも、彼女の方から口を聞いてくることも珍しいので、仕方なしにリナは腰をあげる。


 レイナを誘うと最初こそ大喜びでついてきたのだが、訓練場にいるミコトの姿を発見するや、潰れたゴキブリでも見つけたかのような顔となってしまう。


「なんでコイツがいんのよ。あたしリナと二人で訓練がしたいんだけど」


 リナがなだめの言葉を投げるもあまり収まる気配もなく。

 むしろ予想通りの険悪な空気となってしまった。


「てめぇは素質がある。強くなっとけ」

「はぁ? なんであんたにそんなことわかんのよ。言っとくけど、リナが言うから渋々あなたの存在を認めているだけで、本来ならあなたは魔族領にいられないんだから。当然この訓練場にもね」

「あーしを――人族を恨んでるからか?」

「ええ。今この場であなたを殺したいくらいにね」


 氷のような言葉にリナは目を伏せてしまう。

 そんなリナの姿に気付いたレイナは、顔をしかめながら訂正を入れてきた。


「……けど、あたしにとってはそれよりも今はリナの方が大事なの」

「てめぇはもう、前を向いて歩けるようになったんだろ?」


 年端もいかないミコトにそんなことを言われ、レイナの溶けた鉛のような感情がリナにまで伝わってくる。


「……っ! んなことあんたに言われなくたって――」

「だったらリナのために強くなれ」


 静かなその言葉にレイナが動きを止め、その場に静寂が舞い降りる。

 三人以外に誰もいない訓練場に響くのは、穏やかな夏の香りが残る風のみで。


「てめぇはちゃんと守りてぇもんができたんだろ? だったらそのために戦え。あーしが人族だとか、ただのガキだとか、関係ねぇだろ。強くなれんならものにする。そんで、てめぇの大切なもんを守る。それ以上の理由がいんのかよ?」


 火花を散らす視線はレイナの握りしめる手を見ればよくわかること。


「……リナはあたしなんかが守らなくても、十分強いわ」

「この前、シュジュベルで百人単位の部隊とぶつかったとき、リナは傷だらけになってた。リナ、てめぇは勇者になりてぇんだろ。だったら百人とか千人とかで傷を負ってんじゃねぇよ。んなザマじゃ世界を救う勇者になんてなれるわけがねぇ」

「そんなのあなたに言われなくたってわかってるわよ。でもリナにだって限界があるじゃない」

「そうだ。だからてめぇが支えんだ。リナを守りてぇって意思を持つてめぇじゃなきゃこれはできねぇことなんだよ。けど、そんためには強くなきゃなんねぇ。簡単な理屈だ」


 これでもかと顔をしかめているレイナから反論が出なくなったのを見て、今度はリナの方から問いかけていく。


「話はわかったけど、具体的にどうするの? あなたに何か案がある?」

「リナ、てめぇはまず収差演算をできるようになれ」


 収差演算……? と聞いたことのない言葉に首をかしげてしまう。


「空間中における魔力の総量っつーのは常に一定なんだよ。てめぇが消費すれば減る。魔法として排出すれば増える。魔法は足し算か引き算しかねぇ。この総量は必ず一致するようになってんだ。それを常に計算し続けろ」

「えぇ……」


 何でもまずはトライしてみるリナに珍しく、嫌そうな表情を浮かべる。


「それってすごくめんどくさいんじゃないの? 第一、それをやったらどうなるの?」

「魔力は物理現象と紐づく。周辺空間の収差演算が常にできてりゃ、矢が近づきゃ気付くし、槍が飛んできても避けられる」

「理屈はわかるけど、常にって……そんなの現実的じゃないわ」

「こんなん基本だ。やれ。歴代の勇者は収差演算なんて息をするようにやってきた」

「まるで歴代の勇者を知っている風な口調ね?」


 その問いかけをミコトは無視。


「そもそもてめぇが一般魔族の矢だの槍だのを受けるってのがおかしな話なんだよ」

「なんで私だと変なのよ?」


 これに対する回答もなく、そのままレイナの方を向いてしまったものだから、リナはイライラ度はさらに増す。


「お前は魔力収束の基礎ができてねぇ。まずはそっからだ」

「あたし、あなたの指示に従うなんて一言も言ってないんだけど」

「リナのためだ。黙ってやれ」

「だったら一つだけ答えて」


 と言いながら、レイナはミコトのすぐ傍にまで行き、彼女のことを上から睨みつける。


「あんたがわざわざこんなことをする理由って何? 何企んでんの?」

「はんっ。何かと思えば、そんなことかよ。リナを応援したいと思ったからだ」

「なんであんたが? つい最近知り合っただけじゃない」

「それ以上の理由はねぇよ。あーしがただそうしたいだけだ」


 そんなんじゃ――、とレイナが言いかけたところで、リナが止めに入る。


「ミコト、それってあなたが『死なない』というのと何か関係がある?」


 彼女は死なない。死ぬことができない。

 その証拠を二人はシュジュベルで見せられている。

 だがミコトときたら、この問いかけを鼻で笑うのだった。


「ふっ……。てめぇはやっぱり勘がいいな。なくはない。けど、そっちは話すつもりがねぇ。いいからさっさと訓練を始めろ。お前らにはどうせ関係のないことだ」


 釈然としない面持ちとなりながらも、リナは素直に彼女の言われたことを練習してみることにする。

 別にこれと言ってやることがあるわけでもないし、巡回の任務以外では暇している時間が多いのだ。

 自己の鍛錬につながるのであれば試してみるのも悪くはない。


 とくにリナの場合は、周囲が彼女のことを次期魔王だと思っている都合上、あまり教鞭を振るってくれる人がいない。

 こうして積極的に先生役を買って出てくれる人がいるのであれば、それは歓迎すべきことなのである。


 レイナはレイナでしばらく悶々としていたようだったが、


「レイナ、一緒にがんばろ?」


 と一声かけると、肩を竦めながら付き合ってくれるのだった。

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