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勇者になりたかった魔王  作者: ihana
【第四章】 勇者の道
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4 私の大好きな

 この日、リナは人生最大と思えるほどの緊張感を体中にまといながら、大隊長の部屋でソファーに腰掛けていた。

 目の周りは筋肉を強張らせ、両手を何度もスカートの上で擦らせてしまう。


 メメリモ通りで相対した冒険者パーティにはあれで済んだが、レイナの罪はなくなったわけではない。

 彼女の行いも含めて、全ての内容を記載した報告書を提出したのはつい一週間前のことだが、今日はそれに対する彼女への処遇を聞くこととなっていた。


 本件に関して、各所に最大限の弁護をしてきたつもりではあるが、それもどこまで効果を果たしてくれるかはわからない。

 自分の事かのように何度も指先を組んだりほどいたりしてしまいながら、大隊長の言葉を今か今かと待っていた。


 対する大隊長は、ちょうど先ほど彼女の処遇に関する会議を終えてきて、今は優雅に紅茶をすすっている。

 そしてその重い口を開くところだった。


「上層部でもおおよその決着がついた。なかなか難しい事例ではあったが、まあ順当な結果と言えよう」


 ――順当な結果。つまりは……。


 絶望的な言葉にリナの長い髪が顔へとかかる。


「彼女はカナルカ内にて八件の奴隷売買に関与したことが判明している。購入者の特定は完了しているし、売られたと思われる人族も保護され人族領へと返還の手続きが進められている」


 黙って彼の言葉を聞き続ける。


「よって、彼女への処罰は――」


 目を閉じ、息を呑む。



「――生涯を持ってリナ・レーベラへ仕えることとする、とのことだ」



 …………。

 生涯を、もって……?


「…………は?」


 素っ頓狂な声が意図もなく漏れ出てしまった。


「いやだから、生涯を持って君に仕えることとする、と言うのが彼女への処遇だ」


 何かの隠喩か、はたまた隠されたメッセージがあるのかと必死に頭を回してみるが、言葉通りの意味以外になにも考えつかない。


「あの……、意味が分からないのですが」

「ふむ。これがわからないとなると、リナ君の言語能力を疑わなければならないな。これ以上平易な文章にすることができない」

「いえ、文章の意味がわからないのではなく、なぜそうなったんですか」

「なぜもなにも、上の決定だ。軍人であれば理由など聞かないで従うべきだと思うが」


 正直な気持ち、最悪の処罰でなかったことに安堵の息をついているが、大隊長のこの言い様はあまりにも横暴だ。


「納得できません」

「レイナ君が今後も無事君の傍にいれるのだぞ? それでもう文句はないじゃないか」

「それは嬉しく思っておりますが、それとこれとは別問題です」


 大隊長が大きなため息を吐き、窓の外へと視線をやってしまう。


「まあ、君はそう言う魔族だったな。わかった。……一言で言うなら、今回の件には多くの策謀が絡んでいる」


 リナは眉を寄せながら、策謀……? と小さくこぼす。


「君は魔王と目されている。上層部がこれを無視するわけがない」

「恩情をかけられたということですか?」

「そんな生易しいものではない。貸しにしたのさ。加えて魔族上層部も一枚岩ではない。今回の件で多くの者が動いたと言う事だけは言っておこう」


 だが、とゼム大隊長は再びリナを見つめる。


「それは君が今気にすることではない。あれこれ悩んで探りを入れたり、深追いをしてしまうと、思わぬ情報を君が掴んでしまう可能性がある。だから忠告しておく。本件は可能な限り関わらない方がいい。それが私が言い出したくなかった理由だ」


 つまりは藪蛇になる可能性が高いと言いたいのであろう。

 罪に対する正当な罰が下されていないという点はあるものの、たしかに現状はリナにとって最も喜ばしい結果となっている。

 ならばこの言葉に従っておく方が良い気がする。


 だが一方の脳では、こうやって自分も罪を揉み消す加担者になってしまうのだな……と自分に対する諦めを抱くのだった。


「……わかりました。いったんはそれで受け入れることにします」


 大隊長が頷いてこれに答える。


「なんにしても今回はよくやってくれた。重犯罪となる奴隷売買を根源から解決してくれたのだからな。報告書からは様々な不測の状況があったことを推測できる。だがそんな中でも君は常に正しい選択を行えてきた。現状はその産物と言えよう」


 ――産物、か。


 リナはここ数日の行動を振り返り、自分が得たものを思い返す。

 そんなリナの表情を読み取ったのか、ゼム大隊長はリナの前まで来て小さくほくそ笑んだ。


「まあ、君にとってはそれ以上に得られたものがあると言ったところだな」


 ――その通りだ。それこそが今回の一番の成果物。


 はい、と笑みとともに返答を返し、諸連絡を終えたあとリナは彼の部屋を後にした。



 廊下へ出ると、今一番会いたかった彼女が出迎えてくれる。

 その黄金に輝く髪をたなびかせ、太陽のような笑顔を浮かべる彼女はリナのことを待ってくれていた。


 その様子を見て、体が無言で彼女を抱きしめに行く。

 彼女もまた、リナのことを抱きしめ返してきた。


 今ならもう何も気兼ねすることはない。

 心の中にずっと刺さり続けていた棘はなくなっているのだ。


 目の前には彼女の顔。


 男どもが二度見も三度見もする綺麗な顔だ。


 でもこれは私のものだ、絶対に誰にも渡さない。



 そんな風に思ったリナは、無意識の内に彼女と唇を重ね合わせてしまった。



 最初は驚きつつも、レイナもまたリナのを激しく求めてくる。


 誰かに見られる可能性もあるだろうに兵舎の廊下で、二人は互いの愛を確かめ合う。


 普段だったらそんな行為は絶対にしないのだが。


 彼女を離したくないと思うリナは、唇すらも触れ合わせておきたいと思うのだった。


「リナ。あたしの部屋、行こ?」


 この言葉に小さくほくそ笑む。


「仕事中じゃない」

「関係ないもん」

「もぅ……。ナニする気よ? 今日だけよ?」

「ダメよ。毎日来て?」


 この言葉を鼻で笑いながらリナは「考えておく」という言葉を返すのだった。


        *

 

 カナルカ軍の小隊長ともなると、あてがわれる部屋も少しだけ大きめで、一人で暮らすには持て余してしまう。ただ、ここ最近リナの部屋には新たな住人がやってきたため、むしろ少し手狭な状態になりつつあった。


 今この部屋には、その住人の内の一人が手持ち無沙汰にベッドへ身を投げ出している。

 リナは大隊長のところでレイナの処遇を聞いてくると言っていたので、帰ってくるのはもう少し後だ。


 いつの間にかリナの帰りに首を長くするようになってしまったのは、彼女がリナを信頼するようになったからであろうか。

 あるいはリナの中にある何かを彼女が感じ取ったからであろうか。


 そんなことを考えながら、ミコトはベッドの上で独り言ちる。


「勇者……か」


 その手を天井へと伸ばす。


「すべてを守ろうとしたあーしには命以外なんにも残ってねぇ。それがかつて勇者だった者の末路だ」


 彼女はなおも何もない空間に向かて問いかける。


「だから教えてくれリナ。人の優しさを。人の強さを。人が進むべき道を。そして――」


 無を体現した瞳。


「人々は、勇者が守るべき存在なんだってことを」


 そんなことを呟きながら、彼女はゆったりと、この部屋の主の帰りを待つのだった。

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